四、貝殻拾い
四、貝殻拾い①
翌日。
大翔は窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚ました。昨夜もシュベルトが用意してくれた高級そうなパジャマに身を包み、大翔はふかふかのベッドの上でんーっと伸びをする。
(よく寝たべ……)
昨日は屋敷に戻った後にシュベルトが用意した夕食を、ポエルと共に食べた。その際、今日ルーチェと共に村の外の海へ行くことを報告すると、
「えっ? 村の外に、行くんですか?」
「んだ。オトも一緒だべ」
「オトさん、ですか……」
オトの名をあげると、ポエルが途端に心配そうに表情を曇らせた。何かあるのかと大翔が尋ねると、ポエルは曖昧に微笑んで何でもないと答える。
「魔物のことが心配なのは分かりますが、オトさんの腕前は確かです。問題ありませんよ、ポエル様」
「そう、ですね……」
シュベルトが夕飯の給仕を行いながら言うのに、ポエルはなんだか歯切れの悪い頷きを返した。
(一体オトに、何があるって言うんだべ?)
昨夜の夕食時の出来事を思い返しながら、大翔は朝から小さな疑問を抱く。しかし次の瞬間、
(ま、なるようにしかならないべ)
そう楽観視すると、いつものえんじ色のジャージに着替え始めるのだった。
着替えを済ませた大翔は、そろそろ自分のジャージの匂いが気になり始めていた。
(さすがに、洗濯したくなってきたべな……)
しかしジャージ以外で大翔が持っている服と言えば、こちらの世界に来た時に着ていた学ランのみである。さすがに学ランでの農作業は窮屈である。
(どうにかして着替えを……)
「ヒロト様?」
「うおっ! ってなんだ、シュベルトさんか……」
大翔が着替えについて考えを巡らせていると、どうやら食堂の前の廊下まで歩いてきていたようで、背後からシュベルトに声をかけられた。扉も開けずに食堂前で右往左往していた大翔は、ちょっとした不審者だったかもしれない。しかし声をかけられて驚いている大翔の様子を見たシュベルトは、
「驚かせてしまったようで、申し訳ございません、ヒロト様」
そう言うシュベルトの表情はポーカーフェイスそのものではあったが、すぐにその顔を深々と下げる。そんなシュベルトの様子に慌てたのは大翔の方だった。
「顔を上げてください! シュベルトさん!」
大翔はこのシュベルトの低姿勢に、まだまだ慣れないなと思う。シュベルトは大翔の言葉に顔を上げると、
「こんな所で、一体どうされたんですか? ヒロト様」
相変わらずのポーカーフェイスで当然のことを問われた大翔は、一瞬どう答えたものかと逡巡し、意を決して着替えについてシュベルトへと相談した。
「なるほど。それはこちらの配慮が足らず、失礼致しました。ではヒロト様。そのジャージというものを少し触らせて頂いても、よろしいでしょうか?」
「お、おう」
「では、失礼致します」
シュベルトはそう言うと、大翔の着ているジャージへと手を伸ばした。それからしばらく、ふむふむと何事かを考える素振りで上下のジャージの布地を触っては観察している。それから、
「大体のことは把握できました。全く同じ物とはいかないかもしれませんが、似たような素材で同じような服を数着、すぐに作らせます」
「本当だべかっ? いやぁ、マジで助かるべ!」
シュベルトの言葉に大翔が歓喜の声を上げる。これで匂いを気にしながら、ポエルと顔を合わせなくても済むと言うものだ。
大翔がそうニヤニヤしていると、
「さぁ、ヒロト様。朝食に致しましょう」
そうシュベルトに促されて、大翔は食堂の中へと入っていった。席に座っている間、大翔は小さな違和感を覚えた。きょろきょろと食堂内を見渡して、大翔はその小さな違和感の正体に気付く。それは、
(ポエルが、いない……?)
そうなのだ。食堂に入ると柔らかな笑顔で大翔を迎えてくれるポエルの姿が、今朝はどこにも見当たらない。大翔が不思議に思っていると、
「ポエル様なら、ぐっすりと眠っておられますよ」
まるで大翔の心の声が聞こえたかのようにシュベルトが頭上から答えをくれる。大翔が反射的に声のした方へ首を巡らせると、主食のブロードとスープを持ったシュベルトが立っていた。
「ポエル様は今、眠っておられます」
大翔が相当不思議そうな表情でシュベルトを見上げていたのだろう。シュベルトは大翔の前に朝食を並べながらもう一度同じことを繰り返した。
「ポエルでも、寝坊するんだべな」
「今朝方まで起きておられましたから」
「ふ~ん……」
大翔は運ばれてきたブロードをかじりながらシュベルトの言葉に返事をする。それからポエルでも夜更かしをするのだな、と思いながら、出された朝食を平らげていくのだった。
朝食を終えた大翔は農地の様子を見に行くために出かける準備を始めた。玄関ホールに来た大翔の元へシュベルトが見送りに来てくれる。
「ヒロト様、もうお出かけになるんですか?」
「おう! 農地の様子を見ておきたいんだべ!」
「さようですか。では、こちらをお持ちになってください」
大翔の前にシュベルトが片手を差し出した。その手の上には小さな手のひらサイズの板が十枚くらい、赤い紐を通されてまとめてある。
「何だべ? これ」
「巫女の祈りが込められた、
「へぇ~……」
大翔は渡された十枚ほどの札を目の高さに持ってくる。どうみてもただの薄い木の板に見えるのだが、シュベルトがこう言う何かがきっとあるのだろう。大翔は礼をシュベルトに言うと、札をジャージのポケットに入れる。
(あ……)
その時大翔は、先にポケットに入っていたシトからのブレスレットの存在を思い出した。
(せっかくだし、つけておくべか)
大翔はそう思うと、左手首にブレスレットをつけ、シュベルトから受け取った札を改めてポケットにしまった。それから、
「んだば、行ってくるべ!」
「お気をつけて」
大翔は元気にシュベルトへと挨拶を残し、そろそろ慣れてきた坂道を意気揚々と下っていくのだった。
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