今日の月が綺麗だから
朝に弱いという事実はあるが、夜に子供だけで出かけさせるというのがまだ不安でしかない。厳しくするつもりもないが、妹の身に何かあったらどうすることも出来ない。
昨日買い物を済ませている(してあった)ので特に出かける予定もない。家でゆっくりとしていようかと思ったが、何だか出かけるという話を聞いてからソワソワしてならない。
かといってあんな事を言ってしまった以上一人で出かける訳にもいかない。
「どこか出かけようか?」
昼食を作った代わりに皿洗いをしているアーニャに声をかける。手を止め何かを考えている。
「欲しい本も服も無いし、見たい映画もないしなぁ……」
「パソコン欲しいって言ってたから電気屋でもいいし」
「買ってくれるの?」
「それは値段と相談」
私ですら高いのは持っていない、というかもう何年も使っていないのがあるからそれをあげてもいいがどうせなら新しい物の方がいいだろうと思う。ある程度の自覚はあるが、とことん妹に甘い。
「ハイスペックなの欲しい」
「ゲームあんまりしないくせにそんなの持ってどうするのさ」
「スペックはあるだけいいって誰かが言ってた。あと別にスペックはゲームだけ使う訳じゃないから」
ああ言えばこう言う。それだけ私と仲良くなってくれたのだろうか。
「でも、なんか出かけるの面倒になってきた。留守番してるからお姉ちゃん一人で行ってきなよ」
「別にそれ程出かけたいって訳でも……」
インドアな私は出かけようがそうじゃなかろうがどちらでも良かった。ただやはりソワソワする。
よく分からないワイドショーがテレビで映っているのを妹はスマホ片手に見ていた。もうお昼というには遅いし、夕方というのには早い。
気を抜いては寝てしまいそうな日差しの暖かさが心地よい。私もダラダラとスマホを見て時間を潰していたら時間は適当に過ぎる。
夜まで何をするでも無く、ただ過ぎる時間を過ごしていた。流石にこのままでいる訳にもいかないので自分のパソコンを開き溜まっていた、本業とは別の仕事を淡々とこなす。後々これが本業になるかもしれないと考えていたらやる気は出ない。今働いている所は近々の廃業が決まっていた。元々趣味みたいな感じで始めたのがいつしか収益の出るものになってしまっていた。趣味を仕事にするというのはそれを楽しめなくなるのかもしれない。
しかし、時間を忘れるくらい作業は進んでいた。
「お姉ちゃん、ご飯持ってきたよ。いつまでも降りてこないから寝たのかと思ったよ」
電気もつけないで黙々と作業していた。集中しすぎて空腹すら感じなく、時間すらも忘れていた。すっかり外は暗くなっている。
「寝れなかったからずっと作業しちゃってた」
アーニャが持ってきてくれたのは野菜たっぷりのコンソメスープに、朝(昼だけど)の残った少し高い食パンだった。
「ご飯の時間にはちゃんとリビング来てよね」
「ごめんごめん」
お小遣いを減らすのはやめようと思う。
「明日少し早く学校行くからもう寝るね」
「わかったよ」
部屋の電気をつけてアーニャは出ていった。
月明かりに照らされて食べる食事もいい物だと思ったが、空腹時のスープはとても身体に染み渡った。
久しぶりの連休だからまだ起きて作業してようかと思ったが、休まずしていたせいか疲労が凄い。流石に横になろうと思いベッドへ腰掛ける。妹の朝食を作らなくてはいけないので、少し早めにアラームをセットした。
今日は月明かりに照らされて眠りたい気分だったので、レースカーテンだけ閉めた。幸い二階に部屋はあって、マンションの周囲に高い建物は無い。また寝ぼけて妹が私の布団に入ってくるのかなって思いながら目をつぶった。毎度毎度そんな事あってたまるか。そんな事思ったその時だった。
「お姉ちゃん……起きてる……?」
キィィィとドアを軋ませながら開ける。
「うん?起きてるよ」
暗くて顔は良く見えないが、ハァハァと呼吸が荒く、何やら苦しそうだった。
ああ、またか。
「ごめん、お姉ちゃん……」
月の光で反射した目は赤く、人のそれでは無かった。これ、どんな風に見えてるんだろう?
半身を起こし、状況を理解する。今回が初めてじゃあない。
「しょうがないよ、おいで」
ティーシャツを脱ぎ、肌着だけになる。肩紐が邪魔にならないように少しずらす。小さな肩は私に向かい合うように膝に座る。そして。
「ん……」
自分でも困惑するくらい艶っぽい声が出る。歯が、いや牙は私の首筋をとらえて離さない。痛みはそんなに無い。
三度目だというのにまだ慣れない。幼い頃よく分からない病気をして血液検査をするのに注射をしていたが、それは本当に嫌だった。自分の体に冷たい何かが入ってくる感触が特に。だけどこれは冷たくない、むしろ暖かい。
首筋に噛みつきながらも、ギュッと私を離さない。心なしか震えているように感じる。
「大丈夫。どこにも行かないから」
優しく頭を撫でた。
ハッハッと私も呼吸が荒くなる。一度目も二度目も同じ感覚になってそれからはあまり覚えていない。何か高ぶる効果でもあるのだろうか。
終わるとトロンとした目で私を見てくる。不思議と恐怖はない。この目が私を狂わそうとしてくる。このまま楽になれたら良いのになんて思う。思っても理性が抑える。だけどこのままでいたらきっと私は。
ハッとしてアーニャはその場を離れる。
「お姉ちゃん、ごめんね」
下腹部に変な感覚を残して、部屋から出ていく。私はその感覚を一人、残さずにいた。
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