六、本格始動の農作業②

 事情を聞いたルーチェは最初、驚き、そしてポエルの屋敷に自分が住み込むことへの恐れ多さに断った。しかし一緒に付いてきていたシュベルトから、


「ポエル様の、良き友人となっていただきたいのです。ポエル様にも、友人は必要だと思うのですよ」


 そう言われ、断ることが出来なくなった。

 こうしてオトとルーチェは揃って、ポエルの屋敷へと招かれ、住み込みをすることとなったのだった。


 オトとルーチェの引っ越しが終わった頃、ボギービーストの存在はジャポニア村の村人たち全員の周知となった。始めはモンスターの存在を恐れる村人もいたのだが、オトがポエルの傍にいる上に、そのオトがボギービーストに対して牙を剥いていないこと、よほどのことがない限り、ボギービーストはポエルの屋敷傍にある森から出てこないこと、そして何より、このボギービーストの村への入場を、シトが許可したことなどからその恐れも次第に薄れていった。


 さて、ほぼ無理矢理にポエルの屋敷へと引っ越すことになったルーチェは、最初、緊張からうまく食事も摂れずにいた。オトはそんなルーチェのことを心配していたのだが、


「ポエル様の前だと、どうしても緊張しちゃう……」


 そう弱音を吐くルーチェは、普段見る快活な印象はなりを潜めてしおらしい。不謹慎と思いながらも、オトはそんな弱っているルーチェを前に、可愛いな、と思ってしまうのだった。


「ちょっと、オト。聞いてるの?」

「え? あ、うん。聞いてるよ」

「ホントに~?」


 ルーチェはボーッとしていたこの幼馴染みへと疑惑の視線を送る。じとーっと見つめられたオトはドキドキしながらも、必死で言い訳を探していた。


「そ、そうだ! どうすれば、ポエル様の前でも緊張しなくてすむのか、ヒロトに相談してこよう!」


 そうしてひねり出したオトの答えはこれだった。ルーチェは始め、大翔の名前がオトの口から出たことに驚いた。こうしてオトの口から誰かの名前が挙がることが珍しかったからだ。珍しい、と言うよりも、ずっとオトの傍にいたルーチェは初めて聞いたような気がする。


(いつの間にか、ヒロト様とオトはこんなにも仲良くなっていたのね。だったら、私も、ポエル様と女同士で仲良くなれるかな……?)


 ルーチェはそんな風に思った。


「ルーチェ? 行かないの?」


 突然物思いにふけりだしたルーチェに、オトが心配そうに声をかけた。ルーチェは慌てて、この幼なじみの背中を追いかけるのだった。




「つまり、ポエルの前で緊張しない方法を知りたいべか?」


 オトはルーチェを連れて宣言通り、大翔の元へとやって来ていた。大翔はオトからの相談に熱心に耳を傾け、こう聞いた。聞かれたルーチェとオトは、うんうん、と首を大きく縦に振る。


「んだなぁ……」


 真剣な二人の様子を見た大翔は、う~ん……、と唸って黙ってしまった。ここで変なことを言ってしまっては、余計にポエルとルーチェの関係がこじれてしまうかもしれない。 大翔は必死に自分の考えをまとめて、言葉を選びながら慎重に口を開いた。


「これは、オトにも言ったんだが……」


 大翔はそう言って、話し始めた。

 ポエルがこの村にとって特別な存在であることは、ここでの生活でイヤという程痛感している。痛感している上で、あえて、大翔は言った。


「特別扱いと、腫れ物扱いって、違うと思うんだべ」


 大翔の言い分はこうだ。

 ポエルが大切で、大事な存在だから特別扱いをするのは構わない。しかし、それが過ぎるとポエル自身がまるで、ジャポニア村の腫れ物のような扱いを受けてしまわないか、と。


「これではポエルが、あまりにも可哀想だべな」


 大翔の話は、不器用で一見すると要領を得ないかのように聞こえた。大翔自身も、話ながら自分が何を言っているのか分からなくなる。こんなとき、自分に少しでも学があれば、と悔やんでしまう。

 しかし大翔の真剣な言葉は、ルーチェとオトには届いた。ルーチェは大翔の言葉に目を丸くしている。


「そうよね……」


 それから、こう呟いた。


「ポエル様は、特別で大切な方だけれど、それが過ぎて避けるような真似をしては、そちらの方がかえって失礼になるわよね……」


 ルーチェは今までの自分の行動を振り返る。

 廊下でポエルとすれ違う時、緊張のあまり小走りに走り去ってしまっていた。皆と同じ時間の食事の席でも、隣にポエルが座っていて、同じ物を食べようとしていることを意識するだけで、料理は全く喉を通らなかった。


「少しずつでもいいべな。気付けたなら、自分の行動を変えたらいいべ。な?」


 ルーチェが考え込んでいる様子を見た大翔は、そう言った。


「僕もね、ヒロトに言われるまで、気付かなかったんだ。でも、僕の行動が、もしかしたらポエル様を傷つけているかもしれないって思ったら……」

「そうよね。私の行動で、ポエル様を今まで傷つけていたかもしれないものね」

「ルーチェ、僕も少しずつ変わるから、ルーチェも一緒に、変わっていこう?」


 オトの言葉に、ルーチェは小さく頷いた。そんな二人を見て、大翔はにかっ、と笑った。


「じゃ、手始めに皆で、ポエルの部屋に突撃するべ!」

「えっ?」

「はぁ?」


 大翔の提案に驚いたのはルーチェとオトだった。二人ともそれぞれが思わず声を発してしまう。

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