第7話 魔獣再来

 「あ、あの……」


 走り出したリオンたちを追いかけてテントを出たルルーナが僕に声を掛ける。さすがは王立騎士団ロイヤル・ナイツというべきか、リオンと二名の部下はもう集落を出て森の中に入ろうとしていた。


 「慌てないでください。状況が分かるまではここにいた方がいいかもしれません」


 僕は不安そうなルルーナさんにそう声を掛け、リオンたちの後を追う。だが14歳で体力的にもひ弱な方の僕ではとても彼らに追いつけない。


「試してみるか」


僕は目録カタログを呼び出して魔力でページをめくる。僕のレベルでは筋力強化の魔法は使えないだろうが、スピードを上げる身体強化の魔法なら多少は効果があるかもしれない。魔法使いウィザードのレベルに応じて効果が上昇する魔法だ。物は試しで詠唱してみる。まあ僕のレベルでは大した能力向上は期待できない……と思っていたのだが、あれ?結構速くなってる。


 「もしかして……」


 走りながら冒険者カードを懐から出す。ギルドで登録して目録カタログと同調させることで自分の能力やレベルが見られるのだ。


 「魔法使いウィザードのレベルが3も上がってる!?」


 いつの間に……もしかしてさっき棘魔竜スピナ・ドラゴンを倒した時か?だがあれを倒した魔法はあの少女が放ったはず。それなのにどうして僕のレベルが……


 「考えるのは後だ」


 これならある程度強力な魔法も使える。リネアさんの助けにもなれるだろう。それに今はとにかくリオンたちに追いつかなくては。


 ドオオン!


 また爆発音のようなものが轟き、森の木々を震わせる。草むらを掻き分け、リオンたちの後を追ってしばらくすると視界が開けた。


 「うわっ!」


 森を抜けた先は村の入り口だった。そこで飛び込んできた景色に僕は思わず声を上げる。


 「一角狼ユニコーン・ウルフ!?」


 僕の眼前にいたのは体調3mほどもある白い狼だった。その額には一本の長い角が生えている。棘魔竜スピナ・ドラゴンと同じくÅ級危険指定の魔獣、一角狼ユニコーン・ウルフだ。確かこいつは額の角を使って雷を操る能力を持っていると聞いたことがある。先ほどの轟音はそれか。


 「エリオット君、離れていたまえ!」


 剣を構えたリオンが僕の方を見やって叫ぶ。彼の周りを見ると荷車が二台倒れていて僕たちが運んでいた木箱が散乱している。リオンの分隊の騎士たちが数名、剣を構えて一角狼ユニコーン・ウルフと対峙しており、その中にはシュアリ―の姿もあった。


 「こいつもあの魔封鉱マギアオーレを狙ってきたのか」


 魔獣にとってよほど美味い餌とみえる。だがこの状況はまずい。リオンはモンスターの目撃例があってここに来たと言っていたが、このクラスの魔獣が出るとは想定していなかっただろう。見る限り彼らの装備はそれほど重厚なものではない。いくら精鋭ぞろいの王立騎士団ロイヤル・ナイツとはいえ、簡単に倒せる相手とは思えなかった。


 「魔法が使えるものは攻撃を。私が隙を見て斬りかかる」


 リオンが叫び、剣を構えたまま呪文スペルを詠唱する。剣の強度を上げる魔法だろう。部下数名が中級の攻撃魔法を唱え、一角狼ユニコーン・ウルフに向かって放つ。だが、それらの魔法は一角狼ユニコーン・ウルフに近づいたところで何かに弾かれるようにして消えてしまう。


 「体の周りに放電している」


 雷を操るだけでなく自分の周りに静電気のようなものを放電してバリアを形成しているのだ。僕の「鑑定ジャッジ」がそれを見抜いた。


 「遠距離攻撃は効きづらいようです!」


 僕が叫ぶと、リオンは軽くうなずき、一角狼ユニコーン・ウルフに向かって突進していく。魔獣はリオンの動きを察し、頭を彼の方に向ける。と、額の角が光るのが見えた。


 「避けて!」


 僕が叫ぶのと同時にリオンが大きく横へ跳ぶ。一瞬遅れて一筋の雷がたった今まで彼がいた場所に落ちた。轟音と眩い光が迸る。


 「はああっ!」


 さらにリオンの動きを追おうと一角狼ユニコーン・ウルフが首を巡らしたその時、背後から裂帛の気合を込めてシュアリ―が飛び上がり、剣を振り下ろした。リオンの動きは陽動だったのか。瞬時にそれに合わせる彼女も凄い。


 ガキッ!


 シュアリーの振り下ろした剣が一角狼ユニコーン・ウルフの体毛に当たった、と思った刹那、シュアリーの顔が歪み吹き飛ばされる。空中で回転し何とか地面に叩きつけられるのを防いだシュアリーだが腰が落ち、体勢が崩れた。静電気のバリアに弾かれたらしい。


 「ちっ!」


 シュアリーの方を向いた一角狼ユニコーン・ウルフの角が光る。体勢を崩しているシュアリーはすぐ動けそうにない。リオンが突進し気を引こうとするが、大きく横に跳んだことで少し距離が出来てしまっている。このままでは間に合わない。


 「ええい!」


 僕は咄嗟に筋力増強の呪文スペルを唱えた。レベルが上がった今なら使えるはずだ。腕力を強化し、腰に差していた短剣を引き抜くと思い切りシュアリーの頭上めがけて投げる。


 ガカッ!


 一角狼ユニコーン・ウルフが落とした雷が僕の投げた短剣に当たって閃光が弾ける。その間に距離を詰めたリオンが一角狼ユニコーン・ウルフに斬りつけた。


 ガアアッ!


 リオンの剣は弾かれることなく、一角狼ユニコーン・ウルフの尻の辺りを切り裂く。お飾りの隊長などと言っていたが、リオンはかなりの強さを有しているようだ。悲鳴を上げた一角狼ユニコーン・ウルフが怒りの形相でリオンを睨む。


 「爆炎破バースト・フレイム!!」


 騎士たちが攻撃魔法を放ち、リオンを襲おうとする一角狼ユニコーン・ウルフの動きをけん制する。僕も今のレベルで使える魔法を援護で放った。


 「隊長!遅れて申し訳ござらん!」


 その時村の方から一人の騎士が走りこんできた。銀色の鎧に身を包んだがっしりとした体格の初老の男だ。手には背丈と同じくらいの巨大な斧を持っている。


 「ガディム殿!」


 シュアリーが叫んで体勢を立て直す。魔法で足止めされた一角狼ユニコーン・ウルフは頭を振って咆哮を上げ、目に見えるほどの静電気を放電する。怒りに猛け狂っている様子だ。


 「一角狼ユニコーン・ウルフか。相手にとって不足なし!」


 ガディムと呼ばれた初老の男がにやりと笑い、魔獣に突っ込んでいく。無茶だ、と思った瞬間、角が光り、雷鳴が轟く。


 「くっ!」


 もう咄嗟に投げる物がない。と思ったその時、ガディムが手に握った何かを放り上げた。魔獣の落雷はさきほど僕が投げた短剣の時と同じようにそれに当たって弾ける。それが一枚の金貨であると分かったのは、全てが終わった後だった。


 「お前さんの雷は脅威じゃが、何かにぶつかれば効果は消える」


 ガディムがそう言ったのと同時にリオンが再び後ろから斬りつける。再び皮膚が裂かれ、鮮血が飛び散った。


 グアアアッ!!


 怒りに燃えリオンの方を振り向く一角狼ユニコーン・ウルフ。その間にガディムが斧を構え呪文スペルを詠唱した。


 「炎熱戦斧フレイム・アックス!!」


 斧の刃が赤い炎に包まれ、炎自体がさらに巨大な刃の形になる。ガディムは体勢を低くして地面を踏みしめると、魔獣の死角から斧を振り上げて跳ぶ。


 ガキキイィッ!


 巨大な炎の斧が一角狼ユニコーン・ウルフの角を中央辺りで斬り飛ばす。地獄から轟くような叫びを上げ悶絶する魔獣の体の周りにすさまじい電流が迸る。それは物理的な力を持つほどなのか、ガディムやリオンが弾き飛ばされた。


 「隊長!」


 シュアリーが慌ててリオンに駆け寄る。幸い二人とも大した怪我などはしていないようだ。


 「ちっ、これで落雷は防げるじゃろうが、ああバチバチされては迂闊に近よれんの」


 起き上がったガディムが立派な白い口ひげをさすりながら呟く。


 「やれやれ、騒がしいな。またこんな化けもんが来たのかよ。厄日だな、今日は」


 後ろからいきなり声がして僕は驚いて振り向いた。いつの間に来たのかリネアさんが頭をぼりぼりと掻きながらうんざりしたような顔で一角狼ユニコーン・ウルフを見ている。


 「リネアさん、無事でしたか。あの子は?」


 「幕舎でぐーぐー寝てるよ。この騒ぎでも目を覚まさねえとは結構大物だぜ、あのガキ」


 とりあえず村に被害はないようだ。僕はほっとして放電を続けながら咆哮を上げ続ける魔獣に視線を戻す。


 「さて、どうすっかな。エリート騎士の皆さんにお任せしたいところだが、飯と寝場所を提供されるとあっちゃ全く見て見ぬふりってわけにもいかねえか」


 「リネアさん、あなたなら多少の電撃には耐性がありますよね?」


 「ああ?そりゃ普通の奴よりは強いけどよ。さすがにあんなのを喰らったら動けねえぜ」


 「放電は弱めます。剣を出してください。強化魔法を付与します」


 「そりゃいいが、お前のレベルじゃそんな大した効果は……」


 「それが上がったんですよ、3つも。これなら前から使いたかった魔法が使えます」


 「マジか?何で急に?まあいいや、ほれ」


 リネアさんが愛用のロングソードを抜いて僕の方に向ける。僕は目録カタログをめくって目当ての魔法を詠唱した。


 「聖なる力よ、我らの正義を守る矛に加護を与えたまえ」


 ロングソードがぼうっとした光に包まれ、それが刀身を覆うような形になる。


 「へえ、持ってるだけで力が増したのが分かるぜ」


 「使用するレベルは高くありませんが魔力消費量が多いんです。その分効果は高いはずですよ」


 「お前向きってわけか」


 「すいません!ガディムさん、でしたっけ?」


 剣を構え一角狼ユニコーン・ウルフを睨むリネアさんを横目に僕は初老騎士に声を掛ける。

 

 「ん?何だ、坊主」


 「その斧、少しばかりお借りできませんか?」

 

 「何じゃと?これはお前さんみたいな子供に扱えるもんじゃないぞ」


 「お願いします」

 

 「何か考えがあるようじゃな。よかろう、ほれ」


 ガディムが僕の方に斧を差し出す。僕は礼を言ってそれを受け取った。ずしりとした重みを感じよろけそうになる。確かに持ち上げることも出来なさそうだ。だが……


 「コントロール」


 僕がそう唱えると、斧は手を離れ、すうっと宙に浮く。それを見たリオンが驚いたような顔でこちらを見た。


 「凄いな。先ほどから何回か魔法を使って、さらにリネアさんの剣に強化を施したっていうのに操作魔法を使えるのか」


 僕は魔法発掘者マギナ・マイナーとしてはいっぱしの腕を持っていると自負しているが、3つ上がった今でも魔法使いウィザードとしてのレベルは決して高くない。膂力りょりょくもなく、戦闘能力という点においては雑魚もいいところだ。だがそんな僕でも一つだけ他者にアドバンテージを付けられるものがある。それは――


 持って生まれた総魔力量の多さだ。


 「へ、凄えだろ。こいつは直接戦闘じゃてんで話にならねえが、こと魔力量の多さに関しちゃ、そんじょそこらの奴とは格が違うんだ」


 なぜかリネアさんが得意げに胸を張る。相変わらず素直に褒められているような気はしないが。


 「確かに大したもんじゃ。操作魔法は膨大な魔力を必要とする上にコントロールが難しい。この歳でこれだけのことをやってのけるとはの」


 ガディムも感心したような声を出す。だが褒められて喜んでいる場合じゃない。彼の言う通りこの操作魔法はコントロールがデリケートで、高い集中力を必要とする。


 「行け!」


 僕の声と共に浮き上がった斧は水平になり、一角狼ユニコーン・ウルフの方へ向かって飛んで行った。

 

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