三、農業改革のはじまり③

 大翔はと言うと、目の前の急展開についていけず、目をパチパチと何度もしばたたかせていた。


「ルーチェ? そちらの方はどなただべ?」

「ヒロト様、この人は私の幼なじみでオトって言うの。ほら、オト。ヒロト様に挨拶をして」


 呆れ気味のルーチェからの言葉に、オトと呼ばれた少年はルーチェを離すことなく恐る恐るといった様子で顔だけを大翔へと向けた。そのオトの顔を見た大翔ははっと息を飲む。

 オトの顔は中性的に整っており、黒縁メガネの奥の瞳はロイヤルブルーだ。ハッキリ言って、男の大翔でも見とれてしまうくらいの美少年である。一つ残念なことをあげるならばその綺麗なロイヤルブルーの瞳が長い金髪の、前髪の隙間から見えていることだろうか。


(イケメンってヤツだべ……)


 大翔が思わずぼーっとオトに見とれていると、


「あ、あのっ! オト、です……。このジャポニア村の守りとして、守衛をして、います……」

「おぉっ! 俺は五十嵐大翔。よろしくだべ、オト!」

「う、うん……」


 ニカッと笑う大翔へ、オトも怖ず怖ずと言った風に頷いた。


「アンタ、友達、少ないんだから、ヒロト様と仲良くなりなさいよ」

「……」


 ルーチェがオトの腕の中でくるりと身体を反転させると、向かい合ったオトの鼻の頭を人差し指でちょんとする。オトはと言うとそんなルーチェのことを離そうとすることなく無言を返した。そんなオトの様子に気を悪くした様子も見せずに、大翔は先程から気になっていたことを口にした。


「ルーチェとオトは、付き合っているんだべ?」


 それは大翔にとっては確信に近いことではあったのだが、問われた二人は互いの顔を至近距離で見つめ合う。それから目を丸くしたのち、


「つ、付き合ってなんていないわよ! 私たちはただの幼なじみ!」


 ルーチェが顔を真っ赤にして、焦ったように時々言葉を詰まらせながら否定してくる。その言葉に同じく顔を真っ赤にしているオトがコクコクと頷いた。しかし大翔は、無言でルーチェを抱きしめているオトの手を指さす。大翔の指さす先を目にしたルーチェは、


「オトのバカっ! いつまでくっついてるのっ? 勘違いされるぅー!」

「ご、ごめん、ルーチェ!」


 オトの腕の中でジタバタと暴れるルーチェに、オトはぱっとその両手を離した。二人の顔は今にも火が吹き出そうなくらい真っ赤である。


(天然カップルだべな……)


 大翔はそんな二人を見てこう思わざるを得なかったのだった。


「ところでルーチェ。こんな所でヒロト様と一体何をしていたんだい?」

「あ、それは……」

「俺が話すべ」


 何故か言いよどんでしまうルーチェの代わりに大翔が何をしていたのかを説明する。明日ルーチェと共に村の外の海へと貝殻を拾いに行くことになったのだと。包み隠さず話すことはルーチェの彼氏に対しての、大翔なりの気遣いであり、ルーチェが後からオトに責められないためのものでもあった。

 しかしオトは大翔の説明を聞いているうちにみるみるその秀麗な眉をしかめる。そして大翔が全てを話し終わったとき、


「ルーチェのバカっ!」

「バ、バカって何よ……」

「村の外には魔物がいるって、知っていてついていくって言ったのっ?」

「そ、それはっ!」


 オトはルーチェの言動に激怒しているようだ。

 オトの言い分はこうだ。

 村の外には大小様々な魔物がいるという。そう言った魔物たちがこのジャポニア村へと入ってこないように、村の出入り口を警備するのがオトたち守衛の役割なのだ。


「僕たちがなんでいるのか、ルーチェは全然分かっていない!」

「分かっているわよ! 分かっているからこそ、ヒロト様を一人で村の外の海に行かせるわけにはいかないでしょっ?」

「だからって、君が危険を冒す必要はないだろうっ?」


 オトの言葉にルーチェはぐっと押し黙ることしか出来なかった。そんな舌戦を繰り広げている二人に、大翔は割って入る。


「まぁまぁ。オトさえ良ければ、ルーチェの用心棒として明日一緒に海まで行くべ」

「ちょっ! ヒロト様っ?」

「行く」


 大翔の言葉に焦るルーチェと、即答するオトの言葉は同時だった。大翔は仲がいいなぁと思いながらも、オトに頷き返す。


「オトは村の守りだべ? なら、ルーチェもオトが一緒だと心強いはずだべな。なっ?」

「勝手に決めないでっ!」

「照れるんじゃねーよ」


 ルーチェの言葉に大翔はニヤニヤ笑いが込み上げてくるのを隠せなかった。きっとこのルーチェとオトのカップルは、不器用で素直になれないだけなのだろう。


「んじゃ、明日のこれくらいの時間に、ルーチェのクーシュカ小屋で待ち合わせるべ!」

「分かった」

「分からない!」

「ルーチェは僕が守る」


 大翔の言葉に大きく頷くオトだったが、ルーチェはまだ腑に落ちていないようでオトの頷きに、噛みついている。しかしオトの方はそんなルーチェなど意に介していないようで、小さくガッツポーズをしている。

 それから二人は何度目になるか分からない舌戦を繰り広げていく。大翔はそんな二人に、


「お幸せに~……」


 そうこっそり声をかけると住宅街から離れていくのだった。

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