第8話 急変

 「行け!」


 操作魔法でガディムの斧を浮かし、一角狼ユニコーン・ウルフの方へ向かわせる。目に見えるほどの放電が斧の刃に吸い寄せられるほど近づいたところで斧を下ろし、自立できるくらいに地面に刺す。地面をえぐるのは流石に結構しんどい。


 「すいません!一角狼ユニコーン・ウルフが斧に近づかないよう威嚇攻撃を!」


 僕の叫びにリオンが頷き、騎士たちが攻撃魔法を放つ。バリアに阻まれて効果はなさそうだが、注意を引くことは出来ている。そのうち一角狼ユニコーン・ウルフの周囲の放電が弱まってきた。そう、僕はガディムの斧を避雷針にしたのだ。


 「リネアさん!」


 「ああ、これくらいなら!」


 舌なめずりをして、リネアさんが一角狼ユニコーン・ウルフに突進する。暴れる魔獣の懐に飛び込み、大きく飛び上がると強化魔法をかけた剣を振りかざす。


 「西方流奥義、剛天斬ヘヴンリー・スラッシュ!」


 放電を受けながら、リネアさんの剣が一角狼ユニコーン・ウルフの首に食い込む。絶叫する魔獣は大きく喉を切り裂かれ、大量の血しぶきをあげてその場に倒れkこんだ。


 「や、やった……」


 しばらく痙攣していた一角狼ユニコーン・ウルフの体が動かなくなり、僕はほっと息を吐いた。途端に強い脱力感が襲ってくる。やはり操作魔法の精神集中で疲労したようだ。


 「おお!見事じゃな!お主、西方流剣術を極めておるか!」


 ガディムが感嘆の声を上げる。さすがその存在を知っているようだ。


 「まあな。極めた、とは言えねえがよ」


 「いや、お見事ですよ。一角狼ユニコーン・ウルフを一撃で屠るとは大したものです」


 リオンも感心したように言う。


 「いや、おっさんがあいつの角を斬り飛ばしてくれなきゃ近づくことが出来なかった。あの技は見事だったぜ」


 「口の利き方に気を付けろ!この方は……」


 シュアリーが気色ばんでリネアさんに詰め寄る。だが当のガディムはガハハ、と豪快に笑い、


 「気にするなシュアリー。変に気を使われるよりこっちの方が儂の好みに合っておる。嬢ちゃん、気に入ったぞ」


 「まったく。隊長もガディム殿もフランクすぎます」

 

 「まあそこがガディム殿の魅力でもあるんだけどね」


 自分のことを棚に上げてリオンが言う。


 「おいおい、何度も言わすなリオン。儂はお主の部下なんじゃぞ。『殿』は要らんと言うちょろうが」


 「ですが歴戦の勇士であるあなたを呼び捨てというのはどうも抵抗感がありまして……」


 「思い出したぜ。オレの剣の師匠が言ってたことがある。王立騎士団ロイヤル・ナイツに巨斧を操る凄腕の魔法剣士がいるって。あんたのことだったのか」


 「人呼んで『鉄壁のガディム』。本来なら第一騎士団の中心にいるべきお方だ」


 「ふん、王都でふんぞり返っとる奴らと一緒にいたくはないわ。それにこの第七騎士団には思い入れがあるでな。昇進の話は全部蹴っておるのよ」


 「おかげで僕は大助かりですがね。優秀な副官が二名もいてくれるんで何とか隊長の面目が保ててますから」


 「謙遜するなリオン。お主は立派に務めておる。ちょっと自分で前に出過ぎなところはあるがな」


 「そうです。隊長は立派に役目を果たしておられます。ですが今もそうですがご自分で危険な行為に及ぶのはご自重ください前衛は我らの務めです」


 ガディムとシュアリーの両方から諌められ、リオンは苦笑する。確かに領主になる修練のために入団するのに、戦闘で命を落としては元も子もない。本来なら貴族の子息はそれなりの地位を与えられ、指揮に専念するのが普通なのだろう。


 「いやあ、自分だけ安全な後方で指揮というのは性に合わなくてね。それに領主としての資質も勿論だが、僕自身の剣の腕をもっと磨きたいという願いもある」


 「ザラネス侯爵家の王国での立場をお考えください。リオン隊長に何かあれば一大事なのですよ」


 それだけでなく個人的な感情も入ってるんだろうな、と思ったが、勿論口にはしない。


 「そうはいうが、君が目標とするロシュワール子爵だって鬼神と呼ばれた奮戦ぶりを見せたじゃないか」


 「あ、いや、うちとザラネス家では比べものになりませんから」


 僕は慌てて否定する。家が潰れてもいいなどとは微塵も思わないが、ザラネス侯爵家とでは確かに歴然とした家格の差があり、国政における重要度も比較にならないだろう。それにしてもここに父がいたらまた苦虫を噛み潰したような顔をすることだろうな。


 「謙遜することは無いよ、エリオット君。子爵殿が立派な人物であることは伝聞だけでなく、フロストをよく知っている身として分かっているつもりだ。それにダンバスの治安は国内でもトップクラスに良く、領民の支持も篤いと聞く。辺境の町が安定しているということは国家にとって重要な事だからね」


 「ありがとうございます。父が聞いたら喜ぶと思います」


 「ほう、お主、ロシュワールの息子じゃったか。兄は相当凄腕と聞くぞ」


 「ガディムさんのような方にお見知りおきいただけているとは兄が聞いたら歓喜いたしましょう」


 「弟もよくできた子のようじゃな。さて、それはそれじゃ、リオン。シュアリーの言う通りお主の体はお主一人のものではない。お前の身に何かあったら儂ゃブリザックに面目が立たん」


 ガディムが念を押すように諭す。


 「ブリザック?もしかしてブリザック・ローレンクロイツか?」


 「知ってるんですか?リオンさん」


 「西方流の同門じゃ有名人だよ。確かローレンクロイツ伯爵家の次男だったか」


 「そうじゃ。そして王立騎士団ロイヤル・ナイツ第七騎士団の現団長じゃ」


 「はん、奴なら団長くらい務めててもおかしくないだろうな。それでも第七か。王立騎士団ロイヤル・ナイツってのは流石化け物揃いみたいだな」


 「まああいつ自身が志願したんじゃがな。あいつの父、つまり現ローレンクロイツ伯爵が元々第七騎士団にいて、儂と同期だったんじゃ。儂とは気が合っての。よう飲み明かしたもんじゃ。ブリザックが兄に次いで王立騎士団ロイヤル・ナイツに入団した時、世話を頼まれてな。まあ儂がどうこう言う必要のない力をもう身につけておったが」


 ガディムが第七騎士団に思いいれがあると言ったのはそういう訳か。それにしても普通は嫡子に不慮の事態があった場合を考慮して次男以降はあまり軍に入ることはないのだが、リネアさんが知ってるくらいの剣士なら頷ける。実際に団長になってるしな。


 「さて、とりあえずの危機は去ったようだが、これからどうしたものかね。このままだとあの魔封鉱マギアオーレを狙って際限なく魔獣が現れるかもしれない。かといって廃棄するという訳にもいかないだろう。闇発掘師ダーク・ディガーのことを調べるためにもね」


 「やはりレジストリーに持ち込むしかないのではありませんか?あそこで管理してもらえば魔獣もおいそれとは……」


 「ふむ。だがカルネリアにはレジストリーが無かったよね?一番近い場所は……」


 「僕の記憶ではオルスメイだったと思います」


 「オルスメイ?こっからだと五日はかかるぜ。その間魔獣の襲来に備えながら運搬するのかよ」


 「勿論、我々が護衛に付きますが、森のモンスターにも注意を払わなければいけませんので分隊の全てを出すわけにはいきませんね」


 「団長に報告して増援を頼んでみては?」


 「そうしよう。ことは重大だからね。団長もお許し下さるだろう」


 「じゃあ、儂も同行しよう。少しは役に立てるじゃろう」


 「それはとてもありがたいお話ですが、よろしいのですか?」


 僕の問いにガディムがリオンをちらりと見やる。リオンは仕方ない、といった風で笑い、


 「ガディム殿なら安心してお任せできます。お願い出来ますか」


 「任せておけ。シュアリー、リオンの補佐は任せたぞ」


 「はっ!身命を賭して」


 「頑張ってくれるのは嬉しいけど、自分の身は大切にしてくれよシュアリー」


 「は、はい」


 わずかに俯きながらシュアリーが敬礼をする。照れているのだろうか。可愛い女性だな、と生意気にも感じてしまう。


 「じゃがブリザックに増援を頼むにしても二、三日はかかるじゃろう。それまでここで魔獣に備えねばならんの」


 「ええ。三交代制で常に警戒態勢を取りましょう。シュアリー、団長への手紙を急いで書くから、すぐに本部へ届けさせてくれ」


 「はっ!」


 「僕たちもお手伝いします。どの程度お役にたてるかは分かりませんが」


 「いや、エリオット君とリネアさんが協力してくれれば心強い。よろしく頼むよ」


 「リネアさんもいいですね?」


 「ああ。さっきも言ったが一宿一飯の義理ってのもあるしな。ここまで巻き込まれちゃしょうがねえ」


 「その間にカルネリアのイナビスとかいう商人の情報が入ればいいんですが」


 「報告待ちだな。もうカルネリアに着いて商人の所に向かっているはずだが」


 「そういえばあの子!まだ寝てますかね。起きてうろうろしてるんじゃ」


 「ああ、忘れてたぜ。様子を見に行ってくるか」


 「じゃあ僕はスネイル族の集落へ戻ってみます。ルルーナさんが心配しているでしょうし」


 「スネイル族?もしや残されし者ビリーヴァーか?」


 「ご存知でしたか、ガディム殿」


 「うむ。話にはな。こんなところにおったとは知らんかった」


 「ではエリオット君に付いていっていただけますか?そう立て続けに魔獣が襲ってくるとも思えませんが、念のため」


 「うむ、任せておけ。坊主、エリオットと言うたな」


 「は、はい」


 「これからしばらく連れ合う仲じゃ。よろしく頼むぞ」


 「こ、こちらこそ」


 「是非オレと手合せ願いたいな。あんたクラスの魔法剣士とは一度やり合ってみたかった」


 「おう、望むところじゃ。ブリザックと同じ西方流の達人の技、とくと拝見させてもらおう」


 「それじゃ行動開始だ。僕は団長に手紙を書くから、シュアリーは警戒の当番表を作ってくれ。無理のないようにね」


 「かしこまりました」


 「じゃああのでかい赤ん坊の様子を見てくるか」


 「儂らも行こう、エリオット」


 「はい」


 僕はガディムと連れだって森の中へ戻っていった。ルルーナに教えられたように木の傷を目印に集落を目指す。


 「お主は魔法発掘者マギナ・マイナーか。その歳で大したもんじゃな」


 「いえ、与えられたギフトのお蔭です」


 この世界の人間は生まれた時、魔力とは別にギフトと呼ばれる特別な才能を天から与えられる。その才は千差万別で、スピードに特化したもの、筋力に特化したもの、視力や聴力などの身体的な能力もあれば、僕のように魔力を補強するタイプのものもある。僕は魔法を判別する「判定ジャッジ」の能力を与えられた。これのおかげで魔法鉱脈マギア・ヴェインのダンジョンに眠っている魔封鉱マギアオーレの存在を探知できるのだ。


 「そうは言うても実際に魔封鉱マギアオーレを掘り当てるのは本人のセンスじゃろう。……むっ!?」


 突然、ガディムの顔が険しくなり、歩みを止める。


 「どうしました?ガディムさん」


 「嫌な雰囲気が垂れこめておる。儂の経験ではかなり危険な感じじゃ」


 「え!?」


 まさか集落に何か?


 「急ぎましょう!」


 僕たちは草むらを掻き分けて疾走した。疲れは残っていたが、何とか身体強化の魔法を自分にかけてスピードを上げる。


 「うわっ!」


 森を抜けて広場に出た僕は思わず叫んだ。集落のあちこちから火の手が上がっている。地面に倒れているスネイル族も何人もいた。


 「これは!まさかここにも魔獣が!?」


 「いや、この禍々しい雰囲気は……」


 「おや、王立騎士団ロイヤル・ナイツとは大層なお客さんだね」


 いきなり声が聴こえ、そちらを振り向く。蛇の舌のようにテントを弄り燃やす炎の前に一人の少年が立っていた。僕よりも幼い。10歳前後だろう。麻のシャツと半ズボンを身に着け、短いマントを纏っている。


 「気を付けろエリオット。こやつ、見た目通りの存在ではないぞ」


 「へえ、僕の強さが分かるんだ。中々腕が立つと見えるね」


 少年はそう言って口を大きく歪め、不気味な笑顔を作った。

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