四、貝殻拾い②
坂を下り終えた大翔は十字路を右折し、道なりに進んでいく。この農地への道も三日目にもなると迷うことなく進んでいける。今日も天気は快晴で、風もなく穏やかである。
大翔は鼻歌でも歌いそうなほど、軽い足取りで農地へと向かった。しばらく行くと右手に広がる農地が見えてくる。それと同時に左手のブレスレットが力を発揮し、風に乗って農地の植物たちの声を運んでくる。その中にはもちろん、昨日やかましかった芋たちの声も入っている。
大翔は迷うことなくそんな芋たちの前にヤンキー座りで腰を落とす。それから今日も土の中で井戸端会議を繰り広げている三つの芋を、容赦なく引き抜いた。
「うわーっ! 眩しいっ!」
「寒いっ! 寒いっ!」
「何でオレまで抜かれたぁーっ?」
相変わらず甲高い声でキャンキャンと文句を言う芋たちを、大翔は自分の目の高さに持ち上げると、
「おいっ! 芋っ!」
「ひぃっ!」
大翔の一喝に三つの芋たちは短い悲鳴を上げる。それからビクビクとした様子で大翔の次の言葉を待っている。しかしそのうちの一つの芋が、しびれを切らして小さく言葉を発した。
「時期……?」
そんな芋の恐怖をはらんだ疑問の声に、大翔は神妙な面持ちでこう答えた。
「時期だ」
「うわーっ!」
「嫌だーっ!」
「この、芋殺しっ! 芋でなしっ!」
三種三様の阿鼻叫喚。文句。罵声。
そんなものが飛び交う中で大翔は、
「芋たち。お前たちには重大なミッションをこなすか、時期として廃棄されるか、どちらかの未来を選ばせてやる」
「みっしょん?」
「課題だべ」
大翔の言葉に芋たちが固唾をのんで、次の言葉を待っている。大翔はそんな中、そっと目を閉じた。
『いいか、大翔。無駄なものなんて、ないんだべよ』
大翔の脳裏によぎるのは大好きだった祖父からの教えだった。
たっぷりと間を置いた大翔は、すっと目を開けると芋たちにハッキリとこう告げた。
「お前たち。種芋にならねぇか?」
それは大翔がまだ幼く、祖父が元気に農作業を行っていたときのことだった。発育不良で収穫には至らなかった芋類を、大翔の祖父は無造作に畑の土の上に置いていた。幼い大翔はその芋類はもう必要なく、捨てられていると思った。そのため、芋をボールに見立ててサッカーをして遊んでしまったのだ。
その時普段は温和な祖父が、もの凄い剣幕で大翔を叱った。ビックリした大翔は火がついたように泣き出してしまったのだが、そんな大翔へ祖父は目線を合わせて諭してくれる。
これらの発育不良の芋たちは、翌年の種芋としてまだ活躍の場があることを。
『だからな、大翔。命を無駄に扱ったり、遊んだりしたらダメだっぺな。な?』
そう言った祖父の声は柔らかく、優しかった。
「……なる」
大翔が過去に思いを馳せていると、一つの芋が言葉を発した。その声に大翔は現実に引き戻される。
「時期に怯えて生きていくくらいなら、オレは種芋に、なる!」
「そう、だね……。うん、僕も種芋になる」
「俺も」
三つの芋たちの気持ちは固まったようだ。大翔はそんな芋たちへ、
「じゃあ、お前たちは今から種芋だな!」
「おう!」
ただの芋から種芋へとなった芋たちを、大翔は農地の一画へと運んでいく。そして土の上に種芋を置く。
「安心したら眠たくなってきたぜ……」
「確かに」
「僕も……」
土の上の種芋たちはそれぞれ休眠状態へと入っていくようだ。大翔がそんな芋たちを見つめていると、大翔が歩いてきた方の道からなんだか賑やかな声が聞こえてきた。また新たな芋か? と大翔が思いながら目を細めて声のした方を見つめていると、どうやら資材らしきものを運んでいる村人たちのようだ。
大翔は急いで資材を運び込む村人たちへと駆け寄った。
「手伝うべ」
「ヒロト様! おはようございます! お早いですね」
「農家の朝は早いもんだべ」
大翔と村人たちは他愛ない会話をしながら昨日目印をつけた、ビニールハウスの建築予定の土地へとやって来た。これからビニールハウスの設置を行っていくのだ。
「みんな、仕事が早いべな」
「ジャポニア村の物作りは、早さと正確さを合い言葉にやっていますんで……」
現場監督のような村人が大翔の言葉に返す。その間も着実にビニールハウス設置の準備が進んでいく。これ以上は大翔に出来ることなどなさそうだ。
大翔は空を見上げると、日の動きを確認する。そろそろルーチェのいるクーシュカ小屋へ向かっても良さそうだ。大翔は現場監督のような村人へ一言挨拶をすると、クーシュカ小屋へと向かって歩き出すのだった。
クーシュカ小屋に着いた大翔はキョロキョロと辺りを見回して、ルーチェの姿を探した。耳には今日も、気だるげなクーシュカマダムの声が届いてくる。
「よっ! ルーチェ」
「あっ! ヒロト様! ここが終わったら今日はもう終わりだから、ちょっと待ってて!」
大翔がクーシュカ小屋を覗くと、中では昨日と同様にルーチェがせわしなく動いていた。大翔はルーチェの仕事の邪魔にならないように外で待機することにした。しばらくボーッと空を眺めていると、
「お待たせしました!」
そう明るく声をかけられる。振り返ると今日もホットパンツからすらりと伸びた足が目についた。タイツやレギンスなどははいておらず、いわゆる生足である。しかしそこから不思議と寒さは感じられず、元気で活発な印象を周囲に与えていた。
「さぁ、ヒロト様! 海へ行きましょう!」
ルーチェはそう言うと大翔の手を引いて歩き出そうとする。それを止めたのは大翔の方だった。
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