六、本格始動の農作業④

「ルーチェさんが……、私のことを嫌っていなくて良かった……」


 ポエルは心底ほっとしたような声でそう呟いた。その言葉を聞いたルーチェが慌てる。


「嫌うだなんて、そんなこと……! この村でポエル様を嫌う者などおりません! ただ、その、本当に私の考え方が甘かったのです」


 早口でそう言うルーチェに、ポエルは嬉しそうに笑いかけた。そうして二人の間にほっこりとする時間が流れる。そんな二人を見ていた大翔が提案した。


「なぁ、ポエル、ルーチェ。そんな堅苦しい話し方、もうやめたらいいべな」

「へ?」

「敬語だったり、さん付けだったり、様付けだったり……。堅苦しくねーべか?」


 大翔の意見を聞いてポエルもルーチェも目を丸くする。しかし、お互いに顔を見合わせると少し照れたように笑ってから、


「じゃ、じゃあ、失礼して……。ルーチェ……」

「ポ、ポエル……?」


 ぎこちなく名前を呼び合う二人は、見ている大翔とオトの方が恥ずかしくなってしまう。しかしルーチェとポエルはお互いにこれから呼び合う名前を噛みしめるように何度も口に出していた。


(お、女の子って、こんなにも恥ずかしいものなんだべか……?)


 大翔はそんなことを思いながら、隣のオトの顔をチラリと見やる。すると同じことを考えていたのか、オトと目が合った。しかし二人には何も言えない。

 そうして時間だけが過ぎていった時だった。

 ポエルの部屋に飾ってある壁掛け時計が大きな音を響かせた。


「大変! もうこんな時間なんですね!」


 壁掛け時計の音を聞いたポエルが慌てたように言うのを、


「ほ、本当だ! ポエル、今度ポエルのお部屋の片付けを手伝わせてよ!」


 ルーチェはそう言って返した。お互い、無意味に名前を呼び合っているだけかと思われた二人だったが、どうやら通じるものがあったようだ。ルーチェの快活な言葉には嫌味や緊張などは存在していなかった。代わりに、友に対する気安さが、そこには感じられた。

 ポエルはと言うと、そんなルーチェの対応に嫌な顔一つせず、ニコニコと受け入れている。ルーチェの提案にも、


「是非、一緒にお願いしますね。私、どうしても一人だと上手く片付けられなくて……」


 そう返すポエルは少し恥ずかしそうではあったが、新しく得た友達に嬉しさも感じられた。

 二人の間の変化に心の中でガッツポーズをしていたのは、オトだけではない。大翔もまた、この二人の関係の変化を喜ばしく感じていたのだった。


「じゃ、今夜はこの辺でお開きにして、また明日から頑張るベ!」

「そうですね!」


 大翔の明るい言葉に、その場にいた全員が笑顔で自分たちの部屋へと戻っていく。

 こうして、まだぎこちなさを少し残してはいるものの、ポエルとルーチェの仲も少しだけ進展したのだった。


 それからと言うもの、四人は屋敷の中でよく一緒に笑い合っている姿が見られた。その様子を遠くから見ていたシュベルトは、ポエルに笑顔が増えた日常に密かに笑みを漏らす。

 ボギービーストはと言うと、ポエルが呼ぶ声に応えて森の中からのっそのっそと姿を現した。そしてシュベルトの手伝いをして欲しいというポエルの頼みに大きく頷く。一緒に傍に立っていたシュベルトの表情は、一見するといつものポーカーフェイスで涼しげなのだが、よくよくみるとその表情がこわばっているのが分かる。心なしか冷や汗もかいているようだ。

 しかしポエルはそんなシュベルトの変化には気付かない。笑顔でボギービーストにお願いをすると、シュベルトへも、


「シュベルト、毛むくじゃらさんと仲良くしてくださいね」


 そう言ってニコニコと、自分の仕事場であるシトがいる社殿に向けて、坂を下っていくのだった。

 その様子を見ていた大翔とオトはシュベルトへと同情する。しかしオトには守衛の仕事があるし、大翔だって農地へ行って土を作っていかなければならない。


「腹、くくるべ、シュベルトさん」


 大翔はシュベルトへそう声をかけるしか出来なかった。

 農地での作業は、集めた雑草を燃やして灰にする工程に差し掛かっていた。この灰も土に混ぜ込む。そうして土中にカリウムという栄養を与えていくのだ。このカリウムは強い根をはらせるのに、一役買う。これも大翔が農業高校で教わったことだった。

 ただしこの異世界で『カリウム』と言う物質が存在するかは謎だ。謎だが、おそらくは現代の日本農業と大差ないと信じて、大翔は雑草に火を点ける。数日間、乾かしていた草はパチパチと音を立てながらよく燃えた。そうして出来上がった灰をビニールハウスの中の土に混ぜ込み、また黒いビニールカップの中にある土にも混ぜ込んでいく。


 そうして順調に種まきの準備を調えていったある日の朝だった。

 この日も朝から快晴で、まだまだ朝晩は冷え込むものの日中は過ごしやすい気候になりそうだと感じられた春の日だった。

 朝食を大翔、オト、ポエル、ルーチェで囲んでいると、ふとポエルがこんなことを言い出した。


「タネを蒔く時期は、お決めになりましたか? ヒロト様」


 その言葉を聞いた大翔は、ん~……、と宙を仰ぐ。正直、そろそろ植えたいとは考えていた。石灰もカリウムも混ざった今の土は、大翔が初めてこのジャポニア村に来た時と比べて格段に農業に向いたものへと変わっているはずだ。大翔がそんな風に答えると、


「じゃあ、いちばん近い日取りで、いつが種まきに良いか、占っても良いでしょうか?」

「占い?」


 大翔が疑問の声を上げるのに、ルーチェが身を乗り出して説明をした。

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