五、超絶基本の、土作り!⑥

「なぁ、ルーチェ」

「なぁに~?」

「あのクーシュカ、何かあるべか?」

「え?」


 大翔に言われてルーチェも草を置いて小屋の中を覗いた。大翔と同じ光景を見たルーチェが急いで小屋の中に入る。クーシュカたちが見つめていた一頭のクーシュカはうずくまっていた。


「どうしたのっ?」


 慌ててうずくまっているクーシュカのコブをルーチェがさする。これはただ事ではないと感じた大翔とオトもすぐにルーチェの傍へと駆けつけた。


「あぁ……、あぁ……」


 クーシュカは苦しそうに声を漏らしていた。大翔がこの様子に既視感を覚える。それは祖父の知り合いの牧場主が飼育していた、牛の出産直前によく似ているのだ。


「もしかして、このクーシュカマダム、妊娠してるべか?」

「妊娠っ?」


 大翔のこの声に驚いたのはルーチェだった。ルーチェは全く気付いていなかったようだ。


「生まれるの……。あぁ、私の可愛い坊や……。あぁ……」


 苦しそうにしているクーシュカマダムだったが、その声はどこか恍惚としている。


「ルーチェ、これ、生まれるべ」

「嘘っ?」

「見てみ?」


 大翔が指さした先、そこからは仔クーシュカの脚らしきものが覗いている。


「大変! どうしたらいいのっ?」


 ルーチェは完全にパニックの様子だ。こんな形でまさかクーシュカの出産に立ち会うことになるとは思っていなかったのだから無理もない。大翔は農業高校に通っていたため一応、牛の出産に立ち会ったことがある。それを思い出しながら、


「ルーチェ。このクーシュカマダムの下に草を敷くべ」

「分かったわ!」


 大翔の指示を聞いたルーチェが脱兎の如くクーシュカ小屋を飛び出した。オトも何が起きているのかすぐに察したようで、ルーチェの後を追って乾いた牧草を取りに飛び出した。

 二人が飛び出した後、大翔はクーシュカの様子をまじまじと観察した。クーシュカは苦しそうにうめき声を上げながらも、生まれてくる我が子を楽しみにしているようだ。


「欲しいもの、ねーべか?」


 大翔の問いかけに、クーシュカマダムが潤んだ瞳を大翔に向けた。大翔はその視線をしっかり受けて、もう一度静かな声で言う。


「お前、何か欲しいものはねーべか?」

「水を……」


 今度はハッキリとした声でクーシュカマダムが答える。大翔が水の入っているだろうバケツの中を覗くと、確かにその中は空になっていた。


「分かった、ちょっと待ってろ」


 大翔は力強くクーシュカに声をかける。


「持ってきたわ!」


 そこへ牧草を抱えたルーチェとオトが戻ってきた。大翔はクーシュカが蹴る危険があるからとルーチェとオトをクーシュカの寝床の中には入れなかった。


「代わりに、水を欲しがってるから、たっぷりの水を頼むべ」


 大翔はそう言うと、うずくまっているクーシュカの傍に行き、手早く牧草を敷き詰めていく。仔ウシの出産の場合、人間が出てきた仔ウシの脚を引っ張り出して出産を助けるところではあるが、クーシュカの場合はやれることがなさそうだ。

 とにかく新鮮で清潔な牧草を地面に敷いてやる。

 そうしていると水バケツを持ってルーチェとオトが戻ってきた。


「こ、これで、大丈夫かしら……」


 この頃になるとルーチェも落ち着きを取り戻していた。水を設置するとうずくまっていたクーシュカが身体を起こし、水を飲み始めた。大翔はその隙に今までクーシュカがうずくまっていた場所にも牧草を敷き詰めた。


「これで、よし!」


 大翔の手早い働きによりクーシュカの寝床は新鮮で清潔な牧草が敷き詰められた。大翔は一度クーシュカの傍を離れる。


「ど、どう? ヒロト様」


 ルーチェが恐る恐る大翔へと尋ねる。大翔はなんとも言えない表情だ。


「あとは、このクーシュカマダムの力に頼るしかないべな……」


 大翔の言葉にルーチェは小さく両手を握ると、しっかりとクーシュカを見つめて言った。


「元気な赤ちゃん、産むのよ!」


 その言葉にクーシュカがルーチェを見る。熱を帯びたその視線を受けて、ルーチェは力強く頷いた。

 それからしばらく、大翔たち三人はクーシュカの出産現場から動けなくなった。外はいつの間にか日が落ち、暗くなり始めている。


「ヒロト様」


 どれだけ時間が経った頃だろうか。

 いつのまにか大翔たち三人はうつらうつらとしていた。そんな時、頭上から落ち着いた声が降ってきた。大翔が寝ぼけ眼でその声の主を見ると、


「シュベルトさん……」


 ピンと立ったウサギ耳男の執事、シュベルトが立っていた。シュベルトは相変わらずの感情の読めない表情で、


「帰りが遅いので心配しました」


 そう声をかけてきた。


「俺……、あ! クーシュカマダム!」


 シュベルトの声を聞いているうちに意識がハッキリした大翔は、慌てて傍で同じくうつらうつらしていたオトとルーチェを起こした。


「オト! ルーチェ!」


 声をかけられた二人もはっとした様子で身体を起こす。


「あれ? シュベルトさん」


 シュベルトの姿に気付いたルーチェが声をかける。シュベルトはルーチェとオトに軽く頭を下げると、


「三人とも、このクーシュカを見てください」

「?」


 シュベルトの言葉に三人がクーシュカの姿を見る。眼前に広がる光景は、仔クーシュカが立ち上がり母クーシュカマダムの乳を吸っているところだった。

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