その人形は恋をした。
私のクソダサエメラルドグリーンのジャージがお気に入りの妹はそこにはいなかった。代わりに銀色の綺麗な髪をしたゴスロリの服(合ってるかな)がとても似合う、私の好きなお人形さんがソファの妹がお気に入りの角に座っていた。
「どう……かな?」
あまりにも可愛すぎて言葉を失う。
「ど、どうって?」
あまりにも的外れ。女心が分からない。
「似合ってるかって……」
「あ、ああ。うん。とても……可愛い」
心の底から言えていない気がする。人って感動した時本当に言葉を失う。喋れているから失ってないかもしれないが。
「あ、え、あ、ありがとう」
気にしてないみたいだった。
にしてもこの子が自分で服を買いに行くとは考えにくいし、今朝は変な友人が家に来ていたからもしかしてとも思った。
妹は雛に苦手意識を持っているから着いて行くとは考えにくいが、気が変わったのだろう。
「ひ、ひな姉が買ってくれた……勝手に……」
「自分で選んだ訳じゃないのね」
確かに妹の趣味では無さそうだ、雛の好みといえばそうだが、本人は着ない。
帰ってきてからそう時間は経っていないが、なんだか気まずい空気が流れている。どんよりとしている気がする。
なんとか空気を変えようと思ってキッチンへ行く。コーヒーでも入れよう。今朝はケトルに水は入ってなかった。電源を入れ、お互いのマグカップを出す。あまり気にしてなかったが、色違いのお揃いだった。
一呼吸ついて冷蔵庫にもたれかかる。短かった一日だが、とても濃密だった気がする。私はまだあの人に返事を返していない。返してないは嘘かもしれないが、ちゃんと返していない。
私の好きな人って誰なんだろう。
カチッとケトルの電源が落ち、お湯が沸いた事を知らせる。私もこんな簡単に切り替わりができる人間なのだろうか。
学生の頃、それこそ高校生の頃なら何も考えないで誰かれに好きだって言えたのだろうか。そもそも関わっている人間が少なすぎたから、多分今こうして悩んでいるのもバカバカしい。
私の考えを変えるきっかけはきっと、新しい家族との出会いだろう。
「あっつ……」
別に意識が向いていて、手に熱湯が少しかかった。火傷の心配は無いだろうけど、水道で冷やす。
一体何を考えているんだ。
「しゃっきりしないと」
今回は私も砂糖を使いたい気分だったので、入っているケースをそのまま一緒に持っていった。
「コーヒーいれて来たよ」
「あ、ありがとう……ございます」
雰囲気を変えようと思ったがそれほど変わらない。両手でマグカップを持つ妹は小動物味がある。例えるならリスみたいな。
銀色のリス。
物理攻撃が通りにくそう。
「自分では選ばなかったの?」
なんとなく聞いてみた、この空気が少し嫌だったから。
「興味無いから、適当に選んでもらったやつから選んだ。厳選?した」
その中でも最良の、自分がいいと思ったものを選んだのだろう。
「出来るならお姉ちゃんに選んで貰いたかったけど」
「仕事だったから」
立ち上がったかと思えば私の隣に座る。
「どうしたの?」
「今はなんか、その、隣にいたい」
「急にどうしたの、いつもそんなに甘えてこないでしょ」
肩に頭を乗せて楽な体勢を取る。冷蔵庫にもたれていた私もこんな感じだったのかもしれない。
「別の人の匂いがする」
「…………ああ、うん」
特段鼻がいい訳でもなかったはず。
到底妹から出せる力じゃないような、そんな力で押し倒された。今日何回上に乗られるんだろう。
「誰?」
こんな表情も出来るんだなぁって思った。
あまりにも視線が鋭くて目をそらす。
「……それは」
人形みたいに淡々と、決まったプログラムをされているような、そう思うくらいに妹から出てくる言葉は止まらない。正直何を言われたか覚えていない。
上半身を起き上がらせる。力強かった人形は呆気なく私の力に負けた。
「何か言われたの?」
膝の上に座らせるような形で妹を抱きしめる。
暖かいけど、どこか冷たい。
「お姉ちゃんが、ううん。なんでもない」
抱きしめた体は少し震えているように思えた。もしかしたら私かもしれない。
妹から返ってくる言葉を私は待っている。
「こうやってお姉ちゃんにギュってされるの好きなんだ……。この前の夜も私が発作出た時も優しく抱きしめてくれたの嬉しかったんだ」
今この家には私たちしかいない。だから別の人がやる術なんか無い。私が妹を満たしてあげるしかない。
「だからお姉ちゃんを誰かに取られるのが嫌なの」
「でも私たち家族だから」
「家族だから好きになっちゃいけないの?」
家族、というには過ごした時間は短い。
もちろん彼女が私を好いていてくれるのはとても嬉しい。だが別に私に好意を寄せている人物がいるのも確かだ。しかし、まだ交際しているという事実がある以上私はあの人に答えは返せない。
「私はまだ誰かに取られるなんて事は無いし、それにまだアーニャには時間があるから。別にいい人だって――」
「お姉ちゃんじゃなきゃヤダ!」
どうしてこんなにわがままなんだろう。高校生といってもまだまだ子供って訳だ。
適当に理由を付けて。
適当に話を聞いて。
適当に答えて。
どっちが子供なんだろうか。
十八にもまだなっていてない子供になんで。
なんで。
「アーニャは大人だね」
「え?」
「ちゃんと好き嫌いはっきり出来てるし、言いたい事もちゃんと言える。お姉ちゃんまだそんな事出来ないよ」
でも今の生活はアーニャがいるからこそ出来ているだろう。少しわがままな方が可愛いだろうし。
「私の事好きでいてくれる人には冷たい対応するし、友達だって傷つける。まだまだ大人にはなれないんだよ」
「そんな、そんな事」
「気遣いも出来る子はいい大人だよ」
胸に頭を擦るように首を横に振り否定する。
暖かい体温は冷たい私を暖める。
「これから先まだまだお姉ちゃんの事困らせると思うよ」
「それはまだ子供だからしょうがない」
「さっきは大人って言ったのに」
いつもの妹に戻ったのか、プクーっと頬を膨らませる。
いれたコーヒーの湯気はとっくに無くなっていた。
背を私の方に向け座り直す。背中から抱かれると安心するらしい。
「お姉ちゃんの事好きな人誰なの?」
「うん? あー」
濁そうか迷うが別に必要ないだろう。そう思って口にしようとするがそれでも言葉を選ぶ。まさかラブホに連れ込まれた相手に好かれているなんて口が裂けても言えないから、その部分は選ばねば。
「店長……なんだけど……」
「店長って? お店の?」
「まあ、そう」
「いつそんな事言われたの」
「この前遅くなった時の……車で……」
嘘は吐いてない。吐いてないけど、実際は少し前の事だ。
「そっか、まあ私の方がお姉ちゃん好きだから」
フンスと無い胸を張り、自慢げに鼻を高くする。
「一応聞いておくけど、その好きはどういう好きなの」
「好きな人の好き」
「あー、そっかー……」
概ね予想はしていたけど、本当に言われるとは思ってなかった。
好き。
好き?
隙。
好きになると言う事はまだ私には分からない。それは隙を見せるという事になるのでは無いかと思う。が、本人がそれでいいならそれでいいのかもしれない。
本気で人を好きになった事が無いので分からない。
「キスしたいくらい?」
冗談で聞いてみる。そうじゃ無かったらそういう事じゃないと私も理解出来る。
じゃあ、前回のキスはなんだったのかという事になる。でもそれを知っているのは妹だけ。
「うん」
「そっかー」
「していい?」
「…………いいよ」
「前回は私からしたから、お姉ちゃんからして欲しいな」
「ええっ」
私を見上げる形で目をつぶっている。いわゆるキス待ちというやつか。どうやってやればいいか分からない。ただ唇を重ねるだけなのだろうが。
一呼吸置き、決心する。人にするのがこんなに緊張するなんて思わなかったから。少し位置が悪かったので顎を少し上げる。
重ねた唇は少し甘い、そんな感じの後味がした。
と、思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます