五、超絶基本の、土作り!④

 大翔の次の課題。

 それは旬の野菜を育てるべく、夏野菜となる野菜のタネを手に入れることだった。しかし当たり前のことなのだが現実世界と野菜の名前も種類も違ってくる。どの野菜がいつ採れるものなのか、大翔にはさっぱり分からなかったのだ。もちろん、このジャポニア村の村人たちは旬が何かも、大翔が来るまで全く知らなかったのだから聞くことも出来ない。


(どうしたものかな……)


 大翔が思案顔でスープの中の野菜を見つめていると、


「ヒロト様? どうかなさいましたか?」


 大翔の様子に違和感を覚えたポエルが声をかけてきた。そのポエルの声音は、フラムの季節が始まったと言うのに憂い顔の大翔を心配しているものだった。そんなポエルに大翔はこれからの農業での、作物のタネ集めについて相談することにした。


「なるほど……。確かに、ヒロト様はまだこちらの野菜について知識がないのは当然ですものね……。そうだ!」


 話を聞いたポエルは何かを思いついたのか、ポンっと両手を合わせた。それから、


「このジャポニア村が野菜を仕入れている農村に、お野菜のことについて勉強に行かれるのはどうでしょう?」

「おぉっ! そんなこと出来るべかっ?」


 大翔はポエルの提案に身を乗り出した。そんな大翔へ、ポエルは笑顔で頷いた。


「農村へは私がお手紙を出しておきますので、そうですね、明後日にでも出立できますよ」

「ポエルぅ~!」


 大翔はポエルのアシストに感動してしまう。うるうるする瞳でポエルを見ていると、


「旅にはもちろん、私も同行を……」

「なりませんよ、ポエル様」

「シュベルト……」


 大翔の農村への旅へ同行を希望しようとしたポエルだったが、すぐに傍に控えていたシュベルトに却下されてしまう。ポエルは恨めしそうな目でシュベルトをじとりと横目で見上げる。そんなポエルの抗議の視線を受けても、シュベルトは涼しげな表情で言葉を続けた。


「ポエル様にはシト様のお世話をすると言う、大事なお務めがございます。そう易々と旅行など、許可できません」

「シュベルトのケチっ!」


 シュベルトの正論過ぎる正論を受けたポエルは涙目だ。そんなポエルの様子を見ていた大翔はポエルのために何か出来ないかと考えてしまう。それから、


「シュベルトさん。シトが許可を出したら、ポエルを村の外に連れて行ってもいいべな?」

「ヒロト様……。まぁ、シト様がお許しになるなら……」

「じゃあ、俺、シトに話つけるベ! な?」

「ヒロト様!」


 思わぬ大翔からの助け船にポエルの声が弾み、目が輝いている。シュベルトは仕方ないと言いたげに長嘆息するしかなかったのだった。




「っつー訳で、数日間、ポエルを借りたいんだが、問題ないべ? シト」


 ポエルがシトに祈りを捧げる社殿の二階。大翔は初めて来た時以来の、シトの住まう空間へとポエルと共にやって来ていた。相変わらず子供姿のシトには似合わない豪奢な椅子が置いてある。今、その椅子の上には眉根を寄せて幼い顔に似合わない表情をしたシトの姿がある。


「ヒロト……。ポエルと共に農村に行きたいってことだけど……」

「んだ」

「ポエルに何かあったら、この村は終わってしまうよ。ポエル、君はそのことを自覚した上で同行を希望したんだね?」


 真剣な表情のシトの視線を受けたポエルが恐縮し、身体を縮こまらせている。大翔は厳しい声を上げるシトへ、


「大丈夫だべ! 道中の守りはオトに頼むつもりだべ」

「オト君、か……」


 オトの名を聞いたシトの声音が少し和らいだように感じる。


「オトは凄いベ? 俺がギルマンに襲われたときも、一糸乱れぬ剣さばきで、襲ってきたギルマンをバッタバッタとやっつけたんだべ!」

「確かに、彼はこの村いちばんの剣の使い手だね」

「んだ!」


 シトの言葉に何故か大翔が大きく胸を張る。シトはしばらく逡巡した後、


「分かった。ポエルの同行を許すよ。ただし、オト君が一緒に行くことが条件だ」

「やったぁ! ありがとうな! シト!」


 シトの言葉に素直に喜んでいる大翔とは裏腹に、ポエルはなんだか申し訳なさそうにしている。大翔が理由を訊くと、


「オトさんに、お手数をおかけすると思うと、申し訳なくて……」


 消え入りそうな声でポエルが答えた。大翔はそんなポエルの背中を軽く、ぽんっと叩くと、


「どのみち、俺一人じゃ村の外には出られなかったっぺ? オトには最初から、一緒に行ってくれないか頼むつもりだったから、ポエルが気に病むことはないべな」


 そう言ってニカッと笑った。ポエルはそんな大翔につられ、ぎこちなく笑顔を浮かべる。そんな二人の様子をみていたシトは、


「なんだか、二人でいい雰囲気、作ってくれるじゃない? 僕もいるんだけど?」


 そう言ってぷぅっと片方の頬を膨らませた。その様子に先程の厳しさは見受けられない。ポエルはシトの言わんとしていることが分からずきょとんとしていたが、


「シトっ! お前は、ホント、ませガキだべなっ!」


 大翔はそう言って顔を赤らめて抗議する。それから、


「俺はオトを探してくるベ! じゃあな!」


 挨拶もそこそこに、大翔は階段へと向かい、相変わらず急な角度の階段を下りていくのだった。


「ふふっ、ヒロトはカワイイなぁ!」

「シト様?」

「何でもないよ。じゃあ、ポエル。今日もよろしくね」


 シトはそれだけ言うと、椅子の上から姿を消す。ポエルだけ何が起きたのか分からなかったのだが、新しい季節の始まりだと言うこともあり、気分も新たに業務に戻るのだった。

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