人形あそび その三

 案外普通なのは廊下だけで、内装はドが付くくらい派手だった。言葉では表わせないくらい広いし、ベッドは大きい。余裕で四人くらい寝られそうだ。

「適当にくつろいでて、シャワー浴びてくるから」

 この部屋のシャワールームはすりガラスで仕切られてる。モザイクが掛かっている様に見えなくもないがほぼ見える。

「一緒に入る?」

「結構です……はい」

 そのまま私の目の前で着ている物を脱ぎ、シャワールームへ行った。

 あらわになった御山、それはそれは見た事の無い物だった。

「………………すげぇ」

 多分私と妹が二人づついても足りないだろう。

 ソファに腰掛け、出てくるのを待つ。菓子盆みたいなのが置いてあったので探ってみる。

「なんだこれ」

 正方形の、中心が丸くなってる物。食べる物では無さそうなので元に戻す。

 しかし、こう言ったホテルはどういった人物が使うのだろうか。今まで生きてきた中では普通のホテルしかなかったから、全く想像ができない。

 まあでも、普通に使うわけじゃないのは理解出来ている。休憩の項目がある訳だし。

「休憩というか、逆に疲れそうな物な気がするけど……なぁ」

 経験も何も無く、一人でだけだったから想像だに出来ないが。

 ふぅ、と呼吸をひとつして、上着を脱ぐ。薄手のパーカーとはいえ少し暑い。目の前にはあまりにも大きすぎるベッド。とても寝転んでみたい欲求がある。どれだけ寝返りを打っても落ちないのだろうし。

 それに、一人で寝るなら十分すぎるから。欲求には逆らえなかった。

「うぉ……やーらけー……」

 割と自分のベッドも柔らかい自信はあったが、流石に宿泊施設(なのだろうか)には敵わない。

 少し目をつぶる。

 シャワールームの扉が開いたような気がするが、気のせいだろう。

「ふぅ、スッキリした」

 シャワーを浴びてホカホカになった店長が出てきていた。気のせいであって欲しかった。

「あなたもお疲れね」

「まあ朝からバタバタしてましたし」

「急に呼びつけてごめんね」

「ホントですよ」

 冷蔵庫を開けミネラルウォーターを飲んでいる。一糸まとわぬ姿で少し不安になる。

「風邪引きますよ?」

「どうせ一人だもの、死んでも誰も悲しまないわよ」

「そういう事じゃなくて、服を着てくれって言ってんですよ」

「じゃあそうね」

 寝転がっている私の上に被さる様にベッドの上へ来た。濡れた髪が首筋に当たり、違和感がとてもある。

「暖めてくれる?」

「お断りです。そんなに尻軽なつもりじゃ無いので」

 綺麗で整った顔は私の好みではある。ほぼ終わっている様な物だが、恋人がいる人と何かするつもりは毛頭ない。反面、心臓はドクドクと鳴っている。気づかれないで欲しいものだ、隠すように涼しい顔をして、対応しているが多分バレている。

「あと、何もしないって約束なんじゃないですか」

「どうせ誰も来やしないわよ」

「そういう問題じゃなくて……」

 彼女の手が私の胸へと来る。

「私、あなたが好きなの。ずっと、最初見た時から」

 思いの丈を伝えられる、きっと心臓の振動はもうバレた。

「彼女は、どうすんですか」

「もう気にすらされてないわ」

「でも私は――」

 出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。先端を捉えた指先は冷たく、体が反応する。

「君の事が好きな子は、私より君が好きなの?」

「……ん……そ、それは分からないけど……」

「なら良いでしょ?」

 私はどうしたらいいんだろう。

 このまま無言を貫き通してもいいが、肯定と捉えられると思う。

 今まで見た事のない情熱的な目はじっと私を見つめてくる。シャワーを浴びて火照った体はもう既に冷めている。人形に触られているような感覚がまだ周りを弄っている。

「ごめんね」

 謝られる理由が無い。あったとしても私は受け入れてしまうかもしれないから。

 最初から連れてこられた私の負けなのだから。

 顔をゆっくりと落としてきて、段々とお互いの息が掛かるくらいまで、そして――。

 電話の着信が鳴る。ハッとなったのかお互い離れる。店長はそのままベッドに大の字になっていた。

『お姉ちゃんどこにいるの?』

 妹だった。声を聞いて少し安心を覚えた。

「あ、あー。ちょっとまだ仕事が長引いて……」

『うーん、分かった。早く帰ってきてね』

「なるべく早く帰るね」

 そのまま電話は切れた。

「あのー」

「送ってくわ。ごめんなさい、こんなつもりじゃ無かったのに」

「……はい」

 私はこの人の顔を見れなかった。別に誰が悪い訳でも無かったけど、それでも私は、いやよそう、誰も悪くない。そう言い聞かせて自分を納得させた。

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