六、本格始動の農作業③

「大丈夫だって。この時間なら、ポエルもまだ、起きてるべ」


 大翔はそう言うと立ち上がり、からし色のジャージのポケットに両手を突っ込んで歩き始めた。少し歩いてから、オトとルーチェが付いてきていないことに気付き、


「どうした? 行かねぇべか?」


 何の悪気もない大翔の言葉に、呆気にとられていた二人も慌てて立ち上がると、そのまま大翔を先頭にして、ポエルの部屋に向けて出発した。




 コンコンコン……




 ポエルの部屋の前にやってきたルーチェが遠慮がちにポエルの部屋の扉をノックする。すると少ししてから、


「はぁい」


 中からポエルの声がした。


「あ、あの……、ポエル様……」

「ルーチェなの? ちょっと待っていてくださいね!」


 ルーチェの声を聞いたポエルが慌てたように返事をする。それから、中で何かをする気配がして、ポエルの部屋の中からはもの凄い音が響いてくる。


「お、おい……。ポエルのヤツ、大丈夫だべか……?」

「さ、さぁ……?」


 あまりの物音に、大翔がコソコソとオトに話しかける。オトも、部屋の中から響く騒音に驚いている様子だ。そうしてしばらく扉の前で待っていると、




 カチャリ……




「お、お待たせ、しました……」


 息も絶え絶えの様子でポエルが姿を現した。その姿に一同は目を丸くする。

 ポエルの綺麗な長い、ピンクブラウンの髪の毛にはホコリが乗っている。よくよく見ると、その洋服も少し汚れているように見受けられた。


「ポ、ポエル……? 大丈夫だべか?」


 大翔が思わず声をかけた。そこで初めて、ポエルは今、自室の前にいるのがルーチェだけではないことに気がつく。


「み、皆さん! 一体、どうなさったんですかっ?」


 驚いて声を上げるポエルに、


「や、やはり、ご迷惑でしたよね……?」


 ルーチェがシュンとした様子で声を出す。その声音があまりにも元気がなかったため、ポエルが慌てて顔の前で手を振った。


「迷惑だなんて! そんなことないですよ! さぁ、中へ入ってください!」


 ポエルに促され、大翔たち三人は初めて、ポエルの部屋へと入るのだった。

 ポエルの部屋に一歩足を踏み入れた三人は驚愕した。床には物が溢れており、その物たちは申し訳程度に壁際へと追いやられている。そうしてようやく出来上がった空間に案内されたのだ。


「ご、ごめんなさい……。皆さんが来ると分かっていたら、もう少し綺麗に片付けていたのですが……」


 あまりにも急に来たため、掃除が間に合わなかったのだと、ポエルが申し訳なさそうに言う。確かに急に押しかけたのは大翔たちではあったが、この物の蓄積は昨日今日始まったものとは思えない。誰が見ても、ポエルにとって部屋の掃除が苦手であるのは明白だった。

 恥ずかしそうに立ち尽くすポエルの様子に、大翔とオトはなんだかいたたまれない気持ちになる。しかし。


「ぷっ、あはははっ!」


 突然、隣に立っていたルーチェが爆笑し始めた。


「ル、ルーチェ……?」


 驚いたオトがルーチェへと声をかけると、ルーチェは目に浮かんだ涙を拭いながらこう言った。


「だって……、完璧な存在だと思っていたポエル様が……、意外にも片付けが苦手だなんて……」


 ひぃひぃと息も絶え絶えで言うルーチェは、心底おかしそうにしている。確かに、村では完璧な巫女として存在しているポエルの意外な一面とは言えなくはない。


「ポエル様、すみません。ルーチェが、失礼を……」

「構いませんよ」


 オトの言葉にルーチェも恥ずかしそうに笑いながら答えた。ルーチェが落ち着きを取り戻したのはその後すぐであった。


「はぁー、おっかしい!」


 そう言って、ルーチェが数度、深呼吸する。それからしっかりとポエルに向き直ると、


「ポエル様、私の今までのご無礼を、お許しください」


 そうはっきりと聞き取れる声で言い、深々と頭を下げた。突然の謝罪に面食らったのはポエルの方だ。ポエルはブルーサファイアのまん丸な瞳を更に丸くする。そうして何も言えなくなってしまったポエルに、ルーチェが言葉を続けた。

 ルーチェはポエルを神格化させすぎていた。だから傍にいるだけで緊張していたし、ミスや失礼のないように振る舞わなければならないと考えていた。それがかえって自分の首を絞め、結果、他意はなかったにしろポエルを避けるような態度になってしまった。


「でも、このポエル様のお部屋に招いて貰えて、私は自分の愚かさを痛感しました……」


 完璧だと思われていたポエルにだって、苦手な物はある。苦手なことはある。それはポエルが神ではない証拠に他ならない。いや、もしかしたら神にだって苦手な物事が存在していて、実はそんなに恐れる存在ではないのかもしれない。

 ルーチェの考えをそう改めてくれたのは、紛れもないポエルのこの部屋の惨状だった。


「ポエル様のお部屋で、こんなことを思ってしまうのも、もしかしたら失礼なのかもしれないけれど、でも、ポエル様にも苦手なことがあって、私は嬉しく感じました」


 ルーチェはそう言うと、ポエルににっこりと微笑みかけた。目を丸くしていたポエルだったが、ルーチェの話を聞き終えると恥ずかしそうに顔を赤らめ、しかし、嬉しそうに微笑んでいる。

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