第4話 発掘と登録

 「しかしフロストの弟が魔法発掘者マギナ・マイナーになっていたとはね。フロストは知ってるのかい?」


 「いえ、僕が魔法発掘者マギナ・マイナーになったのは兄が王立学院に入った後でしたので」


 森を抜けた先にある小さな村、ラナン村の王立騎士団ロイヤル・ナイツ駐屯所に連れてこられた僕はリオンの使っている部屋で彼と向かい合って座っていた。隣ではリネアさんが退屈そうに頬杖をついている。


 「もうかなり魔法を発掘マイニングしたのかい?」


 「ええ~、そうですね。レジストリーで登録されたものは八種類、だったかな」


 「そりゃ大したもんだ。その歳でその数は新記録じゃないのかな」


 「どうでしょう?目録カタログには発掘者マイナーの名前は記されてませんからね。もっと凄い人もいるんじゃないですか?」


 「いつまで無駄話してんだ?オレたちに聞きたいことがあるなら早くしてくれ」


 不機嫌そうなリネアさんの言葉に僕はひやひやする。仮にも相手は侯爵家の嫡子で王立騎士団ロイヤル・ナイツの分隊長だ。無礼討ちされても文句は言えない。


 「ああ、すまないね。まずは君に運搬を依頼したサンダースという男について訊かせてくれ。依頼を受けたのはスレックの酒場だったね?」


 「ああ。こいつは見ての通り未成年なんでな。一人で飲んでたところに声を掛けられたんだ。安酒一杯で長いこと粘ってたから、懐が寂しいと見抜かれたのかもな」


 「いきなり荷を運んでくれと頼まれたのかい?君は見るからに剣士だし、女性一人だったんだろう?荷物の運搬を依頼するには不似合いに思えるが」


 「最初は運搬の護衛を頼まれたんだよ。スレックからカルネリアまでな。この辺りの街道は危険も少ないって聞いてたから、美味しい仕事だと思って引き受けたのさ。ところが翌日約束の場所に行っても荷馬車があるだけで依頼主の姿がねえ。1時間も待ったころ伝言を頼まれたっていうガキがやってきた。急用で同行できなくなったからオレたちだけで荷を運んでくれって言われたらしい」


 「荷を置いたままにして依頼主が来なかった?随分不用心だね。荷馬車ごと盗まれる恐れもあったろうに」


 「ああ。今考えりゃ奇妙だよな。でもそん時は怒りの方が勝ってたからな。遅れて連絡してきたくせに届ける時間は変わらず守れってんだから。前金は貰っちまってたし、依頼を放り出すわけにもいかねえ。焦ったぜ」


 「それで森の中を通って時間を節約しようとしたわけか。で、そのサンダースというのはどんな男だった?」


 「どうって……中年の冴えない感じの男だったよ。痩せてて頬がこけてて、不健康そうなイメージだったな」


 「人相書きを作るから後で協力してくれ。で、森の中でいきなり棘魔竜スピナ・ドラゴンに襲われたわけか。あのクラスの魔獣がこの近辺に現れたことなど滅多にないはずなんだが」


 「こっちだって面食らったよ。魔獣どころかC級のモンスターもいないって聞いてたぜ」


 「ああ。我々もそういう認識だった。ところが最近、あれほどではないがそこそこ危険なモンスターが森の周辺で目撃され始めてね。それでこの村に臨時の駐屯所を置いたんだが……」


 「リオンさん、魔獣の中には魔封鉱マギアオーレ、正確にはそこに封じられた魔法を食べて魔力を蓄えるものがいると聞いたことがあります。もしかしたらあの棘魔竜スピナ・ドラゴンも……」


 僕の言葉にリオンが頷く。


 「考えられるね。サンダースという男がリネアさんに警護を頼んだのもその危険を承知していたから、とも考えられる」


 「冗談じゃねえぜ。オレたちだけで棘魔竜あんなもんを相手に出来るわけねえだろ。それならもっと装備の整った、それこそ王立騎士団あんたらみたいなのに頼んだはずだ」


 「不正に取り扱う品だから公的な機関には頼めなかった。もしくはあれほどの魔獣が出てくるとは思っていなかった。理由は色々考えられるけどね」


 「それでリオンさん、あの魔封鉱マギアオーレはどうなるんです?あの女の子も」


 「さて、そこが問題なんだが。エリオット君、魔法発掘者マギナ・マイナーとしての意見を聞かせてもらいたいんだが、あの大量の魔封鉱マギアオーレ、どう思う?」


 「はい。あれは……何と言えばいいか分からないんですが、自分が今まで見つけてきたものとはどこか違うような気がするんです。魔法が封じられているという点は同じですが、その……」


 「異質な感じがする、と?」


 「はい」

 

 「今まで知られている地域とは違う魔封鉱脈マギア・ヴェインから発掘された可能性は?」


 「大いにあると……思います」

 

 「未知の鉱脈から異質の魔封鉱マギアオーレ闇発掘師ダーク・ディガーによって発掘マイニングされているとしたら大変なことだな。我々の知らない魔法が闇で使用されているとしたら……」


 「ちょっと待ってくれよ。発掘マイニングした魔法はレジストリーで登録しなきゃ使えないんだろ?目録カタログに載って初めて誰でも使えるようになるんじゃないのか?」


 リネアさんがリオンの言葉を遮って言う。確かにその通りだ。遥か昔、一度この世界から消えた魔法は僕のような魔法発掘者マギナ・マイナー発掘マイニングした魔封鉱マギアオーレをレジストリーという場所に持っていき、職員がその魔法を審査した上でユグドラシルという巨大な樹に呪文スペルを刻み込むことで使用できるようになる。それで登録された魔法が目録カタログに載れば誰でもレベルに応じて詠唱が可能となるのだ。


 「ユグドラシルのある場所は極秘で、レジストリーの職員しか転移魔法で行くことは出来ない。こっそり呪文スペルを刻み込むなんてことはほぼ不可能です」


 「だが闇発掘師ダーク・ディガーの噂は以前からあった。公にはなっていないが、実は王国各地で起こった大規模な破壊工作で目録カタログにない攻撃魔法が使われたという証言もあるんだ」


 「何ですって?」


 「これは王国軍以外には知らされていないことだから、他言無用で頼むよ。君がフロストの弟で、今回の事件に関わっているから特別に話したんだ。リネアさんも口外は控えていただきたい」


 「話してから言うんじゃねえよ。まあべらべらしゃべったりはしねえから安心しな」


 「助かります。ユグドラシルに刻まれた魔法は全て目録カタログに掲載されるはずだね?」


 「はい。まだユグドラシルと魔法の顕在化の関係、目録カタログとの同調の理由などは明らかになっていませんが、ユグドラシルに刻まれた呪文スペルは必ず目録カタログに載ります」


 「ということは目録カタログに載っていない魔法が存在、使用されたなら、ユグドラシル以外に魔法を登録する術があるということになる」


 「そうですね。別の魔法大系がある、という可能性が出てきます」


 「それが秘密裏に、しかも犯罪を起こすような輩に使われているとしたら大事だな。王国を、いや世界を揺るがしかねない事態になる」


 「なあ、今思いついたんだけどよ。オレはまだ遭遇したことはないが、魔族ってのは魔法を得意にしてるんだろ?魔族の使う魔法が人間の使うそれと違ってるんじゃないのか?もし闇発掘師ダーク・ディガーが魔族と繋がってるとしたら……」


 リネアさんの言葉にリオンは首を振る。


 「確かに魔族が使う魔法は我々人間が使うものとは根本的に違う。しかし魔族が唱える呪文スペルは人間には発音できない。今まで幾たびかあった魔族との戦乱でそれはよく知られていることだ。闇発掘ダーク・ディガーが人間なら魔族の魔法は使えない」


 魔族は基本的に人間とは生活圏を異にする。王国や周辺の四大国家ではあまり遭遇することがなく、過去の魔族との戦いも人間側が彼らの生活圏に進出しようとしたために起こったのがほとんどだと聞いている。


 「レジストリーの管理はエルフ族がやってるんだったね。彼らがユグドラシルとは別の魔法登録手段を持っていて、闇発掘師ダーク・ディガーと通じている者がいる、という可能性はないかな?」


 リオンの言葉に僕は首をひねる。少し考え、その可能性は低いだろうと答えた。


 「何か所かのレジストリーでエルフと話した経験から言わせてもらえると、彼らは特定の人間に肩入れするようなことはないと思います」


 エルフは魔法に関しては人間よりも遥かに長じている。それでもこの世界から魔法が消えたことの影響は受けており、新たな魔法を発掘マイニングして登録することは彼らにとっても重要なことである。エルフの魔法発掘者マギナ・マイナーもいるくらいだ。


 「彼らは魔族の使う魔法も詠唱できますが、体質的にあまり合わないらしいです。魔法が増えることは彼らも望むことですし、わざわざユグドラシルとは別の登録方法を使うメリットがあるとは思えません」


 それに、と僕は心の中で続ける。彼らエルフは人間をどこか見下しているきらいがある。彼らにとって僕たち人間は魔法を発掘マイニングして増やしてくれる便利な道具くらいに思っているんじゃないかと思う。蜜を集めてくる蜂のようなものかもしれない。そんな彼らが別の登録方法を使ってまで一部の人間に協力するとは考えづらかった。


 「ならやはり独自の登録方法を持っているということか。何にせよ闇発掘師ダーク・ディガーの存在をはっきりさせないといけないな」


 顎に手を当て考え込むリオンを見ながら、僕は何か嫌な予感を覚えて嘆息した。何かとんでもない事態に巻き込まれているような気がする。


 「リオン隊長、よろしいですか?」

 

 ドアがノックされ、女性の声が聞こえる。リオンが返事をするとドアが開けられ、そこにシュアリーが立っていた。


 「先ほどの少女を隣の幕舎に運んでまいりました」 


 「ご苦労様。で、彼女はどんな様子だい?」


 「それなのですが……」


 シュアリ―は何故か眉をひそめ、困ったような顔をしてリオンを見つめた。

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