五、超絶基本の、土作り!⑧
「そう言えば、今日、シュベルトさんは一緒じゃないんだべ?」
「シュ、シュベルトですか? そうですね」
突然の大翔からの問いかけに、ポエルは少し声をうわずらせながらも答える。シュベルトには屋敷の雑務が残っているのだという。特にこのフラムの季節になると、中庭や玄関ホールへと続く道にある庭の手入れなど、やることが多い。
「あぁ、確かにあの広さの庭の手入れは大変だべな……」
ポエルの説明に大翔も納得した様子だ。
そんな話をしているとオトの職場である村の守衛が集まる詰め所へと辿り着いた。大翔がその詰め所のドアをノックする。
「どうぞ」
中から声がかかり、大翔が扉を開くと中には数名の守衛が交代の時間を待っているようだった。まだそこにオトの姿は見当たらない。大翔とポエルの姿を認めた守衛たちが居住まいを正し、二人を迎える。
「お待ちしておりました! ヒロト様! ポエル様!」
「オト、まだだべか?」
「もう少しで戻ってくるはずです!」
「どうぞ、中でお待ちください!」
何人かの守衛にそう言われ、椅子を用意された大翔とポエルは、彼らの言葉に甘えることにした。椅子に座ってオトの登場を待つ。
しばらく黙って座っているとオトが姿を現した。オトはポエルの姿を認めるとその姿勢を正す。
「ポエル様、ようこそ!」
「オトさん、こんにちは」
「このたびは、よろしくお願い致します!」
オトはそう言うと深々と頭を下げた。ポエルはその姿に慌てる。
「そんなにかしこまらないでください、オトさん!」
「そうだべ、オト。かしこまってたら、旅で上手くいくこともいかなくなるべ?」
大翔の言葉にオトは顔を上げるが、
「ポエル様はこの村の大事な人なんだよ? ヒロト」
「それは分かるべな。でもな、オト。そうやって特別扱いされるとポエルだって居心地悪いベな」
大翔の真剣な言葉にオトもはっとしたようだ。
「そうですよ、オトさん。年も近いですし、仲良くしてください」
ポエルはにっこりと微笑むとオトに言う。オトはそんなポエルに少し照れたような表情を見せるが、大翔が出発を促し、三人はさっそく西にある農村へと向けて出発するのだった。
道中は大きな事件もなく農村に到着することが出来た。小さな魔物たちはポエルの姿を見るだけでその姿をそそくさと隠してしまう。オトが言うには、ポエルから発せられる聖職者のオーラにやられてしまうということだ。大きな魔物は基本的に村と村を結ぶ道には現れないのだが、稀に迷い込んだ大型の魔物と遭遇することもあるため油断は禁物である。
農村の出入り口に辿り着いた大翔たち一行は何ものにも阻まれることなく村の中へと入っていった。どうやらこの村にはジャポニア村のような守衛は存在していないようだ。代わりに村の中央には川が流れており、その両脇には広大な農地が広がっている。
(理想的な農地だべ……。ちゃんと手入れされている……)
大翔が感じた農村の第一印象だ。実際に川を挟んだ広大な農地には、ものが植わっているところと、畑自体を休ませているところと存在していた。
(いずれジャポニア村も、これを超える農地にしていきたいべな)
大翔が決意を新たにしていると、
「これは、これは。ジャポニア村の巫女様、救世主様。遠路はるばる、ようこそ、我が村へ」
「このたびはよろしくお願いします」
この農村の村長と思われる長い髭を蓄えた老人が三人へと声をかけてきた。ポエルはすぐにその人物へと頭を下げる。大翔とオトもそれにならって頭を下げた。風に乗ってどこからともなく歌が聞こえてくる。大翔にはこの歌が、作物たちの歌だとすぐに分かった。
(凄く心地よく、この農地ですくすく育っているべなぁ……)
大翔がそんなことを考えながら農地を眺めていると、
「いった!」
「いってぇ!」
突然後ろから膝の裏を何者かに蹴られた。いわゆる『膝かっくん』と言うヤツだ。大翔とオトが反射的に振り返るも、目線の高さには誰の姿も見えない。二人が不思議に思っていると、
「こっちだ、バーカ!」
高い声が響く。声がしたのは大翔とオトの目線のかなり下の方からだ。視線を下げるとそこには小さな男の子が勝ち気な表情で立っていた。何やら腹を立てているようで、
「ジャポニア村の救世主ってのも、たいしたことないな!」
そう言い捨てるとくるりと身体を回転させて向こうの方へと駆けて行ってしまった。
「な、何だったんだべ……?」
大翔が目を丸くしていると、
「これは、これは……。私の孫が粗相をしてしまったようですね。どうか、気を悪くしないでやってください、救世主様」
目の前の老人がそう言葉をかけてきた。
話を聞くところによると、先程の少年の名をイリヤと言うそうだ。昨日、ジャポニア村のポエルから手紙を受け取ったこの村長は、快く大翔やポエルたちの歓迎の準備を始めた。しかし、その様子を不思議に思っていたイリヤが祖父である村長に尋ねる。
「どうしてそんなに嬉しそうなの? おじいちゃん」
村長はこんなへんぴな村に来る、久しぶりの客人をもてなしたいのだと説明した。
「でも、ジャポニア村のヤツら、この村の農業知識を盗みに来るんだろ? 許せない!」
イリヤはそう言うと村長のいる部屋を飛び出してしまったそうだ。
「それから、何度も説明をしても、聞く耳を持たなくてな……。イリヤはもともと真っ直ぐに農業を好いてくれている子なんじゃ。だから、どうか嫌わないでやってくだされ」
村長の声音は暖かく、一人の孫を持つ祖父の顔をしていた。その表情は大翔に自分の祖父のことを思い起こさせ、懐かしい気持ちにさせるのだった。
「お気になさらず、だべ」
大翔はそう返す。
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