1-7 それは食べたらマズいやつです

 翌朝。

 結局、朝ごはんも断るタイミングが見つからなかった私は食事を終えると荷物を纏めてカウンターにいた。


「本当にキシセツソウのお代はいいのかい? 村長に言えばきちんと払ってくれるよ」

「余り物ですから。それより宿代は?」

「そんなもの、いらないに決まってるだろ。てんまで助けてもらっちまって、こっちがお礼をしなきゃいけないくらいだよ」


 ももさんの気風のいい言葉に素直に甘えさせてもらうことにする。


「そんなことより天のやつ、まだ寝てんのかい? キシセツソウを運ぶ手伝いをさせようと思ったのに」


 昨日、風呂の場所を教えてもらって以降、天は夜ごはんにも朝ごはんにも現れなかった。折角心配してくれたのに無下にしてしまったのだ。気を悪くしない方がおかしいだろう。


「たいした重さではないので大丈夫です。薬屋の場所も近いみたいですし」


 そう言ってカウンターを後にしようとした時。


「待って! 待っててば!」


 慌てて走ってくる天が見えた。息を切らせながらカウンターに走り込んできた天に桃が呆れた顔で声をかける。


「いつまで寝てんだい。全く。朝ごはんはもう終わったよ。とっとと月白つきしろちゃんを薬屋に案内しとくれ!」

「あっ、うん。荷物持つよ」

「えっ、いや、大丈夫」


 天の言葉に断りの返事をしようとしたその時。


桃姉ももねえ! ハルノトウ、たくさん採ったからお裾分け~」


 私の返事は勢いよくあんず亭に入ってきた女性の声でかき消された。

 小柄な体に真っ黄色のくせっ毛のショートカット。年齢は二十代半ばといったところか。まるで向日葵のような女性はその勢いのまま持っていた籠をカウンターにドサッと置いた。


「あら、こんなにたくさん。刈安かりやす、ありがとう」

「どういたしまして、って、天、無事だったんだ! みんな心配してたんだよ。あれ? その子は?」

「えっ、あっ、すんません。えっと、この子は」


 どうやらひまわりの彼女の名前は刈安さんと言うらしい。天の隣に立つ私の存在に気が付くや否やすごい勢いで私を覗き込んでくる。


「えっ、まさか彼女? 何、あんた、森に薬草採りにいったんじゃなくて、ナンパしに行ってたの?」

「あっ、いや、そうじゃなくて」


 天の答えを聞く前に刈安さんが呆れたような声を上げる。あぁ、これはアレだ。松葉まつばさんと同じ、人の話を聞かないタイプだ。


「ちょっと、天のくせに生意気~。ねぇ、あなた名前は? タイム村の子じゃないよね? どこの村から来たの? 何歳? 天より年下? 天とはやっぱり森で出会ったの?」

「えっ、あの」


 すごい。質問されているはずなのに答える隙が全くない。それよりも、さっき気になる言葉を聞いた気がする。刈安さん、ハルノトウって言っていなかった?

 

「もう行こう。桃さん、いってきます!」


 刈安さんの怒涛の質問に口を挟めないままでいたら、急に天に手を掴まれた。そのまま天は反対の手でキシセツソウの入った袋を掴むとカウンターを後にしようとする。


「こら! ちょっと待て!」

「桃さん、後は頼んだ!」

「はいよ! こら、刈安……」


 いや、ちょっと待って。籠の中身を確認したい。チラッとしか見えなかったけれどハルノトウではなかった気が。

 でも、腕を引く天の力が強くて、私はそのままあんず亭を後にすることとなってしまった。

 それから数分後。あんず亭を出てからもずんずんと歩き続ける天に私はたまらず声をかける。


「天、ちょっと」

「ごめん!」


 籠の中身を確認しに戻りたいと言いかけた私に振り返った天が深々と頭を下げてきた。


「俺、君の気持ちとか事情とか全然考えてなくて。タイム村にだって本当は来たくなさそうだってわかっていたのに」

「あっ、えっと」


 天のつむじを見つめながら私は言葉を探す。あぁ、こういう時なんて言えばいいのだろう。長らく誰かに何かを伝えるということから離れていた私には丁度いい言葉が見つからない。


「嫌……ではなかったよ」

「えっ?」


 結局、私の口から零れ出たのはなんとも中途半端な言葉で。そんな私を天が驚いたような顔で見つめる。


「いや、あのね」

「ねぇ、少しだけ話さない? 嫌でなければ、だけど」

「えっ、あっ、うん」


 私の返事に天は少しホッとした顔をして、道から外れた公園を指さした。誰もいない公園のベンチに座ると天がポツリポツリと話しを始める。


「昨日話したけどさ。俺、孤児なんだ。生まれてすぐにフィーバーフューの教会に捨てられてさ。ってフィーバーフューってどこかわかる?」

「いや、全然」


 申し訳ないけれど森からでるつもりがなかったから地理にはとんと疎い。そんな私の返事に天が呆れたように笑う。


「君は本当に森の外に興味がないんだね。頭が悪いってわけではないだろうに」


 そういって少し哀しそうに笑った天は私にフィーバーフューについて教えてくれた。フィーバーフューは王都のすぐ南に位置する町で、規模も王都に続く大きさの都市だそうだ。大きな都市の教会は孤児院も兼ねていることが多くて、天もそこで十歳まで生活していたとのことだった。


「俺、教会になじめなくてさ。十歳のときに教会を飛び出して、後はお決まりのパターンってやつ。悪い奴らの仲間になってさ。まぁ、色々ね。言えないようなことばっかり」

「天、あのさ、無理して話さなくても」


 自嘲する天の顔がいつもの明るい天とかけ離れていて、思わず声を掛けてしまった。そもそも私が聞いていい話ではないと思うのだけれど。でも、そんな私の言葉に天は首を横に振った。


「聞いて欲しいんだ。嫌でなければだけど」


 急に始まった身の上話の理由は全くわからなかった。でも、天の目を見たら嫌とは言えなくて、私はおもわずうなずいてしまっていた。天はまたホッとした顔をして話を続ける。


「教会を出て一年くらいしてからかな。たまたまフィーバーフューに仕入れに来ていた松葉の財布をさ。ちょちょいって」

「えっ、まさか?」


 驚く私に天は手をちょいちょいと動かして、情けない顔で笑う。


「でも見事に失敗。あっさり松葉に捕まっちゃって、詰んだわ~、って。思ったんだけどさ、松葉の奴、なんて言ったと思う?」

「う~ん、こんな悪いことをしてはいけないよ、とか? 違う気がするけれど」


 昨日会ったばかりの松葉さんの性格なんてもちろんわかるはずもなく。悩む私を面白そうな顔で見つめながら天が続ける。


「普通はそう思うよね。あとは町の警備隊に突き出すとかさ。でも、松葉はさ。手先が器用なんだな。一緒に村に来るか? って言ったの」

「はっ?」


 いや、財布を盗もうとした子を連れて帰ろうと誘うのもおかしいけれど、何より松葉さんの仕事って。


「宿屋に手先の器用さは関係ないじゃんね」


 そう、大工とか、細工師ならまだしも宿屋でしょ。松葉さんって一体。天の言葉に私も思わず笑ってしまう。この村にはどうやらお人好しが揃っているらしい。


「でもさ。あの時の松葉の言葉がなければ今の俺はいない」

「そっか」

「すげぇ感謝してる。本人には絶対言わんけど」


 だからさ、と天は言葉を続けた。


「森で君に出会って、初めは助けてもらってラッキーってだけだったんだけどさ。一晩過ごして、君の目が気になったんだ」

「目?」


 あぁ、月のような、はお世辞だったか、と心の中で自嘲する。まぁ、あの時の天には私以外に頼りとなる存在はなかったわけだし、おべっかくらい使うよね。そう思った私は、続いた天の言葉にものすごく後悔した。


「すっげぇ綺麗なのに、どうしようもなく諦めた目でさ。同じ目、フィーバーフューにいた頃にたくさん見てきた。多分、俺も同じ目してたんだと思う」

「天……」

「あの頃は自分の顔なんてまじまじと見ることなんてなかったからわかんないけどさ。で、なんとかしたい、って柄にもなく思っちゃった。てめぇのことで手一杯なくせに松葉みたいに俺もしたいってね」


 そう言って苦笑いする天にありがとうと言いたくて、でも止めた。私は森に戻るしかないのだから。


「ごめんね。困らせて。……さて、行きますか」

「うん」


 立ち上がった天に私はうなずく事しかできなかった。

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