五、超絶基本の、土作り!⑫
「ちょっと、寝てただけなのになぁ……」
「コイツっ!」
毛むくじゃらの巨人は気の抜けるようなことを言いながら外へと出てきた。しかし言葉が分からないのか、オトは巨人の言葉を受けて全身から溢れ出る殺気を隠そうとはしない。今にもこの巨人へと斬りかかりそうなオトを、大翔が静止した。
「待て、オト」
「何だよ?」
「無害かもしれない」
「は?」
大翔の思わぬ言葉に、オトはみなぎる殺気を弱めることなく返す。そんなオトを尻目に、大翔は巨人に向き直った。
「おい! 毛むくじゃら!」
「お? 何だ? 人間か? 俺の言葉、分かるのか?」
「分かる!」
堂々と言う大翔へ、毛むくじゃらの巨人は驚いたように目を丸くさせた。そして完全に姿を現した毛むくじゃらの黒い巨人は、目の前で剣を構え、殺気を叩き付けてくるオトの存在に気付いたようだ。
「お、おい……。話せば分かる……! 話せば分かるから、その剣、しまえよ……」
急にオロオロとした声を上げる巨人に、オトの殺気はますます強くなる。オトにとっては、巨人がただただ低くうめいているようにしか聞こえていないのだ。
激しい雨音の中響く、おどろおどろしい巨人の声を聞き、オトの反応は仕方のないことだろう。しかし大翔には、巨人が急に狼狽したことが分かった。だから、
「オト、お願いだ。その剣、しまってくれ」
「はぁ?」
「俺には、コイツの言葉が分かるべ。コイツ、お前のその剣にビビってる」
大翔の言葉に、今まで敵意を剥き出しにしていたオトの戦意が完全に失われた。なんだか拍子抜けすることを言われて、オトは剣の構えをとく。しかし、何かあってからでは遅いと、剣を鞘に収めることはしなかった。
「おい、毛むくじゃら! お前、なんでここに居るんだ?」
「俺は、ただ、この中で昼寝をしてただけだ。そうしたら、急に人間の子供が来て、騒がしいなって……」
毛むくじゃらの黒い巨人の説明はオトでなくても拍子抜けするものだった。つまり、彼にはイリヤや大翔たちに危害を加える気が一切ない、と言うことだ。
「お前、デカイ図体の割には気が小せぇなぁ……」
大翔はそう巨人に言うと、巨人は面目ない、と言ってその顔をかく。
「昼寝の邪魔して、悪かったべ。そこ、土壁だから、この大雨で崩れねぇとも限らねぇ。もっと、安全な場所で昼寝するべな」
「見逃してくれるのか?」
「見逃すも何も、お前は俺らに危害を加える気がねぇべな。じゃあ、俺たちも危害は加えねぇ」
大翔の言葉に、毛むくじゃらの巨人は何度も頭を下げると、村を出て、森の方へと消えていった。
「ふぅ。これで安全だべ。なぁ? オト」
大翔が巨人が消えたのを認めてからオトの方を振り向く。オトは、抜いていた剣を鞘に収めて無言を返してきた。相変わらずのオトの態度に大翔が苦笑すると、後ろの方で硬直しているイリヤに近付く。大荒れだった雨はいつの間にか止んでいたが、大翔やイリヤの髪を十分に濡らしていた。
自分の傍に戻ってきた大翔に、イリヤは巨人が消えた森の中を見つめながら呆然と呟いた。
「アイツ、逃げちゃって大丈夫なのか……?」
「大丈夫だべ。イリヤに危害を加える気は、最初からなかったようだべな」
大翔の言葉にイリヤは大翔を見上げると剣呑とした声をあげる。
「どうしてお前に、そんなことが分かるんだよ?」
「俺は、どういう訳か言葉が分かるべな。最初からそう、言ってるべ?」
「……」
大翔の笑顔の言葉にイリヤは無言を返すしか出来なかった。そこへ雨に濡れた髪をかき上げながらオトがやってくる。
「ヒロト、さっきのボギービーストへの対応、あれで良かったのか?」
「ボギービースト?」
「巨人の名前」
黒い毛むくじゃらの巨人は、どうやらボギービーストと呼ばれるモンスターだったようだ。オトもイリヤと似たような感情を抱いているようで、大翔に確認をする。大翔はそんなオトへも笑顔でこう言った。
「いいんだべ! 無駄な殺生はしないにこしたことないべな」
大翔は言う。生き物にはそれぞれ、自然に対しての役割があるのだと。どんなに小さな生き物でも、どんなに大きな生き物でも、役割の大小はあれど必ず役割があるのだ。
そんなことを話す大翔も、幼い頃、祖父の畑に出ては畑の中の虫を無意味に潰して遊んでいた。そんな大翔へ、祖父が言うのだ。
『大翔、その潰している虫にだって、仕事があるんだべな。小さな命だからって、粗末に扱ってはいけない』
不思議そうに祖父の顔を見上げる大翔へ、祖父は優しくも厳しい眼差しで諭してくれる。最初は祖父の言わんとしていることが分からなかった大翔だったが、虫がいなければ作物の受粉は叶わない。作物が受粉しないことには、実はならない。
そう言うことを祖父は教えてくれた。大翔は自分が潰してしまった虫の死骸を見つめると、申し訳ない気持ちになるのだった。
イリヤはちょうど、そんな虫を潰して遊んでいた大翔と同じくらいの年なのだ。今度は大翔が、祖父から教わった命について、イリヤへと教える番になっていた。どんなに嫌われていようとも、自分と似ているイリヤを大翔は放っておくことが出来なかったのだ。
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