1-6

「本当にごめんねぇ。うちの人、他人の話を全然聞かないのよ」


 ここはタイム村で唯一の宿屋、兼、食堂、あんず亭、のカウンター。松葉まつばさんはてんの父親ではなく、天が根城にしている宿屋の主だった。いつまでも帰ってこない天を心配して森へ探しに来たところだったそうだ。

 そして、彼女はももさん。あんず亭のおかみさんにして、松葉さんの奥さん。なし崩し的にここまで来てしまったものの、桃さんが間に入ってくれて私はやっと天と松葉さんから解放された。


「俺は天が森で薬師を見つけたって言うからてっきり」

「何言ってんの! 森で見つけたって熊や鹿じゃあるまいし、そんな簡単に薬師が見つかる訳ないでしょ!」


 そう、そのとおりです。


「天! あんたもあんたよ! キシセツソウを採りに行くって、この時期に採れるわけないでしょ! しかも他人様にご迷惑までおかけして!」

「でも」

「でもじゃない! 第一、こんな若い薬師がいるわけないでしょ! あんたより年下じゃない!」


 そう、もっと言ってやってください。桃にこっぴどく叱られる松葉さんと天を眺めながら私は大きくうなずいた。


「ありがとうね。天を助けてくれた上にキシセツソウまで。今日はうちに泊まって頂戴。明日、村長さんに言ってキシセツソウのお代をだしてもらうから」


 そうそう、今日は泊まって、明日村長さんに……って、えっ?


「いえいえ、お気になさらず! すぐに失礼しますので!」


 冗談じゃない。これ以上、たくさんの人間に顔を見られるのは御免だ。しかも村長って、万が一、私の手配書でもでていたら洒落にならない。慌てて帰ろうとする私を見て何を勘違いしたのか、桃さんが感心したようにうなずく。


「いい子じゃない。遠慮なんてしなくていいのよ。……って、あっ、まだ名前も聞いてなかったわね。名前は?」

「あっ、えっと」

「あっ、いいじゃん! そんなこと! それより部屋は?」


 戸惑う私を見て天が慌ててごまかそうとしてくれる。基本的にいい子なのよね。時々、行動が突拍子もないけれど。なんで私が薬師だなんて見え透いた嘘ついたんだか。


「月白です。本当にお気遣いなく。森の中を歩くのは慣れているので大丈夫ですし、キシセツソウも余分にあったものですから」

「えっ?」


 月白と名乗った私を天が驚きの目で見つめる。いや、名乗れる名前といったらこれしかないんだから、しょうがないでしょ。それに偽名を名乗っておけば、万が一、手配書があったとしても別人だと思ってくれるかもしれないし。


「駄目よ! 月白ちゃん一人で夜の森なんて行かせられるわけないでしょ! ……どうしてもって言うなら、うちの人に送らせるけど」

「泊まらせていただきます!」


 だから冗談じゃないってば。これ以上、誰かに山小屋の場所を知られるのは絶対に避けたい。


「そうそう、遠慮なんてしないの。天、あんたの隣の部屋が空いているから案内してあげて。夕ごはんまで時間あるから、先にお風呂つかって。月白ちゃん、場所は天に聞いてね。天、のぞくんじゃないよ!」

「そんなことしねぇよ!」


 桃さんの言葉に天が言い返す。顔が真っ赤だ。なんだか微笑ましいなぁ、って、待て待て、問題はそこじゃない!


「あの、夕ごはんは……」


 必要ないと言いかけたその時。


「それにしてもこんな可愛い子、天も隅におけないわね」

「だよな。森にキシセツソウ採りじゃなくて、ナンパしに行ったのかと思ったぜ」

「ねぇ、月白ちゃん、こう見えて天は便利屋として結構村の人からも頼りにされてんのよ。どう? よければ」


 いや、どう? って何言いだしてるの?

 想定外の話を振られて返答に詰まる。


「さぁ! 月白、部屋案内するよ! 風呂も入りたいだろ! 桃さん、鍵もらっていくね!」


 急に盛り上がりだした桃さんの言葉を遮って、天が桃さんから鍵を奪い取る。目を白黒させたまま天に手を引かれて、宿屋の二階へと上がっていく。しばらく歩いて廊下のつきあたりまでくると天がこちらを振り返った。


「ここが月白の部屋……って、ごめん。俺、手掴んだまま」


 そう言って天が慌てて私の手を離す。


「えっと、風呂は一階なんだ。俺、自分の部屋にいるから準備できたら声かけて。あっ、隣が俺の部屋だから」


 うん。それは桃さんが言っていたから知ってる。そんなことより聞きたいことがあった。


「なんで私が薬師だなんて嘘ついたの? しかもこの村にくるだなんて」

「あっ、それは」


 桃さんの言うとおり私の年齢で薬師なんて無理がある。それに森の中で一人暮らしをているなんて、私が訳ありなことくらい想像がつくだろう。厄介者かもしれない私をどうして村に引き留めようとしたのかわからなかった。


「月白が可愛かったから」

「はぁ?」


 ポツリと溢れた天の言葉に耳を疑う。なんだって? 何を馬鹿なことを。私の呆れた顔に気が付いたのか天が慌てた顔でアタフタと手を振る。


「いや、そうじゃなくって! 月白みたいに小さな子、ってか、若い子? とりあえず俺より年下なのに一人でずっと森で暮らしてるなんて危ないから。それに」

「それに?」

「折角、薬草の知識とかあるんだし勿体ないよ。ここで暮らしてみない? 小さい村だけど、ここなら俺も勝手がわかるから多少は手伝えるし」


 やっぱり天の意図がわからない。例えば私が薬師だとしたらわかる。でも違うし、まさか本当に容姿が理由というわけでもあるまい。一体、何のメリットがあるんだ? と考えていたら、急に天がガシガシと頭を掻きながら、あー、とか、うー、とか呻き出した。

 えっ? 何? どうした? だから、行動が急なのよ。

 天の奇行にどう声をかけたものかと戸惑っていると。


「あのね! 俺、孤児なの! 松葉に会って、村に来て。今は便利屋なんて、割とまともなことやってるんだけどさ。まぁ、色々あったんだよ!」


 えっと……なぜ急に身の上話?

 いや、大変だったんだろうけれど、本当に話が見えない。それと、私がタイム村で暮らすことに何の関係が?


「えっと、だからさ。一人って良くないんだよ! いや、村にいても一人は一人なんだけど。でも、自分の名前を呼んでくれて自分も名前呼んで、っていうの無くなると良くないんだって! うまく言えないけど」


 あぁ、そういうことか。もどかしそうに、でも一生懸命に話してくれる天の言いたいことがなんとなくわかった。

 確かに名前を呼ばれない日々が続くとなんだか自分が消えてしまった気にはなる。私の場合はもともと消えるしか目的がない生活だから気にしなかったけれど、孤児だった頃の天はそれが辛かったのだろう。というか、辛いのが当たり前だ。だから、私のことも気にかけてくれたのか。

 いい子だなぁ。素直にそう思った。


「ありがとう。でもね、私にはあの山小屋にいなければいけない理由があるんだ」


 気持ちは嬉しい。こんな風に誰かに気にかけてもらえることなんて、もう二度とないと思ってた。


「じゃあさ、俺が山小屋に行ってもいい? 薬師なんてすぐに見つかるわけないし、また薬草が足りなくなったら」

「ごめん。手伝うのは今回だけ……誰も巻き込むつもりはないの」


 天の優しさが嬉しかった。だからこそ巻き込めないとも思った。仕方ない。私はアンドロイドなのだから。私の言葉に天は何かを察してくれたのだろう。それ以上は何も言わずに自分の部屋に戻っていった。

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