三、農業改革のはじまり⑤
「なぁ、オマエ。俺たちの時期じゃないなら、土の中に戻してくれねーか? ここは寒いし、何より眩しいんだ!」
「お、おぉ……」
「悪いね、兄ちゃん」
大翔は芋の声に思わず従って、二つの芋を再び地中へと埋めた。
「話の分かるヤツで良かったね」
「全くだぜ」
地中に戻った芋たちは比較的暖かく暗い、彼らにとっては快適な場所で井戸端会議を楽しみ始めるのだった。
さて、残された大翔はと言うと、風に乗って聞こえてくる声を、ヤンキー座りのまま聞いていた。その中にはもちろん、目の前の芋たちの声も入っていた。どうやらこの左手首のブレスレット、芋の声のみならず植物や動物の声までも言語化しているようだ。
(マジかよ……)
大翔は小さく肩を落とす。しかしそう考えると、クーシュカの声が聞こえてきたのも腑に落ちると言うものだ。まさか異世界と言えば、で与えられる能力が、動植物たちと会話をするものとは、大翔自身予想できずにいたことだった。
(とりあえず、うるさいからこれは外しておくべ)
大翔はそう思うと、ブレスレットを外してジャージのポケットへとしまうのだった。
それから立ち上がると、大翔は農地を見渡した。明日、どれだけの貝殻が必要になるだろうかと考えていると、
「ヒロト様ーっ!」
遠くから大翔の名を呼ぶ数名の村人の姿が農地の方へと駆けてくる。村人たちは大翔の前まで来ると、ゼーハーと肩で息をする。そんな村人たちの呼吸が整うのを待って、
「どうしたべ?」
「ビニールハウスを、どこに建てるか、相談したくて……」
大翔の問いかけにまだ荒い息のまま村人の一人が答えてくれる。村人たちは集会が解散した後に工房へと集まり、苗床を内蔵した土を温めるためのビニールハウスの設計を行っていたようだ。
「その設計図が、こちらになります」
村人はそう言うと大きな紙を一枚、大翔の前に広げて見せた。大翔はまじまじとその設計図を見る。
それは入り口があり、中に入るとL字型に広がっている空間がある。その空間は広くはないが中には苗床として棚が数段、設置されるようになっていた。
「どうですか? ヒロト様……」
「凄いべ! いいと思う!」
大翔の言葉に不安そうだった村人たちの顔がパァッと明るくなる。
「ただ、もう一回り大きくてもいいかもな!」
「分かりました! ありがとうございます!」
村人たちは大翔の指摘にも嫌な顔一つせず、明るく頷いてみせる。そんな村人の様子に大翔もなんだか嬉しくなってくるのだった。
それから大翔は、農地の一画にビニールハウスの建築を頼んだ。村人たちは自分たちが持参していた道具を使って手早く、大翔が指示した場所に目印をつけていく。
「明日の夕方には、ビニールハウスが完成すると思いますんで、また確認、お願いします、ヒロト様」
「おう! 任せとけ!」
「では、また明日!」
村人たちは大翔に手を振ると、それぞれの家へと帰っていった。日は沈みかけ、空には白い、大きな二つの月が昇り始めている。
大翔は確実に進む農業改革に胸を躍らせながら、ポエルの屋敷へと向かって歩き始めるのだった。
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