四、貝殻拾い④

「おい、ヒロト!」

「あ?」

「俺が退路を作る。足手まといのお前は、さっさとルーチェの所まで下がっていろ」


 オトの有無を言わせぬ物言いに、大翔は後ろにいるだろうルーチェを見る。ギルマンと呼ばれた半魚人の化け物の隙間から、不安そうにこちらを見つめていたルーチェの姿が目に入った。

 大翔は視線をオトの背中に向けると、


「オトは?」

「俺はこいつらの相手をする」


 そう言うオトの横顔は笑っているようだった。元が綺麗な顔をしている分、今のオトの笑顔は少々残忍な印象を見るものに与える。

 大翔も例外ではなく、オトの笑顔に身震いをしている時だった。


「キョエーッ!」


 大翔たちの背後に立っていたギルマンが二人へと襲いかかってきた。ギルマンの奇声を耳にした瞬間、オトは身体を素早く反転させる。それから持っていた剣を容赦なく横になぎ払った。その剣先は背後を取ろうとしたギルマンの首をいちぶんの狂いも見せずにはねる。首をはねられたギルマンは声もなく後ろへと倒れ、絶命した。

 大翔が呆然とその光景に突っ立っていると、


「何してやがるっ! 走れ!」


 オトの声に我に返った大翔が、ギルマンが倒れたことで出来上がった包囲網の隙を突いた。走る大翔を追おうとするギルマンの奇声が周囲に響いたが、


「お前たちの相手は、この俺だろっ!」


 オトの楽しげな声が聞こえ、直後、ギルマンの断末魔がとどろいた。

 大翔が砂浜に足を取られながらも、なんとかルーチェの元へと辿り着くと、


「大丈夫? ヒロト様」

「俺は平気だべ。それより、オトのヤツ、どうしたんだ?」

「あー……」


 大翔の問いかけにルーチェは心なしか遠い目をしている。大翔は今さっき自分が駆けてきた背後を振り返った。その視線の先では、数体のギルマンを稲妻のような剣裁きで次々となぎ倒しているオトの姿があった。少し遠目からではあったが、その表情はやはり笑顔のように見て取れた。

 まるで舞でも舞っているかのように、しかし襲ってくるギルマンを容赦なく斬りふせる姿は、さながら悪鬼羅刹のごとく、である。昨日初めて会った時に感じた、少し頼りない雰囲気は、その姿からは微塵も感じさせない。


「オト、どっかぶっ壊れたべか?」


 大翔のなおも続く問いかけに、ルーチェはしばらく考えた後に腹をくくって口を開いた。


「オトはね、魔物を前にすると文字通り、人が変わるの」


 代々ジャポニア村の守衛を務め、王国に仕える騎士をも輩出してきた家系に産まれたオトは、幼少期から剣に対しての天賦の才を発揮していた。

 きっとこの子は、何代振りかになる、王国に仕える騎士へと成長するに違いない。

 そう思ったオトの家族は、幼いオトに詰め込み式の英才教育を施したのだった。元々気弱な性格だったオトは、その英才教育の結果、


「魔物に対して、好戦的な人格を作り上げることになったの」


 別人格を作り上げることによって、オトは自分自身を守ったのだ。

 ルーチェが説明をしてくれている間も、オトの手は休むことなくギルマンを倒していく。それは素人の目から見ても見事であり、天賦の才があるという話は本当なのだろうな、と大翔に思わせるのに十分だった。

 そうこうしているうちに、海上のギルマンはあっという間にその姿を消した。大翔は再びオトの元へと駆け戻ろうとした。大翔が波打ち際まで来た時だった。オトの所まであとわずかというところで、




 バッシャーン!




「ギルマンっ?」


 海の中に潜っていたのだろう、一体のギルマンが大翔の前に飛び出してきた。海中から飛び出してきたギルマンはすかさず、長い爪を持つ手で大翔を切り裂こうと襲いかかってくる。さすがのオトも、ギルマンの急襲には対応できず、今からでは大翔を助けるには間に合わない。

 大翔は絶体絶命のこの状況に完全に身体が硬直してしまい、その場でぎゅっと目をつむるしかできなかった。


「ヒロトっ!」


 オトの叫ぶ声が聞こえた瞬間、大翔は来るであろう痛みを覚悟した。

 しかし。


「ん? 痛く、ない?」


 どんなに待っていてもやって来るであろう身体を切り裂く痛みが感じられない。大翔が恐る恐る目を開けると、


「ひぃっ!」


 至近距離で見えない壁に阻まれているギルマンの顔があり、大翔はその醜い顔に思わず短い悲鳴を漏らす。大翔が硬直していると、




 ズサッ!




「ギョエッ!」


 ギルマンが耳障りな声を上げて絶命した。倒れたギルマンの背後に立っていたのは、


「オトっ!」

「大丈夫か? ヒロト」


 オトはそう言うと、剣についたギルマンの緑色の体液を振り払いながら大翔をチラリと横目で見た。どうやら何かが大翔の盾となって大翔を守っていたようだ。

 オトは無言で海から出ると、ルーチェの元へと戻っていく。大翔は急いでその背中を追うのだった。

 二人がこちらへと近付いているのに気付いたルーチェは、オトと大翔の傍へと駆け寄った。


「大丈夫っ? 二人とも!」

「……」

「無事だべ」


 ルーチェに無言を返すオトの代わりに大翔が無事の報告をする。オトはと言うと、無言のままルーチェと大翔から距離を取り、ボーッと海の方角を見つめている。


「オトの奴、大丈夫だべか?」

「オトなら平気よ」


 小声で尋ねる大翔に、ルーチェも小声で返す。

 ルーチェの話によると、魔物と戦った後のオトはしばらく一人になりたいのだそうだ。だからルーチェは、オトが自分から戻ってくるまで、オトのことを黙って待つことにしているのだとか。


「ルーチェも、オトのことが何だかんだで、大好きなんだべな」

「そ、そんなこと、ないわっ! それよりも、早く貝殻を拾って村に戻りましょっ!」


 慌てたようにそう言うルーチェの顔は、耳まで真っ赤である。


(ルーチェは自分の気持ちに、きっと無自覚なんだべな……)


 大翔がそんなことを思っている間にルーチェは大翔へ背を向けて、砂浜に落ちている貝殻を持参していたバケツへと放り込んでいく。大翔はルーチェの様子に、やれやれと肩をすくめると、波打ち際には近寄らないようにして自らも貝殻集めをしていくのだった。

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