悪役令嬢はチート持ちになる
王城に用意されていた客人用の部屋で仮眠を取り、翌日も各々の仕事に没頭する。合間に私は薬草を取り寄せ、お父様とアンドレ用の薬湯と、パトリック用の薬湯を入れて皆の疲れを癒した。これだって私にできる数少ないことのひとつだ。
お父様とアンドレも、私たちが作成した交渉案を手にそれぞれ影を飛ばし、パトリックも魔法で通信を行える相手には直接プレゼンをしていった。
そして3日目の朝、この件に尽力する全員が国王陛下の下に集まった。これまでの経緯と現状を報告し、最後の詰めを行う許可を得る。
考えてみれば、直接国王陛下に会うのは初めてだ。ゲームで顔を見たことはあったけど、やっぱり本物はオーラがある。パトリックとよく似た美しい顔で、実年齢よりかなり若く見えた。
「パトリックはじめ、ウォーノック公爵家の面々もよくやってくれた。後は、アスター帝国の現皇帝を廃位させれば、すべて計画通りということだな」
「はい。これより、最後の計画に移ります」
「わかった。頼んだぞパトリック」
「はい。必ずや、よいご報告をさせていただきます」
私たちはお父様が黒魔法を使う部屋に移動した。お父様が影を飛ばし、協力者たちが一斉に行動に出るための手引きをする算段だ。
根回しは万全。交渉相手たちも全員が交渉案をのみ、契約魔法も交わしたから裏切ることもできないはず。きっと大丈夫、うまくいく。自分に言い聞かせながら、何度も深呼吸をする。握りしめた手のひらがじっとり汗ばむ。前世で経験したどれだけ大きな案件でも、こんなに緊張したことない。
「それでは、始めます」
魔法陣の中心に立ったお父様が目を閉じた。アンドレも援護するようにお父様の後ろに立ち、目を閉じる。近くに置かれた魔石にお父様が見ている光景が映し出された。
「アスター帝国の皇居だ。あの玉座に座っているのが皇帝」
耳元でパトリックが教えてくれる。アスター皇帝は髭のある眼光鋭い人物だった。歳は60歳くらいに見える。何かの会議なのか、臣下や貴族が集められているようだ。この中の半数以上が協力者になっているはずだ。
皇帝の臣下に姿を変えたお父様の影が、護衛の兵士たちが入れないように結界を張り合図を出すと、協力者たちが一気に皇帝に詰め寄った。しかし、その瞬間。
皇帝の背後にいた術者らしき人が手を振り、協力者たちが薙ぎ払われる。
「くっ!」
お父様が呻いて片膝を着いた。
「強力な術者がいる!アンドレ!」
お父様は再び立ち上がると両手を前に広げ、影を通じ黒魔法の攻撃を飛ばす。アンドレがお父様の横に駆け寄り、同じように攻撃を飛ばし始めた。
魔石に映し出されたアスター帝国の術者も、お父様たちの攻撃を受けてよろめいている。その間に協力者たちが皇帝を捕らえるのが見えた。お父様、アンドレ、頑張って!私は手を組んで祈る。祈るしかできない自分がもどかしくて、涙が出てくる。
攻撃の応酬をしていたアンドレが、アスターの術者の攻撃を受けて弾き飛ばされた。
「アンドレ!」
慌てて駆け寄って抱き起すと、アンドレが悔しそうに呻いた。
「だめだ、まだ僕じゃ力が足りない…」
パトリックがすっとアンドレの身体に手をかざす。
「動くな。肋骨が折れてる。回復魔法をかける」
回復魔法を施されたアンドレの顔から、苦悶の表情が消えた。
「殿下、すみません…」
「大丈夫だ。このまま横になっていろ」
スキャンも回復魔法も使えるなんて、沢渡部長は本当にすごい。それに比べて、私は…。悔しさに唇を噛みしめた。
お父様はまだ応戦中だ。相手の術者の攻撃が当たり、お父様がふらっと後ずさって、ごほっと口から血を吐いた。
「お父様!!」
嫌だ、待って。涙が溢れて止まらない。私、この人の娘になってまだほんの少しだけど、とっても大切に思ってる。どうしたらいい?どうしたら守れる?目の前で大切な家族の命が脅かされてるのに、どうして私は何もできないの!?
――身体の中で何かが弾けたような気がした。
「イライザ…?」
パトリックの声がくぐもって聞こえる。身体の芯が熱い。何かが湧き上がってくるような感覚。私は吸い寄せられるようにお父様の隣に立つと、すっと両手を前にかざした。
「もう、やめて」
身体の中から強大な力が放たれるのを感じて、私はそのまま気を失った。
「イライザ!イライザ!」
――パトリックが呼んでる。どうしてそんな悲痛な声で叫んでるの?
目を開けると、私を覗き込むパトリックの顔があった。その顔は青ざめて僅かに震えている。私はパトリックに抱えられていた。
「パトリック様…。どうしてそんな泣きそうな顔をしているの…?」
パトリックの頬に手を伸ばすと、その手にパトリックの手が重ねられた。
「よかった。イライザ、どこも痛いところはないか?苦しくないか?」
「私…どうして…?」
まだ頭がぼんやりしている。
「急に強力な黒魔法の攻撃を放って倒れたんだ。覚えてないのか?」
そうか、急に倒れたから、こんなに心配されてるんだ。でも、黒魔法を私が?素質がないんじゃなかったっけ…?
――そうだ、お父様は?
「パトリック様、お父様はご無事ですか!?」
はっとして周りを見ると、魔法陣の中心にお父様が座り込んでいた。私の視線に気づき、弱々しく微笑んで手を振ってくれる。傍らにはお父様を支えるアンドレ。よかった、みんな無事だ。
「ウォーノック公爵には回復魔法をかけたから、怪我は心配ない。体力はだいぶ消耗されているが…。計画も成功だ。イライザの一撃で相手の術者が気絶して、その間にウォーノック公爵の影が術者を拘束して力を封じた。皇帝も捕らえて投獄。アスター帝国は今、各地で反皇帝派が皇帝派を制圧して政権を握った状態にある。俺たちの筋書き通りだ」
それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。
「本当によかった…」
また体中の力が抜ける。なんだかもう、猛烈に眠くて、私はそのまま眠りに落ちた。
次に私が目を覚ましたのは、ふかふかのベッドの上だった。窓の外はもう暗く、月光が仄白く差し込んでいる。
この部屋は…?仮眠を取った客人用の部屋とも違うみたい。もっと広いし、部屋全体が豪華な感じ。ぼんやりと部屋を見回してふとベッドの横に目を向けると、パトリックが腕を組んで椅子に座り、眠っていた。月明かりに照らされた寝顔は、彫刻のように整っている。
もしかして、私を心配してずっとついててくれたのかな…。
「パトリック様…?」
小さい声で呼びかけると、パトリックがはっと目を覚ました。
「イライザ!起きたのか?」
「そんなところで寝てたら、風邪ひいちゃいますよ」
「よかった、人の心配ができるくらいには回復したみたいだな。――確かに寒い。ベッドに入れてくれ」
「は?ここに入るんですか?」
「そもそも、これ俺のベッドだから」
ここ、パトリックの部屋だったんだ!そりゃ広くて豪華なはずだ。慌てる私をものともせず、パトリックがベッドにもぐり込んできた。身体が冷たい。
「わ、すごい冷えてるじゃないですか!早く温まって!」
毛布でくるもうとすると、パトリックがぎゅっと私に抱きついてきた。
「こっちの方が温かい」
恥ずかしいけど、こんなに冷たい身体のパトリックを放っておけなくて、私は抱きついているパトリックの上から毛布を掛ける。
「イライザが目を覚ましてよかった。黒魔法をあんな出力で使ったから、体力を消耗しすぎて倒れたらしい。――無理させてごめん。ちゃんと守れなくてごめん」
冷えた背中をさすっていると、パトリックが小さな声で言った。きゅうっと胸が締めつけられる。
「私の方こそ…。心配かけてごめんなさい」
パトリックのさらさらの髪を撫でて、ぎゅっとその大きな身体を抱きしめた。きっとすごく心配してくれてたんだろうな。こんなに身体が冷たくなるほど、ずっとそばについててくれたんだ。
「計画、うまくいってよかったです。沢渡部長が考えた計画なら、当然ですけど」
冷たい身体を抱きしめたまま私が言うと、パトリックがふるふると力なく首を振った。
「でも、大城にすごく無理をさせた。ウォーノック公爵にも。相手に術者がいるのはわかってたのに、あんなに強力な術者だとは…」
「だって、そんな報告上がってなかったし、仕方ないですよ」
「どうやら、皇帝に危険が迫った時のみという条件と引き換えに、強大な力を発動するよう誓約させられた術者だったらしい。だからウォーノック公爵も事前に探知できなかったそうだ…」
「それじゃ、なおさら仕方ないじゃないですか。お父様ですら探知できてなかったんだから、自分を責めるのやめてください。みんな無事で、計画も成功。オールオッケーでしょう?」
私の言葉に、パトリックががばっと起き上がった。苦しそうに顔が歪んでいる。
「全然オッケーじゃねえよ!俺は、お前がアランに攫われた時、もう絶対に危険な目には合わせないって誓ったのに、またお前をこんな目に合わせたんだぞ!何がオッケーだって言うんだよ!」
私も起き上がり、パトリックをもう一度ぎゅっと抱きしめ直す。
「大城…?」
「沢渡部長は、ちゃんと回復魔法やスキャンも使いこなしてたじゃないですか。私は、アンドレやお父様が傷ついているのに、見ていることしかできなかった。自分が何もできないことが本当に不甲斐なくて、悔しくてたまりませんでした」
「それは…。俺は黒魔法が使えないから、影を飛ばして戦ってくれる2人をサポートすることしかできなかったし…。それならせめて回復魔法くらいは習得しておかなければと…」
「そうやって沢渡部長は、ちゃんと自分にできるベストを尽くしたじゃないですか。計画だって完璧で、ちゃんと皇帝を捕えて、廃位できる方向に進んでる。あのアスター帝国の皇帝をですよ?ゲームの中でだって、そんな流れにはなってなかった。こんなことできるの、沢渡部長以外にいないです」
「でも、ウォーノック公爵を危険に晒した。あの時、大城が黒魔法を使ってなかったら…」
「私が黒魔法を使っていなかったら、きっと沢渡部長がお父様に回復魔法をかけてたでしょ?たまたま、何故か私が先に黒魔法を使えたってだけです。それに、私が倒れたのは黒魔法で体力を消耗しただけで、怪我もしてないですし。眠ったらすっかり回復しましたよ」
パトリックを抱きしめる腕に力を込める。だから、沢渡部長が責任を感じる必要なんて全然ないんだから。
「――悪い。俺、お前が絡むとダメだな。自分がこんなに情けない奴だなんて思わなかった」
自嘲するようにパトリックが笑う。沢渡部長の笑顔なんてほとんど見たことなかったはずなのに、そのパトリックの表情がどうにも沢渡部長らしく感じる。もう私は、あんなに推していたパトリックのキラキラした表情よりも、沢渡部長らしいパトリックの表情の方がたまらなく好きなんだな、と変なタイミングで実感した。
「まあ、弱いとこ見せてもらえるのも、実はちょっと嬉しいですけどね。同じ人間なんだなって思えて」
「お前、俺をなんだと思ってるんだよ」
「え?サイボーグとか?鉄面皮の」
私が笑うと、パトリックも笑った。それから私をぎゅっと抱きしめる。
「また情けないとこ見せたな。でも、きっとこれから先、いっぱいこんな俺を見せちゃうのかもな。それはできる限り回避したいけど、正直全部回避できる自信はない。それでも、俺は絶対にお前を守りたいし、ずっと一緒にいたい。こんな俺でもいいか?」
ああ、私、この人が本当に好きだ。
「そんな沢渡部長のパトリックがいいです。何が起きても、また一緒に乗り越えましょう。私にだけは、弱さも情けないとこも、隠さないで見せてほしいです」
「それでもできる限り、格好つけさせてもらうけどな」
「もう十分過ぎるくらいカッコいいですよ、私の婚約者様は」
笑顔で見つめ合う。それから長く甘いキスをして、私たちは抱き合って眠った。
アスター帝国の皇帝は廃位のうえ辺境に幽閉され、新たに反武力派の皇族が帝位に就いた。平和路線への舵が切られ、属国とされていた国々の独立に向けての動きも進んでいるらしい。まだまだ皇帝派だった貴族たちからの反発もあるだろうけれど、それは少しずつ解決していくしかないだろう。皇女のパトリックへの輿入れの話もなくなり、とりあえず目的は果たせた。
「アスターの皇女、実は反武力派の貴族に思い合ってた奴がいたらしい。彼女にとっても、この結婚がなくなったことは喜ばしかったようだ」
アスター帝国の新皇帝からの話を、パトリックが教えてくれた。皇族とか王族って、きっと前世の私たちみたいに自由に結婚することは難しいんだろうけど、それぞれみんなが少しでも幸せな結婚ができるといいと思う。
私はといえば、あの時突然黒魔法を使えたことがかなり稀有な事例だったみたいで、魔法学者の人たちから、お父様やアンドレも巻き込んで色々事情を聞かれた。何故使えたかは未だにわからないけど、やっぱり遺伝的要素が大きいのだろうとのことだ。ほんの僅かな素質の欠片が、危機的状況に反応したのかもしれない、というのが今のところの学者さんたちの見解らしい。あの時の力は凄まじかったみたいなんだけど、その後は全然で、アンドレと一緒に修業を受けることになった。結局、火事場の馬鹿力的なものだったのかなー、って思ってる。
「黒魔法が使える王妃とか、すごいじゃん。イライザもチート持ちになるとはな」
王城から帰る馬車の中、パトリックが笑った。気を利かせたつもりか、お父様とアンドレは別の馬車に乗っている。王家の広い空間を持つ馬車なのに、パトリックは当然のように私の隣に座っていた。
「黒魔法を使えるっていっても、あれ以降はまったくですよ。アンドレにおいてかれそうです」
「でも、大城ならちゃんと頑張るんだろ?」
「それは…ハイスぺなパトリック様に相応しい婚約者になりたいですし?まあ、黒魔法を極めたところで、使い手だって公表できませんけど」
「今のままでも十分認められてるよ。あの時大城がまとめた書類見て、臣下たちが青ざめてたからな。自分たちより王子の婚約者の方が仕事ができるんじゃ、首が飛ぶかもって」
「それは過大評価では?そもそも、沢渡部長の指導の賜物ですから」
「厳しすぎな上司で文句言われてたけどな」
「だって、毎日のように残業してましたし…。ブラック企業が聞いて呆れるほど真っ黒だったと思いますよ…。そりゃ文句のひとつやふたつ、出るでしょうよ…」
「だな。無理させてたって反省してる」
「わ、沢渡部長の口から反省なんて言葉が聞けるとは」
「失礼な奴だな」
軽口を叩き合って笑い合う。頑張ってよかったな。一緒に乗り越えられて、よかったな。
私たちの婚約披露パーティーも、無事約3か月後と日程が決まった。準備やら何やらで、さすがにパトリックが最初に言ってた1か月後は無理があったみたい。そりゃそうだよね、王太子に限りなく近い第一王子の婚約披露なんだから。パーティーの詳細はこれから決めてかなくちゃいけないから、まだまだ忙しい日々が続きそうだ。
「そういえば、私まだ王妃様にはお会いしてませんよね?どんな方なんですか?」
「ああ、王妃様ね…」
パトリックが複雑そうな顔をする。え、もしかしてまた試練?私が青ざめると、パトリックが噴き出した。
「感情が顔に出過ぎ。王子の婚約者の公爵令嬢のくせに」
「普段はもっとちゃんとしてます!パトリック様の前だけですから!」
むっとして私が言うと、くすくす笑いながら、パトリックが頷いた。
「知ってる。からかっただけ。感情豊かな顔してると、大城感が増すから、つい」
「つい、じゃないですよ!めちゃくちゃ不安になったじゃないですか!で、結局どうなんですか、王妃様」
「大丈夫。普通にこの婚約にも賛成してるし、悪役キャラとかじゃ全然ないから」
それを聞いてほっとする。さすがに次から次へと試練が続くのは、一旦勘弁してほしい。これからも楽な道じゃないのはわかってるだけに。王妃教育ってやつも始まるみたいだし。
「悪い。意地悪し過ぎた。許して」
パトリックがそう言って私の瞳を覗き込み、頭をポンポンした。そうやって私を照れさせて誤魔化す気だな。そうはさせないぞ、とばかりにじろりと睨みつけると、さっと唇を塞がれた。
「だから、そういうゲームのイライザが見せなかった表情されると、ああ、この顔大城らしくてそそる、って抑えが効かなくなるんだよ」
耳元で囁くパトリックの声が、沢渡部長の声と重なって聞こえる気がした。そう思ったらもう、流されてしまうしかなくなる。もう一度降ってきたパトリックのキスに、私は目を閉じて応えた。
私がパトリックを通して沢渡部長を感じているのと同じように、沢渡部長もイライザを通して私を感じてくれていることが嬉しい。前世であのまま仕事漬けの毎日だったら、絶対に得られなかっただろう幸せな感情。
「私、沢渡部長と一緒にこの世界に転生して、よかったって思ってます。不安なことや大変なことがあっても、沢渡部長となら大丈夫って思えるんです。転生前は、こんな気持ち知りませんでした」
「俺も同じ。転生をきっかけに、やっと大城に気持ちを伝えて、大城からも気持ちを返してもらえた。今なら何があっても絶対に2人で乗り越えられるって感じてる」
「これからも、2人で頑張りましょうね。必要ならいつでも残業しますから」
「指導はこれまで通り、厳しくいかせてもらうからな」
「望むところです。社畜魂、舐めないでくださいよ」
目を合わせて笑う。私たちは手を握り、身体を寄せ合った。
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