五、超絶基本の、土作り!⑭

「だから、農村の農地は川の両脇にあったんだべ」


 大翔の説明を聞いたオトとポエルは目を丸くする。農村の農地に流れる川、そこにそんな意味があるとは思ってもみなかったのだ。


「ジャポニア村にも、そう言う水源が必要だべ。ただ、これは大規模工事になってくるべな。暑くなる前にできれば整備したい所ではあるんだが……」


 こればかりは地道にやるしかないだろうな。

 大翔がそう呟いていると、ふと、オトが足を止める。


「オト? どうした?」


 大翔が不思議に思いオトを振り返る。オトは黙ったまま背中の剣に手を伸ばした。


「お、おい……?」


 大翔が驚くのに、オトが言う。


「つけられている」


 オトはそう言うと、目をつむる。それから抜刀と同時に近くに生えていた木をその剣で一気になぎ払って見せた。


「おぉ……」


 あまりの力技に大翔が驚いている。開けた視界の先には、黒い毛むくじゃらの大男が呆然と立っていた。


「お前……!」


 その姿を認めたオトが一気に殺気立つ。


「ま、待ってくれ! 話を、話を聞いて欲しい!」


 そう言って、オロオロとする黒い毛むくじゃらの巨人。それは昨日イリヤが逃げ込んだ穴で昼寝をしていたボギービーストだった。


「オトさん。この方、なんだか怯えているように見えますよ」


 ポエルがボギービーストの姿を認めてそう言うのに、オトは鋭い視線をボギービーストに投げかけた。その氷のように冷たい視線を受けたボギービーストは、


「ひっ!」


 そう短い悲鳴を上げる。

 確かに、ポエルの言うようにオトに怯えているような様子だ。そんなオトの肩に大翔が手を置くと、


「なんか、話があるみたいだべ」


 そう言って、ボギービーストの方へ進み出た。


「おい、毛むくじゃら! 話ってのは何だべな!」


 大翔の大きな声を聞いたボギービーストは、とりあえず襲われないことを確信したのかホッとしたような表情を浮かべた。


「それで? 毛むくじゃらの話って何だべ?」


 大翔に先を促されたボギービーストは、大きな体躯を縮こまらせながらおずおずと口を開いた。


「昨日、命を助けて貰った。だから、俺はアンタたちに興味が湧いたんだ」


 どうか、自分も大翔たちの村へと連れて行って欲しい、と、ボギービーストは言う。どうやら命を助けて貰ったことに恩義を感じ、何か大翔たちの手伝いがしたいと言うことのようだ。


「冗談じゃない。モンスターが村の中にいるなんて、みんな安心して眠れないんじゃないか?」


 オトがバッサリと即答する。しかし大翔は考えていた。この大きな体躯だ。きっと、人間が重いと感じるものも軽々と持ち上げ、運ぶに違いない。


「毛むくじゃら。試しに、そこに落ちてる丸太を拾ってみるべ」


 大翔に言われたボギービーストは先程、オトが切り倒した木を見つめた。それから軽々とその木を何本も持ってみせる。


「これでいいのか?」


 毛むくじゃらのボギービーストは不思議そうに言った。やはり大翔の思惑通り、このボギービーストは人間よりもはるかに力持ちのようだ。


「決めた! お前、村の水路作りを手伝うべ!」

「ちょっと、ヒロトっ?」


 大翔の言葉に驚いたのはオトだった。確かに先程の水路の話、人手は多いに越したことはないし、かなり大がかりな工事になることは予想できた。できたのだが、まさかモンスターの力を借りて整備するなんて、夢にも思っていなかったのだ。


「前代未聞だ!」


 オトがそう主張するのに、大翔はケロッとして言った。


「前例がないなら、作ってみせればいいだけだべ?」

「……」


 確かにそうだ。だが、そんな簡単に前例を作るなど……。

 オトがぐるぐると思考を巡らす。そうしていると、隣で今まで黙っていたポエルが口を開いた。


「このモンスターは、もしかしたら本当に無害なモンスターなのかもしれません。オトさん、ここは、ヒロト様を信じてみてはいかかでしょうか?」

「ポエル様までそんなことを……」

「私も、無駄な争いや血は、見たくはありませんから」


 にっこりと微笑むポエルに、オトは軽い頭痛を感じた。しかしジャポニア村で最高神のシトに仕える巫女の言葉だ。オトにはポエルの言葉に何も言えなくなる。


「毛むくじゃら、絶対に村の人間に手を出さないって約束できるか?」


 大翔が真剣な声音でボギービーストに尋ねる。ボギービーストはその言葉に神妙に頷いた。


「約束する。俺は、お前たちの手伝いがしたいんだ。困らせたいわけじゃない」

「分かった。……ポエル」

「はい」


 大翔はポエルに向き直ると、ボギービーストが村人を困らせないと約束したことを伝えた。もちろん、オトにも聞こえるように説明する。オトはまだ半信半疑の様子だったが、ポエルは大翔の言葉に笑顔を返すと、


「よろしくお願いしますね、毛むくじゃらさん」


 そう言って、ボギービーストへと向き直るのだった。

 こうして農村に行った帰りに思わぬ仲間を手に入れた大翔たちは、日が沈む前には無事にジャポニア村の門前に到着することになった。しかし、問題はここからだった。

 大翔たちの後ろをのそのそとついて歩くボギービーストの姿を見た、村の門を守る守衛たちが一気に色めき立ったのだ。


「ポエル様っ? その、背後にいるボギービーストは何ですかっ?」

「オトっ! お前、何をやっているんだっ?」


 門番をしていた守衛たちの混乱は良く分かる。そんな守衛たちへ、大翔とポエルは説明をした。オトは黙ってその説明を聞いている。

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