第9話 死闘
「下がっておれ、エリオット」
ガディムが僕の前に立ち、巨斧を構える。緊張感が否応なく伝わってくる。
「ふん、あれの気配を追って来てみたけど、少しずれたみたいだね。君たちは知ってるのかな?あれの在り処を」
謎の少年がこちらに歩み寄りながら尋ねる。
「あれじゃと?なんのことじゃ」
「
その言葉を聞いて、僕は不覚にも動揺を表情に出してしまった。すぐに取り繕おうとしたが、その一瞬で少年には気付かれてしまったらしい。
「へえ、知ってるんだ。なら聞かせてもらわないとね」
にやりと笑い、少年が右手を広げる。と、その手の中に歪な形の刃を持った剣が現れた。見るからに禍々しい雰囲気を纏っている。
「召喚魔法か。それも無詠唱とはの」
ガディムが斧を握りしめ、少年を睨む。確かにこの子は普通じゃない。僕にもヤバさがびんびんと伝わってくる。
「『
僕はギフトを発動し、少年を視る。だが彼から感じる魔力は今まで感じたことのない異質なものだった。まるであの
「
いきなりガディムが少年に突進し巨斧を振り払った。小声で詠唱していたらしい。子供相手にいきなりだとは思うが、この場合は仕方ないだろう。
「ふん」
巨大な炎の刃が少年に襲いかかる。が、その炎は少年がかざした剣に受け止められ、その姿を霧散させてしまう。
「何じゃと!?」
「やはりいい腕だ。五行魔法剣術の一つ、
「五行魔法剣術を知っておるのか!?お主は一体……」
「質問をするのは僕の方だよ。惜しかったね。僕の型が水でなければもう少し効果があったかもしれないのに」
少年が剣を振り、ガディムの体が斧ごと弾き飛ばされる。あの体でガディムの巨体をこともなげに。しかも片手で軽く振っただけのように見えた。
「この惨状はお主の仕業か?」
「惨状?ああ、この火事のことかい?住民に
「貴様!」
ガディムが激昂し、再び斧を持って少年に向かっていく。だが今度も少年の剣は簡単にその攻撃をいなした。
「面倒だな。ねえ君、このおっさんを殺したら素直に僕の質問に答えてくれる気になるかい?」
まるで世間話をするかのような口調で僕にそう問いかけてくる少年。背筋に冷たいものが走る。こいつは異常だ。まともじゃない。
「死んでも御免だ、って言ったら?」
「拷問して聞き出すまでさ。僕はそっちの方が得意分野なんだ。抵抗しても無駄だよ?」
「させると思うてか!」
じりっと間合いを詰め、ガディムが少年を睨む。
「しつこいな。君じゃ僕に敵わないのはもう分かったでしょ?おとなしく死んどいてよ」
少年が歪な剣を構える。僕は必死に頭を巡らせた。悔しいが今までの攻防を見る限りガディムの攻撃はあの少年に通用しない。彼ほどの使い手を歯牙にもかけないとは信じられないが、冷静に目の前の現実を受け止めなければ、死ぬことになる。
「ガディムさん!」
僕はガディムに声を掛け、彼に少し近づいた。
「来るな!こいつはヤバすぎる」
「何とか逃げられませんか?このままでは……」
口でそう言いつつ、僕はガディムにだけ伝わるよう掌を水平に少し動かした。一拍おいて、彼の目が少し見開く。僕の意図を汲み取ってくれたようだ。
「無理じゃな。みすみす見逃してくれるほど甘い相手じゃない」
「当たり前だろ。さあ、とっとと……」
少年が歩み寄ってくる。ガディムが僕の顔を覗きこむ。「大丈夫か?」と確認している。僕はゆっくり頷いた。ギリギリの状態だがやるしかない。
「うおおっ!!」
裂帛の気合を込め、またガディムが突進する。大きく飛んで巨斧を振り下ろすと、予想通り少年がそれを剣で受けた。
「があっ!」
ガディムの巨体が大きく弾き飛ばされ。斧が空中に放り上げられる。その瞬間を狙って僕は魔力を集中させて空中に向かって放つ。
「は、武器も無くなって今度こそ終わりだね。じゃあ……」
少年が笑って剣を振り上げる。
「コントロール」
「ん?」
僕の呟きに少年の動きが一瞬止まった。次の瞬間、
「ぐああああっ!!」
少年が絶叫を上げた。手応えはあった。少年は今背中に激痛を感じているだろう。
「こ、これは……」
自分の背中を振り向き、少年が驚愕の表情を浮かべる。彼の背中にはガディムの斧が突き刺さっていた。彼が斧を手放したのはわざとだ。僕は魔力を空中の斧にぶつけ、同時に操作魔法を発動したのだ。手元にないものを操作するのはかなり難しいのだが、何とか上手く行った。一度操作した物はコントロールしやすいというのもよかった点だ。
「き、貴様……こんな……このクソガキが!」
少年が怒りの形相で僕を睨みつける。少し心が痛むが、こいつは普通ではない。危機を乗り切るためには仕方ない。
「貴様から殺してやる!」
少年が背中に手を回し、斧を引き抜こうとする。それを見てガディムが警告の声を上げた。
「やめておけ。下手に傷口を広げると出血多量で死ぬぞ」
「舐めるな!」
少年はガディムの忠告を無視し、斧を引き抜く。ガディムの言った通り大量の血が噴き出すが、同時に眩い光の粒が彼の体を包むように立ち昇る。あれは治癒魔法の光か。斧を抜く直前に唱えていたのか。
「ぐううっ!」
少年の背中から噴き出す血が止まる。まずい、こうも早くダメージを修復されては。
「死ねっ!」
少年の姿がゆらり、と動いたと思った次の瞬間、視界から消えた。ガディムが目で追うが、その視線の動きよりも早く少年が僕の眼前に現れた。
「速い!」
少年が剣を振り上げる。この距離では躱すこともままならない。やられる!と思ったその時、
「うちのエロガキに何してやがる!」
怒声が響き、ロングソードが少年の剣を受け止めた。そのまま振り抜いて少年の体が弾き飛ばされる。
「リネアさん!!」
僕を助けてくれたのはリネアさんだった。ロングソードを構えたまま、少年を睨みつけている。
「どうしてここに?」
「あのでけえ赤ん坊がいきなり目ぇ覚ましたと思ったら、森の中に走って行っちまったんだよ。追いかけてるうちに見失っちまったけどな」
「あの子が!?」
「あいつを探してたらもの凄え嫌な気を感じてよ。来てみたらあのガキがおめえを斬ろうとしてやがったんでな」
「ありがとうございます、助かりました。それにしてもあの子は一体どこへ……」
「さてな。それよりあの物騒なガキは何だ?只のガキじゃねえようだが」
「僕たちにも分かりません。ですがこの集落を襲ったのはあいつです。それにあの
「そうか。お痛が過ぎるガキにはお仕置きが必要だな」
「次から次とクソ野郎どもが!皆殺しにしてやる!」
「へ、やれるもんならやってみな」
憤怒の表情でこちらを睨みつける少年にリネアさんが不敵に笑う。
「気をつけい。先ほどの奴の動き、儂でも目で追い切れんかった」
ガディムが少年と対峙しながら忠告する。斧は少年の背後で彼は今武器を持っていない。確かにさっきの速さで襲われたらかなりまずい。
「ん?」
よく見ると剣を構えた少年の足が僅かに震えている。顔から大量の汗も流れている。治癒魔法をかけたとはいえ、ダメージが完全に回復したわけではないようだ。
「リネアさん、奴にはダメージが残ってます。何とか逃げられませんか。完全に回復されたら厄介です」
小声で囁くとリネアさんは眉根を寄せる。
「不意を突きゃ出来るかもしれねえがよ。お前忘れてねえか?この近くにゃあのガキがいるんだぞ」
失念していた。あの少年が例の
「それに背中を向けて逃げられるほど甘い相手じゃなさそうだ。オレ一人ならまだしもお前や丸腰のおっさんまで逃げきれるとは思えねえな」
ガディムの斧をまた操作して彼の手に戻せればいいのだが、さすがの僕でももう魔力を飛ばしてあれをコントロールする自信がない。さっきの攻撃でだいぶ集中力を削られた。
「逃げる算段か?無駄なことだ!」
少年が歪な剣の刃を空にかざす。禍々しい気配を纏った黒い霧のようなものがその歪な形の刀身を覆うように立ち昇った。
「まずい!何かやる気だ!」
リネアさんが叫び、ガディムが身構える。彼の視線は少年の背後にある自分の斧に向けられている。攻撃を受ける前にあれを取り戻そうと考えているのか。いくら歴戦の勇者でも難しそうだ。だがフォローがあれば……
「
不意を突いて少年に向け魔法を放つ。閃光で目を眩ませるだけの魔法だが、時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。
「ちっ!」
少年が目を覆い剣を傾ける。その隙を突いてガディムが素早く少年の背後に走る。斧を掴み少年に向けて駆け出すまであっという間だった。それに合わせてリネアさんもロングソードを構えて駆け出す。前後から挟み撃ちの形だ。
「しゃらくさい!」
少年が叫び、剣を円を描くように大きく振り回す。刀身に纏わりついた黒い霧のようなものが周囲に拡散する。
「何かヤバい!近づくな!」
リネアさんが叫んで足を止める。剣士の勘か。ガディムもその場に止まる。
「いい勘をしてるな。だが無駄だ」
まだ閃光の影響が残っているのか、目を瞬かせながら少年が不気味な笑みを浮かべる。と、風で飛ばされてきた木の葉が数枚、少年の周囲に広がっていく黒い霧に触れた。
「なっ!?」
すると木の葉が瞬く間に黒く染まり、あっという間に朽ち果てて粉々になってしまう。
「いかん!あれに触れるな!」
ガディムが叫び、少年から距離を取る。だが黒い霧は意思を持つかのようにスピードを上げて広がっていく。
「エリオット!逃げろ!」
リネアさんが叫んで僕の方に走り出す。広がった霧の一部が森の木に触れ、あっという間に黒い消し炭のようにボロボロになって消えていく。
「ダメだ。スピードが上がってる。このままでは逃げきれない」
残った魔力は僅かだがやるしかない。レベルが上がっていて本当に助かった。僕は
「リネアさん!ガディムさん!伏せて下さい!」
僕の叫びに二人が即座に従う。失敗したら終わりだ。集中しろ。
「
詠唱と同時に伸ばした僕の手のひらから渦を巻いた風が迸る。その風は広がる黒い霧を呑み込み、方向を上に変える。風の発生とコントロールを同時に行う扱いが難しい魔法だ。今の僕のレベルでは本当にギリギリ成功するかどうかというところだったが、上手くいってよかった。黒い霧は竜巻きのように上昇した風と共に空中で霧散した。
「へ、やるじゃねえかエリオット」
体を起こしたリネアさんが珍しく素直に褒めてくれる。
「味な真似を!やはり貴様から殺すべきだったな」
少年が怒りの表情で僕を睨み、剣を構える。まずい、もう目眩しの効果は無くなっているしダメージもかなり回復しているようだ。あの神速の剣を繰り出されたら今度こそ避ける術がない。
「あああああーっ!!!」
少年が動こうとしたその瞬間、突如叫び声と共に何かが森の中から飛び出して来た。僕たちも少年も思わずそちらに視線を向ける。
「なっ!?」
その姿を見て僕は思わず絶句した。それは行方が分からなくなっていたあの少女だった。
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