第3話 王立騎士団

 かつてこの世界には無数の魔法があった。


 現在この世界には知られている限りで四つの大国と十二の小国が存在しているが、その成立年代は一番古い国でも千年から千五百年程度だ。だがそれ以前にこの世界には文明があったことが分かっており、魔法はその時代に創られたと考えられている。


 だが今の世界が出来る前に何らかの理由で先史文明は一度滅び、魔法は封印された。それ以前のことを記した書物や資料はほとんど残されておらず、なぜ世界が滅んだのか、なぜ魔法が使えなくなったのかは未だ研究が進められているものの詳しい原因は分かっていない。


 それからしばらくの間、この世界の人間は魔法のない生活を送ってきた。原始的な生活から再出発し、いつしか国という共同体を建設するようになって今の世界の根幹が築かれていった。


 そんな中、大陸の一部で不思議な鉱石が発見された。それはかつてこの世界に存在した魔法が封印された鉱石だった。魔法を失ったとはいえこの世界の人々にはそれを使用する魔力が宿っており、鉱石に封じられた呪文スペルを読み解くことでもう一度魔法を使えるようになると思われた。




 「どういうこった?あのすげえ魔法はこのガキが放ったのか?」


 抉れた地面と僕の腕の中に倒れこんだ少女を交互に見やりながらリネアさんが尋ねる。少女は意識はないものの呼吸をしているのは確かで、ただ眠っているように見える。


 「え、ええ。おそらく。でも呪文スペルを詠唱したのは僕なんですけど」


 「はぁ?お前にあんな強力な攻撃魔法、使えるわけねえだろ」


 「はい。ですから何と言えばいいか……僕が詠唱した魔法をこの子が放った、としか」


 「詠唱と発動が別々の人間で行われるなんて話、聞いたことがねえぞ」


 「僕だってそうですよ。でも実際起こったことを見れば、そうとしか考えられませんし」


 「全く何がどうなってやがる。こんなところに棘魔竜スピナ・ドラゴンが現れたり、空中から女が出てきたり、挙句の果てに見たこともねえ攻撃魔法でその棘魔竜スピナ・ドラゴンを一撃で吹き飛ばしたり。大体この積み荷が魔封鉱マギアオーレってのはどういうわけだ?依頼主はそんなこと一言も言ってなかったぜ」


 「そりゃ言えないでしょう。わざわざ僕たちみたいなフリーの冒険者に運ばせたんです。僕は依頼主と直接会ってませんからね。僕が魔法発掘者マギナ・マイナーであることを知ってたとも思えませんし、届け先は商人でしょ?まともにレジストリーに持っていこうとしてたとは思えませんよ」


 「だからって結局はレジストリーに行かなきゃ何の役にも……おい、まさか」


 「ええ。噂に過ぎないと思ってましたけど実在するのかもしれませんよ」


 「闇発掘師ダーク・ディガーか。そうなるとこの体中呪文スペルだらけのガキも……」


 「ええ、関係あるのかもしれませんね。と、ところでリネアさん、何かこの子に羽織らせるものないですか?」


 なにせ僕の腕の中の少女は全裸のままだ。出来るだけ見ないようにはしているが、このままでは目のやり場に困る。


 「ふん、役得じゃねえか、エロガキが」


 「意地悪言ってないで何とかしてくださいよ」


 リネアさんはふん、と鼻を鳴らすと横転した荷台の幌を引きちぎり、少女に掛ける。いや、それ素手で引きちぎれるもんじゃないでしょ。リネアさんのギフトって握力増強とかじゃなかったよな。


 「しかしどうするか。この有り様じゃもうどうあがいたって時間にゃ間に合わねえし、第一これだけ破損しちゃ弁償もんだしな」


 「でもこの魔封鉱マギアオーレが不正に取り扱われてるものなら、逆に届けちゃまずいんじゃないですか?本当に闇発掘師ダーク・ディガーが関わってるなら別の意味で届け出た方が……」


 「魔法管理局か?あそこ、気に入らねえんだよなあ。いっそお前が発掘マイニングしたことにしてレジストリーに持ち込んだらどうだ?」


 「ダメですよ。どこで発掘マイニングしたかを報告しなきゃいけないんですから。これだけの数の魔封鉱マギアオーレを見つけたとなれば新しい魔法鉱脈マギア・ヴェインの可能性もありますし、探査が入りますから出鱈目は通用しないですよ」


 それにこの魔封鉱マギアオーレはどこか普通のものとは違う気がする。今まで自分が見つけてきたものとは根本的にどこかが……


 「どっちにしろこのままじゃまずいな。バラウは一頭逃げちまったし、荷台はもう使えねえだろう」


 横転した荷台の方に視線を向けてリネアさんが言う。四つある車輪のうち二つが外れかけており、どうやら軸も折れているようだ。くびきを外されたバラウのうち一頭は近くの藪に残っていたが、もう一頭は走り去ってしまっていた。


 「交代でバラウに乗って移動するにしても木箱の方は運べませんね」


 「おい!誰かいるのか!?」

 

 いきなり大きな声が聴こえ、僕たちは驚いて前方に目を向ける。抉れた地面の向こうからいくつもの騎馬の姿が近づいてくるのが見えた。全部で二十騎あまりか。武装した兵が騎乗しているのはネアバラウだ。僕たちが使っていたバラウよりも膂力、スピード共に上の優良種、馬で言えばサラブレッドといったところだ。


 「おい、ありゃ……」

 

 リネアさんが兵士たちを指差す。彼らの鎧の胸当てに王国の紋章が描かれているのが見えた。


 「王立騎士団ロイヤル・ナイツ……」


 王国軍のなかでも王家直属の精鋭騎士団。それが王立騎士団ロイヤル・ナイツだ。各地の貴族の嫡子は領主を座を継ぐ前にここに在任するのが通例となっている。


 「どうする?こっちにゃやましいところはねえが、この大量の魔封鉱マギアオーレを見られたら疑われるのは間違いなさそうだぞ」


 「僕が魔法発掘者マギア・マイナーだと言っても誤魔化しは効かないでしょうね。正直に話しましょう。リネアさんの言う通り僕たちにやましい点はないんですから」


 僕たちは少女を地面に寝かせると、両手を挙げて騎士団の方に近づいていった。先頭の騎士は白い立派なネアバラウに乗った若い男性だ。彼は僕たちを見つめながら抉れた地面の前で右手を挙げて背後の騎士たちを止める。


 「私は王立騎士団ロイヤル・ナイツ、第七騎士団のリオン・ザラネスである。君たちの氏名と素性を明かしていただきたい」


 リオンと名乗った男性が僕たちに問いかける。ザラネスという名には聞き覚えがある。確か王国の西に領地を持つ侯爵家だったはずだ。僕たちは穴を迂回して騎士団の前に立つと冒険者ギルドの登録証を出して氏名を名乗る。


 「ロシュワール?君はロシュワール子爵家の?」


 「はい、次男です」


 「フロストの弟か!思い出した。確かにエリオットと言っていたな」


 リオンが驚いたように言う。


 「兄をご存じなのですか?」


 「王立学院の同期生でね。懇意にさせてもらっていた」


 ということは兄と同じ18歳か。学院を卒業したばかりじゃないか。それで小規模ながらも王立騎士団ロイヤル・ナイツの隊を率いているとはさすがだな。


 「我々は第七騎士団の分隊の一つでね。近頃この森の周辺で魔物の目撃例があったので近くの村に駐屯しているんだ。先ほど魔力探知スキルに大きな魔物の反応があったので偵察に来たんだが」


 「隊長、あまりお話されては……」


 リオンの後ろにいる若い女性の騎士が僕たちを見つめ、というより睨みながら進言する。兜を被っているので見えづらいが、整った顔だちの女性だ。目つきは鋭いが。


 「これくらいは構わないよ、シュアリー君。彼らの身元はしっかりしている。特にエリオット君はロシュワール子爵のご子息だ。君なら鬼神ロシュワール卿のことはよく知っているだろう?」


 「はい。あの方は私が目標とする騎士のお一人ですので。ですがそれとこれとは話が別です」


 僕は思わず苦笑しかけた。父が今の言葉を聞いたらどうなるかを想像してしまったのだ。僕の知る父は子煩悩な優しい男なのだが、若い頃王立騎士団ロイヤル・ナイツにいた時はその荒々しい戦いぶりから鬼神と呼ばれ恐れられていたらしい。今ではその話を出されると決まって苦虫を噛み潰したような顔をするのだ。本人にとっては黒歴史らしい。


 「相変わらずだね。まあそのおかげで僕は助かってるんだけど。ああ、すまない。それで何があったのか話してもらえるかな?見たところ荷馬車が横転しているようだけど。それにこの穴は何かの攻撃魔法かな?」


 僕は深呼吸をして頭を整理し、ありのままを正直に話した。話を聞き終わったリオンは難しい顔をして考え込み、シュアリ―と呼ばれていた女性に目配せをする。シュアリーが頷いて手振りで指示を出すと、数人の騎士がネアバラウから降り、飛び散った木箱の方へ向かった。


 「その依頼主というのは?」


 リオンの質問にリネアさんが憮然とした顔で契約書を取り出して彼に手渡す。


 「サンダースとしか名乗らなかった。商人にしか見えなかったし、荷物も別段おかしなもんじゃなさそうだったから引き受けたんだ。路銀が底を尽きかけてて急ぎの仕事が欲しかったんでね」


 「それが開けてみたらびっくり。大量の魔封鉱マギアオーレだった、か」


 「俺たちが開けたんじゃねえけどな」


 ぶっきらぼうにリネアさんがいう。どうも彼女は公的な機関とか貴族とかが嫌いなようだ。


 「届け先はカルネリアの商人、イナビスか。前金で20ナーレ、無事に届けたらさらに50。悪くない報酬だね」


 「だろ?安宿なら二人で三日は泊まれる」


 「おい、口のきき方に気を付けろ。仮にもこの方は……」


 シュアリーがリネアさんを睨んで剣を向ける。


 「構わないよシュアリー君。僕は所詮お飾りの分隊長だ。それに民間の冒険者に権威を振りかざす趣味はない」


 「いえ、そのような。リオン隊長はご立派な……」


 苦笑するリオンをシュアリーが慌ててなだめる。


 「しかし困ったね。闇採掘師ダーク・ディガーなんてものが本当に存在するとしたら大事だよ。あっちで倒れてる少女のことも気になる。すまないが二人とも村の駐屯所まで同行してもらえるかな?もう少し詳しく話を聞きたい。ああ、それから誰かカルネリアに向かってくれ。今からじゃ六時には間に合わないかもしれないが、そのイナビスという商人に話を聞くんだ」


 シュアリーの後ろに控えた騎士が二名頷き、馬首を返して走り出す。よく統制されている部隊のようだ。


 「村から荷馬車を出して魔封鉱マギアオーレを運ぼう。あの少女には誰か付いていてくれ。一緒に村まで来てもらおう。指揮は任せていいかい?シュアリー君」


 「はっ!お任せください」


 美しい所作で素早く敬礼をし、シュアリーが答えた。

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