三、農業改革のはじまり④

 さて、住宅街を離れた大翔は少し先にある農地へと足を向けていた。昨日とは反対方向にジャポニア村を回っていることになる。


(ん?)


 農地が近付くにつれ大翔は、昨日は感じなかった違和感を覚えた。それは支離滅裂な、しかしきちんと会話をしているような、そんな何かと何かの話し声であった。この感覚には覚えがある。そう、それは先程、クーシュカマダムたちの声を聞いたときのものと同じなのだった。


(まさか、ここにもクーシュカマダムが……?)


 そう思った大翔は目を細めて農地に近付いていく。えんじ色のジャージのポケットに両手を突っ込み、がに股で歩いている大翔の姿は、端から見たらガラの悪いヤンキーである。

 そんな大翔の視界にはしかし、牛のような顔をしたクーシュカの姿は見当たらない。見当たらなかったのだが、


「オマエっ! そっち詰めろって!」

「無茶、言わないでよ……」

「ちょっ! 狭い!」


 風に乗って聞こえてきた会話のようなものは、ようなものではなく、確実な会話となって大翔の耳に届いてくる。しかし大翔の目の前に広がるのは、


(昨日と変わらぬ、大草原……。ん?)


 農地を目の前にした大翔は既視感を覚えた。

 これは勘違いなどではない。この農地にはクーシュカマダムに似た何かが、確実に、いる。


(どこだ? どこにいるんだべ?)


 大翔はその場で目をつむると、全神経を耳に集中させた。その間もひっきりなしに高音の声が響いている。大翔はしばらくその声に集中していたのだが、


(そこかっ!)


 突然カッ! と目を開けるとすくっと勢いよく腰を落とす。それから無言で、腰を下ろした勢いを殺さないまま、クーシュカの糞にまみれた土を掘っていった。そして探し当てる。声の正体を。それは、


「い、も……?」


 そう、大翔が今手にしているもの。それは紛れもない、芋である。しかし芋は芋でも、ただの芋ではない。


「オマエ! 何をする! うわっ! 眩しい!」


 そう、この芋、喋るのだ。


「喋る芋だべ……」

「ちょっと! 離せって! 埋めろ! 埋めてくれぇっ!」

「あ、わりぃ……」


 甲高い芋の抗議の声に大翔は思わず手にした芋を再び土の中に突っ込んだ。


「ふぅー。助かった! 時期が来たのかと思ったぜ! 焦ったぁ~!」

「僕らみたいな発育不良、捨てられるのがオチだものね」

「危機一髪だったな!」

「危なかった……」


 口々に聞こえてくる会話は全て、土の中から聞こえてくる。大翔はもう一度土を掘ると、会話をしている芋の葉を両手で掴み、引き抜いた。


「うわーっ! 眩しい!」

「時期なのっ? 僕たちの時期なのっ?」


 両手に一つずつ、計二つの芋たちは阿鼻叫喚の様子である。


「おいっ! お前らっ!」

「ひぃっ!」


 大翔は眉根を寄せてガンを飛ばしながら芋たちに声をかける。すると芋たちの阿鼻叫喚は収まり、代わりに小さな悲鳴が上がって押し黙った。大翔はそんな両手の芋たちを自分の目の高さに持ってくると、


「なぁ、お前たち。お前たちは何で、喋っているんだべ?」

「は?」

「はい?」


 大翔からの当然の問いかけに、大翔の手の中の芋たちは素っ頓狂な声を上げた。それから芋たちは目配せをしている様子だ。しばらく様子を見守っていた大翔に、


「オマエ、俺たちの言葉が分かるのか?」


 右手の芋が声を上げる。


「無慈悲な種族のくせに?」


 続いて左手の芋が声を上げた。

 それぞれの芋の、驚いたような声に今度は大翔が驚く。どうやら異世界の芋だから言葉を話すというわけではないようだ。


(そもそも、もし異世界の芋が言葉を話したとしたら……)


 それならば昨日、ここへ来たときにもう既にその言葉を耳にしていてもおかしくはない。

 そう考えたところで昨日と今日の違いについて大翔は思考を巡らせる。


(違うことと言えば、このゴツめのブレスレット、か?)


 それは昨夜、風呂の中でシトから貰ったブレスレットだった。それに目をとめたとき、


『それを身につけている時は、僕が力を貸していて、君には特別な力が宿っているって言う証拠だよ』


 そう言っていたシトの言葉が脳裏をよぎる。


(まさか、シトの言っていた特別な力って言うのは……)


 そこで一つの仮説に行き着いた大翔は、両手に持った芋たちを一度地面に置いた。


「おいっ! オマエ! 何をするっ!」

「まさか、このまま放置する気っ?」

「時期かっ? やっぱり俺たちの時期なの……」


 けんけんごうごうと騒いでいる芋たちを尻目に大翔が手首のブレスレットを外す。するとどうだろう。今までキャンキャンと子犬のようにやかましかった芋たちの声がパタリと止んだ。大翔は農地を見回し、それからおもむろに再びブレスレットを身につける。


「……いっ! おいっ! おーいっ! 無視すんなよ! 冷血っ!」


 ブレスレットをつけた瞬間に、大翔の耳はやかましい声をまた拾った。大翔は無言のまま何度かブレスレットをつけたり外したり繰り返した後、確信した。


(間違いない。このブレスレットをつけている間、こいつらの話す言葉が理解出来るべ……)


「聞いてんのかって! おい! 冷徹種族っ!」

「あ、わりぃ。何だべ?」


 大翔が思考の渦の中にいたのを芋の甲高い声が現実に引き戻した。芋たちは不満そうに声を上げている。それから、


「オマエ、大丈夫かよ」

「何が?」

「何がって……、なぁ?」


 右側の芋が左側の芋に言葉を投げかける。その言葉を受けた左側の芋が、困ったように笑っている気配がした。大翔の頭上にはそんな芋たちのやり取りに疑問符が浮かんだのだが、右側の芋は気を取り直したように口を開いた。

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