五、超絶基本の、土作り!⑩

「ポエル様……?」

「おはようございます、オトさん」

「お、おはようございます……」


 ポエルの笑顔につられてオトが挨拶を返したのだが、そこで自分が今、寝起きのままの姿であることに気付いた。オトは急いで大翔の傍に駆け寄ると、


「ちょっと、ヒロト! ポエル様がいらっしゃるなんて聞いてないよっ?」

「お、俺だって、急に来たからビビってる……」

「僕、顔、洗ってくる!」

「えっ? オトっ?」


 小声で会話をしていた男子二人だったが、オトが急に部屋を飛び出してしまう。残された大翔は呆然としていたのだが、ポエルと部屋に二人きりだという事実に心臓がバクバクと脈打ちだす。ぎこちない様子でポエルの方を振り返ると、


「ポ、ポエル……?」


 震える声でポエルの名を呼んだ。ポエルはと言うと、部屋の奥にある窓から外を眺めていた。


「ヒロト様、今日は少し、天気が荒れてしまいそうです」

「えっ?」


 急に天気の話をされた大翔が面食らう。しかしポエルは窓の外から目線を外すことなく言葉を紡いでいく。


「今は良いお天気ですが、この先、そうですね、お昼過ぎ頃から荒れ模様となります」

「……」


 あまりに真剣なポエルの言葉に、大翔の鼓動も収まる。それと比例して大翔も窓の外へと目をやった。確かに今、窓の外の天気は雲一つない快晴である。とてもではないが、これから天気が崩れるとは思えない。しかし他ならぬポエルの天気予報だ。これまで外したことのないポエルの天気予報。今回もきっと当たってしまうだろう。


「ポエル……」


 大翔がポエルの肩に手を置こうとしたときだった。




 ガチャ!




「ただいま戻りました!」

「……!」


 勢いよく部屋の扉が開き、元気よくオトが戻ってきた。大翔がビクッと肩を震わせる。そのまま大翔が固まってしまったのを認めたオトが、


「ヒロト? 変な格好だけど、どうかしたの?」

「い、いや! お、俺も顔洗ってくるべ!」


 大翔はぎこちない動きで部屋を出て行った。


「変なヒロト」

 大翔の後ろから不思議そうなオトの声が聞こえてきたのだった。




 身支度を調えた大翔たち三人はすぐに農村の農地へと向かった。村人たちの朝が早いことを大翔がいちばん良く知っていた。そして広い農地には案の定、たくさんの村人たちが農業に精を出していた。その中にはイリヤの姿もあり、大翔は幼いながらに一生懸命働いているイリヤに感心するのだった。


「おやおや、救世主様、巫女様、護衛のお方。おはようございます」

「おはようだべや。精が出ますな」

「とんでもございません」


 大翔たちの姿を見付けた村長が傍までやって来ると、大翔たちに声をかけてくれた。それから、好きなだけ農業の様子を見学するといいと言ってくれる。大翔はそんな村長に礼を言うと、改めて農地に目を向けるのだった。

 空は快晴で、これから荒れ模様になるとは到底思えない。思えないのだがポエルの天気予報に加え、


「雨が来るよ」

「嵐が来るよ」

「荒れるよ、怖いよ」


 風に乗って運ばれてくるのは、農作物たちの声だった。作物たちは先に、微妙な天気の変化を感じ取っているようで、一様にこの後荒れるであろう天気に恐れおののいている。大翔がそのことを村長に伝えると、


「何と! この地では度々、天気が突然崩れてしまうことがあったんですが……。まさかそれが今日来ることになろうとは……」


 そう言って、驚愕している。


「作物の言葉が聞こえるとは、また面妖なことではありますが、それが救世主たるゆえんなのでしょうな」


 村長はそう言うと、農地に散らばっていた村人たちを集める。それから先程の天気の崩れについて説明した。


「よって、本日は水はやらない方がよさそうじゃな」


 そう言って締めくくる村長に対して、終始厳しい眼差しを向けている者がいた。イリヤだ。イリヤは村長の話が終わったのを見計らうと、


「こんなに天気がいいのに、嵐が来るなんて嘘だ!」


 そう大声で言う。


「イリヤや。この村では年に何度も、天気の急変があるじゃろう? 今日がその日なのだ」

「よそ者の、農業技術を泥棒しようとしてるヤツの言うことなんか、信じるもんか!」


 イリヤはそう叫ぶときびすを返してどこかへと走り去ってしまう。


「おいおい……。ずいぶんとまぁ、嫌われたもんだべな」


 大翔はそんなイリヤの様子に気を悪くした様子も見せず、ただただ呆れてしまう。大翔のそんな様子に、オトとポエルは苦笑するしかなかった。村長だけが大翔たちに頭を下げている。


「イリヤも、少ししたら頭を冷やして戻ってくるでしょう」


 村長はそう言うと、農作業の続きを農民たちに促した。農民たちはそれぞれの役割を果たすために散り散りになる。


「救世主様たち、本当に、イリヤの態度の悪さ、お許しくだされ……。代わりと言っては何ですが、これから植えるのに適しているタネを少しおわけしますので……」

「いいべかっ? それは、本当に助かるべ!」


 村長の好意に大翔は甘えることにした。それからしばらく、大翔は外で村長と話をしながら、農民たちの働きを見学させて貰う。オトとポエルは黙ってその様子を見ていた。

 この農村では、大翔がジャポニア村の村人たちに作ってもらったビニールハウスなどは扱っていないようだった。ビニールハウス栽培をしないため、基本的には旬の野菜をその都度収穫し、出荷している。この時期はフラムの野菜、つまり現代で言うところの春野菜を中心に収穫し、出荷を行う。

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