五、超絶基本の、土作り!⑬

 大翔の話を黙って聞いていたオトはそっとその視線を大翔からイリヤへと移した。イリヤはそっぽを向いていたが、その表情からは何かを学んでいたことが分かる。オトはそんなイリヤの変化に少し驚くのだった。


「さぁて、帰るべな! イリヤ、じいちゃんが心配してるべ!」


 大翔はそう言うと、川を下って農村の方へと歩き出した。


「あ、おい! 待てよ!」


 そんな大翔の後ろを、イリヤが小走りで追いかけ、さらにその後ろをオトがゆっくりと歩いて行くのだった。




 農村に戻ってきたイリヤは祖父である村長の下へと駆け出した。その足音を聞いた祖父も振り返り、駆け寄ってくるイリヤを力一杯抱きしめるのだった。


「お帰りなさい、ヒロト様、オトさん」

「ただいまだべ、ポエル」

「戻りました」


 無事にイリヤを発見し、連れて帰ってきた大翔たちをポエルが笑顔で出迎えてくれた。空には夕焼けが姿を見せ、辺りをオレンジ色に染めている。先程までの荒れた天気が嘘のようだった。


「救世主様、護衛のお方、イリヤを連れて帰ってくれてありがとうございました。どうぞ、こちらはお礼ですので、お受け取りください」


 村長はそう言うと、カゴいっぱいに入ったタマネギのような植物を大翔へと渡してきた。


「これは?」

「タパサの球根です。生でも食べられて、火を通すと甘くなる野菜でございます。去年、発育不良だったもので、今年のタネとして使おうとしていたものですので、どうか、救世主様の村でも育ててやってください」

「こんなに貰ってもいいべかっ?」

「是非、貰ってくだされ」


 大翔が驚いているのに、村長は笑顔だ。ここは好意に甘えようと思った大翔は、


「ありがたく戴くべ!」


 そう言ってカゴを受け取った。村長はそれを見て満足そうに笑顔で頷いている。その傍でイリヤはじーっと、大翔の様子を見つめているのだった。

 何か物言いたげなイリヤの視線に気付いた大翔は、しゃがんでイリヤと同じ目線になる。突然目の前に金髪プリン頭の大翔の顔が来て、イリヤは少し面食らったようだ。しかしすぐにいつもの勝ち気な表情になると、


「おい! お前!」


 そう言って大翔を指さす。大翔は何だ? と気を悪くした様子もなく返す。そんな大翔へイリヤは集まっていた農民たちに聞こえるよう、大きな声で堂々と、こう宣言した。


「俺は、お前が救世主だなんてまだ認めてない! 認めてないけど、もし、ジャポニア村が農業で成功したら、今度は俺がお前の農業技術を盗んでやるからな!」


 覚悟しろ! そう、たかだかと宣言するイリヤの瞳は真剣だ。大翔はその瞳を受け、ニヤリと笑う。それはイリヤの覚悟を馬鹿にした笑いではなく、イリヤの思いを受けてなお、余裕の笑みだった。


「待ってるベ」


 大翔はそれだけを言うと、イリヤの頭にぽん、と手を置いた。そんな大翔にイリヤは少しむっとした表情を見せるが、大翔は気にしない。そんな大翔とイリヤの様子を、周囲の大人たちは微笑ましく見守っていたのだった。


「さぁさぁ、そろそろ中に入りましょうぞ。明日の旅立ちに響きますゆえ……」


 辺りが暗くなり始めたのを確認した村長のこの言葉で、その場は解散となった。

 その日の夕食は豪華で、この村で採れた野菜をふんだんに使った夕飯となった。みずみずしい生野菜や、甘い野菜、少しスパイシーなもの、様々な野菜が食卓を色とりどりに飾る。大翔はそんな野菜たちを見つめながら、ジャポニア村でもいつか、自分たちで採った野菜で食卓を飾りたいと思うのだった。

 翌日。

 大翔たちは普段よりも早起きをし、布団をたたむ。その後、この数日間お世話になった村長への挨拶をしに農地へと出向いた。

 相変わらず農地にイリヤの姿がある。イリヤは大翔の姿を見付けると、パタパタと駆け寄ってきた。


「もう出発するのか?」


 そう言うイリヤの声は少し寂しそうである。大翔はニヤニヤと笑いが込み上げてくるのを隠すことなく、


「なんだ、イリヤ。寂しいべか?」

「そっ、そんなこと、あるもんかっ!」


 イリヤはそう言うとそっぽを向いてしまう。そんな大翔たちの元へ村長もやってきた。


「イリヤの無礼をお許しくだされ。また、何か農業で困ったことがありましたら、いつでもいらしてください、救世主様」

「ありがとうだべ」


 村長の好意に大翔は心からの礼を言う。

 今回、こうして改めて農業を成功させている村を見学させてもらい、大翔自身勉強にもなったしタネや球根も貰えた。これは予想外の大きな収穫だった。

 こうして農村を出発した大翔たち一行は、ジャポニア村に向けての道を歩いて行く。今日の天気は一日晴れで、ジャポニア村に到着するまで崩れる心配はないそうだ。


「いやぁ、いい経験させて貰ったベ。絶対、ジャポニア村での農業、成功させるべな!」


 大翔は帰り道、決意も新たにそう宣言していた。


「張り切っておりますね、ヒロト様」

「ホントだね。ヒロトにとってはいい刺激になったってことかな?」


 大翔の決意を聞いたポエルとオトが苦笑気味に言葉を交わす。大翔はそんな二人へ鼻息も荒く言った。


「もちろんだべ! まずは、水路の確保だべな!」

「水路?」


 疑問の声を上げたのはオトだ。そんなオトへと大翔が説明をする。

 農地への水やりは欠かせない。それはいくら農業初心者であるジャポニア村の村人たちでも分かっていることだろう。しかしこの水は、


「村の湧き水ではダメなんだべ」

「そうなの?」


 そうなのだ。湧き水には鉄分が含まれていることがある。この鉄は農作物を枯らしてしまうことがあるのだ。そこで必要になってくる水が、


「川の水だべ」


 川の水には山から運ばれてきたミネラルが含まれている。このミネラルが作物たちへと良い影響を与える。湧き水にはない効果だ。そして作物を枯らす恐れも少ない。

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