四、貝殻拾い③

「駄目だべ、ルーチェ。まだオトが来てない」

「オト、本当に連れて行くんですか?」


 大翔がオトの名を出すと、ルーチェは不安そうに声を上げた。ポエルと言いルーチェと言い、一体オトにどんな秘密があるというのだろうか。


「おーいっ!」


 大翔が疑問に思っていると遠くから声がした。大翔がそちらに目を向けると、遠くから手を振って走ってくるオトの姿が見えた。オトの綺麗なサラサラの金髪は日の光を柔らかく反射しており、それだけでオトがイケメンであるなと大翔に再確認させるのだった。


「はぁ……、はぁ……。お待たせ……」


 相当急いできたのだろう。傍に来たオトは肩で息をしている。そんなオトの様子をまじまじと見ても、ポエルやルーチェが心配するような点は全く見当たらなかった。それどころか、黒縁メガネの奥にあるロイヤルブルーの瞳は少し不安そうに揺れている。


「オト、緊張しているべか?」

「……」


 大翔の問いに無言を返すオトに、


「この中でオトだけが、ルーチェを守れるんだべ? しっかりしろって!」


 大翔はそう言うと、オトの背中をバシバシと叩く。オトはその大翔の勢いをそのまま受けて、前に少しつんのめっている。


「さぁ、出発するべ! オト、ルーチェ、今日はよろしくな!」

「うん!」

「よろしく」


 改めて挨拶を交わした三人はクーシュカ小屋を出てすぐ、南の村の出口に向けて歩き出すのだった。

 村の出入り口となる場所には、簡素な背の高い門があった。その両脇に一人ずつ、二人の守衛の姿が見える。


「お疲れ様です」

「お、オト! お疲れ!」


 オトは村のその門を守っている守衛の一人に声をかける。オトに気付いた守衛は褐色の肌に白い歯を見せて、大翔たち一行を迎えてくれる。


「なんだ? オト。ヒロト様を連れて外に用事かい?」

「そうだね」


 曖昧に笑うオトに代わり、大翔が前に出て説明をする。その時、オトはあくまでルーチェの用心棒としてついてきてくれることを前面に出した。大翔の説明を聞いていた守衛はニヤニヤ笑いを押し殺すことなく口を開いた。


「まさかお前が、そんなにも幼なじみのことを気にしていたなんてな! 小さな村の救世主も一緒に守ってやってくれや!」

「分かってるってばっ!」


 守衛にからかわれて、オトとルーチェは耳まで真っ赤にしている。きっと今、大翔とこの守衛は同じ気持ちでいることだろう。天然カップルに幸あれ、と。


「じゃあ、気をつけて行ってこい!」


 守衛はそう言うと、村を守っている門を開け、三人を見送ってくれるのだった。

 初めて村の外に出た大翔はその緑の多さに驚いた。道は一応あるものの、雑草が生えていない、踏み固められた茶色の土が剥き出しである。まさに人々が通ることで道となっていると言っても過言ではない。

 そんな道の両サイドに広がるものは青々とした芝生である。その芝生の上を小さな青いスライムが、ピョコピョコと飛び跳ね、世界に色を添えていた。


「この辺りの魔物たちは、比較的おとなしいの。こちらから悪さをしない限り、襲ってくることはないわ」


 小さな荷馬車が通れるくらいの狭い一本道を歩きながら、ルーチェが大翔へと説明してくれる。ゲームやアニメの世界がそのまま目の前で繰り広げられている現実に、大翔はまたもや自分が異世界に来てしまったことを認識させられるのだった。

 海までの道中、ルーチェの言葉通り魔物に襲撃されることなく歩みを進められた。眼前に広がる海は砂浜となっており、遠くの海上には小さな島々が見える。海水は日の光を受けて真っ青で、深いところは色が濃くなっているもののとても穏やかな風景だった。


「めちゃくちゃ綺麗だべ……。これは、絶景だべな」


 大翔はそう言うと、吸い込まれるように海水へと近付く。それから、打ち寄せる波を触ろうと手を伸ばしたときだった。


「ヒロト様! ダメっ!」

「えっ?」


 切羽詰まったルーチェの制止の声が響いた。大翔が波間に手を伸ばしたまま驚いて後ろを振り返った、と、その時。




 バシャーンっ!




「は?」


 大翔の身体の正面で激しい水しぶきが上がる。大翔が思わず前を向いたときだった。




 ビシャッ!




 視界が真緑に染まる。何が起きているのか、大翔が状況について行けずにいると、


「バカが。不用意に海に近付くな」


 大翔の頭上から聞き覚えのある声がした。正確には聞き覚えのあるような声である。大翔がそろそろと顔を上げると、


「オト……?」


 見知った金髪が潮風に吹かれてなびいていた。この時になって大翔はようやく、自分が尻餅をついていたことに気付き慌てて立ち上がる。目線が高くなったことで、大翔は目の前の惨状を理解することとなった。

 海の上には縦に真っ二つになった男の死体が浮いていたのだ。しかしそれはただの男ではない。全身が緑のウロコに覆われているのだ。顔も人間と言うよりは魚のそれで、切り口から流れ出ているものは緑の液体だった。その緑の液体は大翔とオトの足下の海面を染めている。


「な、何だべ? コイツ……」

「ギルマンだ」

「ギルマン?」

「また、来る」


 大翔の目の前のオトは大翔の疑問の声に答えてはくれない。代わりに背中に携えていたいた剣を抜き、海面に向かって隙なく構えている。いつもしていると思われていた黒縁メガネはどこかへと飛んでしまったようで、普段は不安そうな色をたたえているロイヤルブルーの瞳は、今は鋭く海面を睨み付けていた。

 そうしてしばらく海面を睨み付けていると、




 バシャーンっ! バシャーンっ!




 いくつかの水しぶきの音がし、次々と海面から足下に転がっている半魚人男と同じ顔の化け物が飛び出してくる。大翔とオトはあっという間に、その半魚人男たちに囲まれてしまった。

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