常夜灯
もうそろそろ妹と住み始めて二年半が経つ。あの時はまだ中学生だった妹はもう高校三年生になっている。他のクラスメイトとは少し歳の差があるので、今思うとそれもコンプレックスのひとつなのでは無いかと思う。たかだか数ヶ月の差である。
ここ最近一緒に寝る事が増えた。もちろん今までも寝る事はあったが、それは妹がトイレに立って自分の部屋に戻るのが面倒になった時くらいだった。別に嫌な事は全く無いが、出来るなら私の上で寝るのはやめて欲しい。小柄とはいえ苦しいのだよ。
増えたというよりもうほぼ毎日だ。
夜も冷え込む時期になってきたから暖かく眠れる事はいい事だ。いかんせん寒がりなので。
あの日以来、妹のスキンシップが増えたと思う。食事時は隣に、料理中は背を合わせるような感じに、出かける時は腕を組み、入浴も一緒だったり、寝る時は太もも辺りを触ったり、以前ならしない事が増えてきた。
嫌かと言われればそんな事は無いし、むしろ甘えてきて可愛いとは思う。が、度が過ぎる事もあるから節度を守って欲しい。
限度を超すような事があれば、それはそれで対応をしなくてはならない。
思いの丈を聞いているから、私はしっかりと対応したいのだ。簡単に嫌いになれる相手じゃないから、ちゃんと答えを出したい。
何を、どう答えればいいのか分からない。まだ整理はついていない。
カタカタとキーボードを打ちながらそんな事をぼんやりと考えていた。
「寝ないの?」
ベッドでは既に寝る体勢をとっているアーニャが、私を呼ぶ。
「今行くよ」
作業を保存してパソコンを消す。
アーニャの部屋のベッドより少し大きい私のベッドに二人は丁度いいサイズだ。しかし未だにラブホで横になったベッドが忘れられない。
それと同時に店長の思いの丈も思い出す。
「早く早く〜」
「消すよ電気」
常夜灯の明かりはあまり好きじゃない。完全に消すか月明かりで寝るのが好きだから。
敷布団と毛布に挟まれて横になる。私とアーニャで一枚づつ使っている。わざわざ自分の部屋から持ってきたという。
「いい匂い、落ち着くなぁ……」
「シャワー浴びたの昼間だからもうそんなにだと思うけど」
「違うの。その、なんて言ったらいいんだろう、これまでの溜まった匂い?」
「なんかヤなんだけど……」
滅多に毛布も布団も洗わないから、いろいろとアウトな気もしなくない。シーツとかはちゃんと洗っているが。
「今日も学校で
学校の話を聞くのはとても嬉しいが、ほとんど愚痴みたいな感じで話してくるので聞き流している。妹の良い所も悪い所もまあまあ出ている。いやまあ惚気話しとかなんだかんだ聞かされれば愚痴りたくなるのも分かるが。
「お姉ちゃんは無かったの? そういうの」
「そもそも友達があまりいなかったからなぁ、いても変な奴だったし」
「あ、あー……」
雛しか私は友達がいない、記憶に無いだけで他にもいたような気がしなくもないが、頭に残っていないからノーカウントだ。当時は母親一筋だったから。
「でもひな姉は友達多そうに見えるよ」
「あの子はそれなりにいたよ。でも私と関わってる時間が長かったと思う。なんだかんだ小学校くらいからの付き合いだし」
昔を思い出すのは難しい。所々抜けている部分がある。忘れっぽいのだ、個々のイベント事ですら曖昧になっている。
「好きな人とかいなかったの?」
「恋愛に興味無かったっていうか、私にはまだ早いかなーって」
「お姉ちゃんじゃなくてひな姉」
「あー」
無い頭をひねって過去の会話を思い出す。覚えている範囲では雛からそういった話は聞いた覚えがない。
「無い……かも」
「そっか」
安心したのか、そうじゃないのか。聞けて安心したという感じの呼吸をした。
「アーニャは?」
「お姉ちゃん」
「それ以外で」
「無いよ」
考える事も無く即答。
仮に私がクラスメイトならアーニャを好きになってもおかしくは無いが、多分話しかけることは出来ないだろう。
過去に人を好きになった事はほとんど無い。恋愛はまだ早いとそう思っていた時期があるのは確かだし、何より、私は人を好きになれなかった。友人としては好きだけど、恋人とかそういうのになりたいのかとか思った事がない。
ラブよりライクが私の中で最優先だった。
「改めて言うけど、私はお姉ちゃんが好き。姉妹だからとか、もうどうでもいいって思ってる」
「どう答えたらいいか分かんないよ、お姉ちゃん」
好きでいてくれるのは嬉しい。
好かれるのは嫌な感じはしない。言われたら言われたで気分は良くなる。
私は人を愛せるのか?
誰かの助けが無いと人を愛すことが出来ないと思っている。人は一人では生きられないから。
とはいえ迫られたらそれはそれでドキドキはする。しっかりと自分は人の心があるんだなぁって思えるから。
「でもお姉ちゃん、私とのキス嫌がらないからてっきり」
「妹だからって割り切ってる、のかな。可愛い妹だからって、そう思ってるのかもしれないね」
「で、でも……」
それからの言葉は出てこなかった。言い淀んでいるのか、それとも言葉を選んでいるのか。別に家族なんだから選ぶ必要は無いと思う。
自分がどう思っているのかというより、どう思われているのかを気にしているのだろうか。
「じゃ、じゃあ聞かせて欲しいの、お姉ちゃん。お姉ちゃんは私の事好き?」
「好きだよ。もちろん」
「その好きはどういう好きなの?」
この間私がした質問を返される。
「家族……として」
「……そう、だよね」
どう考えてもその答えしか私は出せない。
「どうしてもそれしか私は言えない」
「いいの、気にしないで」
「そんな悲しい顔しないでよ……」
「ううん、私が考えすぎだったんだよ。可愛がってくれるしきっと好きだからやってくれてるんだなって勝手に思ってたのは私だから」
私が悪い。
そうやって思うのに時間はいらない。大人になれない私はそう強がるしかない。
「内緒」
強がるなら、もっと強がってみる。私は誰も不幸にしたくない。私がなっても、他人は出来ない。
「内緒なら、その、好きになる努力……する……」
「え?」
「まだちゃんとじゃないけど、アーニャの事好きに……なるから……」
ああ。
きっと悪い方向に行っただろう。
「家族じゃなくて?」
「うん、お姉ちゃんじゃなくて、こ、恋人に。なる努力するよ」
悲しませたくない。だから私はお姉ちゃんを辞めるしかない。
甘やかすし。
血だって与える。
「ちゃんと愛せるかは、分からない」
体を寄せて、私の毛布へと入ってくる。私一人じゃ大きすぎる毛布は妹が入ってくるには丁度いい大きさだった。
「それでもいい、お姉ちゃんの恋人になれるなら」
常夜灯がゆっくりと消える。
「電球切れちゃったね」
示し合わせたかの様に月明かりは二人を照らす。
「明日買いに行こうか」
「学校の帰りに買ってくるよ」
銀色の髪はキラキラと月明かりを反射している。眩しくない、優しい光だ。
「えへへ、なんか恥ずかしいな」
「何を今更言ってるの」
偽りの愛を私は与えなくてはならない。いつかきっとアーニャを、妹を傷つける。私なんかよりいい人はいる。だけど彼女は私しか見えていない。いつか現実を見る時が来るはずだから。
私は人を愛せない。同時に大人にもなれない。自分自身でいっぱいいっぱいだから。
「お姉ちゃん。キスして?」
「キス魔だなぁ本当」
アーニャの髪かきあげ、小さい唇にキスをする。偽りの愛がそこにあった。
こうして私たちの内緒の交際は始まる。妹を、自分を偽る交際が。
常夜灯は静かに交換されるのを待っている。
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