六、本格始動の農作業
六、本格始動の農作業①
ボギービーストを連れて帰ってきた日。
大翔たちとすれ違う村人たちは一様に目を丸くしていた。自分たちの平和な村に大きなモンスターが突然現れたのだ、無理もない。しかしそんな驚いている村人たちの様子などお構いなしで、大翔は胸を張って帰路へと就いていた。そんな大翔の隣を、ポエルは少し恥ずかしそうにして歩いていた。
オトはと言うと、ポエルと大翔のことを心配し、今回はポエルの屋敷まで送ってくれることになった。
「大丈夫だべ? オト。シトの許しを得た毛むくじゃらだべ。問題なんか起きないべな」
そう言って笑う大翔の意見ももっともなのだが、頭では分かっていてもどうしてもオトは心配してしまうのだった。
そうしてポエルの屋敷に続く長い坂道を、三人と一匹のモンスターが歩く。屋敷の前ではポエルたちの帰りを待っていたシュベルトが迎えてくれた。さすがのシュベルトも、予想だにしていなかった巨人モンスターの登場に目を丸くし、口を大きく開けていた。
「シュベルト?」
「ポエル様……。説明してくださいますよね?」
シュベルトは呆けた顔のまま、巨人モンスターのボギービーストを見上げながら言う。ポエルはそんなシュベルトの珍しい姿に笑いを堪えながら一連の説明をした。全ての説明を聞き終えたシュベルトは、開いていた口を閉じ、小さくコホン、と咳払いをすると、いつものポーカーフェイスに戻る。それから、
「さすがに、このモンスターを屋敷の中には入れてあげられませんよ? ポエル様」
そう言った。
確かに、この巨体では屋敷の中は狭すぎて、天井も低すぎるだろう。どうしたものだろうかと考えていると、
「俺は、あそこの森で生活がしたい」
ボギービーストの方からそう申し出た。ボギービーストが顔を向けているのは、ポエルの屋敷の横手にある、鬱蒼と茂った森の中だった。
「声の届く範囲にはいる。何でも言いつけて欲しい」
ボギービーストはそう言うと、のっそのっそと歩いて森の中へと消えていった。
「そうだ! シュベルト、明日から、毛むくじゃらさんに庭の手入れを手伝ってもらいましょう!」
「え?」
ポエルは名案を思いついたと言わんばかりに笑顔でシュベルトへと言う。しかしシュベルトのポーカーフェイスが凍り付いたのを、大翔とオトは見逃さなかった。ポエルだけがその変化に気付かず、
「こんなに広いお庭の手入れ、いつもシュベルト一人で任せてしまって、心苦しかったのです。毛むくじゃらさんなら、きっと素敵なお庭にしてくれるわ!」
どこから来るポエルのボギービーストに対する信頼なのか。
オトは軽い頭痛を覚えるが、ここまで本当にボギービーストが襲ってくる様子は見られなかった。その事実だけではない。シトが村への入場を認めた事実もある。ボギービーストの姿が見えなくなった時、オトの警戒心も徐々に解けていくのだった。
「じゃあ、僕は自分の家に戻ろうと思うよ」
オトがそう言って屋敷の前からくるりと
「オトさん。よろしければ、この屋敷に越しては来ませんか?」
「は?」
「……あのようなモンスターが傍にいるのは、さすがに私も心臓がもちません。どうか、ポエル様の用心棒としてこの屋敷に越してきてはくださいませんか?」
シュベルトは辺りをはばかるような小声でオトへと打診してくる。シュベルトの不安ももっともだと理解出来るオトだったが、
「僕は……、帰らないと……」
そう、小さな声で返す。
「ルーチェが待ってるから」
ハッキリとそう返すオトの言葉を聞いたシュベルトは更に言い募った。
「オトさん。ルーチェさんと共に、この屋敷に越しては来ませんか?」
「えっ?」
その言葉にはオトも驚きを隠せない。俯いていた顔を反射的に上げて、シュベルトの顔を見てしまった。シュベルトは凍ったままの表情で、
「今夜はとりあえず、お疲れでしょうし、泊まっていってください」
その声は平静を装ってはいるものの、心なしか震えているようにも聞こえる。オトにはそんな様子のシュベルトを放っておくことは出来なかった。
「わ、分かりました……」
オトの小さな了承の声を聞いたシュベルトが、目に見えて分かるほど、ホッと息をつく。一部始終を傍で見ていた大翔は、
(シュベルトさんでも、モンスターは苦手なんだべなぁ……)
そんなことをのんきに思うのだった。
「みなさーん! 何をしているんですかー? お家に入りましょう!」
その時、玄関ホールの扉を開きながらポエルが男三人へと声をかけてきた。シュベルトとオト、そして大翔はその声に答えるように屋敷の中へと入るのだった。
それから、結局オトはポエルの屋敷へと引っ越すことになった。成り行きとは言え、ボギービーストを村の中へと入れてしまった責任も感じていたし、ポエルのことが心配だったのもある。しかしそれ以上に、
(ルーチェと一緒に暮らせるんだなぁ……)
その思いが、オトには強かったのだった。
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