三、農業改革のはじまり②

「クーシュカたちがそう言っているんですか? 凄い! そんなこと考えてもいなかったわ! ヒロト様が救世主って言うのは、何も農業に限ったことじゃなかったんですね!」


 ルーチェはそう言うと嬉しそうにクーシュカへと手を伸ばす。


「暖かくなったら、一緒に草原に行きましょうねー!」


 ルーチェは言いながらクーシュカのコブを撫でていく。撫でられているクーシュカはどこかまんざらでもなさそうな様子を見せていた。


「ふふっ、嬉しそう!」


 ルーチェは本当にこのクーシュカたちのことが好きな様子だ。それは見ている大翔の方も胸がほっこりする光景だった。


「さてと! じゃあ、今日は私、帰りますね!」

「あ、あぁ。じゃあ、家まで送るべ?」

「いいんですかっ?」


 大翔の言葉にルーチェの表情がパァッと明るくなる。その愛らしい表情に大翔は胸が高鳴るのを感じる。


(何を考えているべ! 落ち着け、落ち着くんだ!)


「ヒロト様ぁ~! 行きましょう!」

「待つべや! そんなに走って、転んだりしたら大惨事だべなっ!」


 大翔が棒立ちになっている間にルーチェはメインストリートへと続く小道に飛び出していた。それを見た大翔はヒヤヒヤしてしまい、クーシュカの舎屋を慌ただしく飛び出すのだった。




「なるほど。ヒロト様の農業に必要なものって、貝殻とかなんだ?」


 ルーチェを家まで送る道すがら、大翔は今朝集会所でみんなに話した内容をかいつまんで説明していた。ルーチェ自身はクーシュカの世話をしていたため、リアルタイムで大翔の話を聞くことが出来なかったのだ。そんなルーチェのために大翔は農業についての説明を行う。ルーチェもまた、村の農業の行く末を気にしている様子で、興味津々に大翔の話を聞いていた。


「ビニールハウスとビニールカップは村の皆さんが何とかしてくれるらしいんだけどな……」

「そうですね! 私たちの村は小さいながらも優秀な錬金術師たちの村なので、物作りはお任せあれ! ってなものなんです!」


 大翔の言葉を聞いたルーチェが説明をしてくれる。どうやらここの世界での錬金術師とは、現代世界で言うところの科学者や物作りの職人たちのことを指すようだ。


「と、なると、動物の骨と貝殻だべな。村の外に海はあるべか?」

「南の方には海もありますよ!」

「好都合だべ。明日にでも行ってみるかな」


 大翔が独りごちるように言うのを、ルーチェは聞き漏らさなかった。


「今と同じような時間で良ければ、私もご一緒しますよ! 貝殻を集めに行くんですよね?」

「んだけども……」

「クーシュカたちのお世話が終わると、私、暇なんです!」


 ルーチェの提案に驚いて声を上げる大翔に対し、ルーチェはキラキラの笑顔のままで言葉を続ける。正直、貝殻集めの人出は多い方が助かる。助かるのだが。

 そんな自問自答をしていると、ルーチェが言葉を続けてきた。


「理由もなく、村の外に出ることって出来ないので。でも私、いつか村の外でお仕事するのが夢なんです!」


 村の外にはきっと、クーシュカ以外にもたくさんの動物たちがいるだろう。それらはルーチェの目を楽しませてくれるに違いなかった。ルーチェは動物たちを見るのも、その動物たちを食べるのも好きな、ちょっと変わった女の子なのだ。

 そんなことを話していると昨日シュベルトと一緒に挨拶回りをしていた、住宅地へと辿り着く。相変わらず外国のおとぎ話に出てきそうな建物たちだなと、大翔が思っていると、ルーチェがその中の一棟の建物へと入っていこうとした。


「ヒロト様、私の家、この中なんです! 送ってくれて、ありがとうございました!」


 ルーチェが明るく言い、ぺこりと頭を下げた。そして頭を上げたとき、ルーチェはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、その顔をぐっと大翔へと近づける。


「明日、絶対に一緒に海へ行きましょうね!」

「お、おぉ……」

「絶対に絶対ですよ! こっそり一人で行ったりしないでくださいね!」

「分かった! 分かったから! ルーチェ、顔が近いべ!」


 大翔はバクバクとうるさい心臓と熱くなる顔を見られないように、片手で顔を押さえながら、もう片方の手でルーチェの肩をそっと押し戻す。

 そんな大翔の様子にルーチェがクスクスと笑っていると、


「おーいっ!」

「うげっ!」


 通りの向こうから笑顔で手を振る少年が、ルーチェの元へと駆けてくる。少年の髪色は金色で、その一本一本の髪が金糸のように日の光を受けてキラキラと輝いているのが分かる。そんな少年の様子を見たルーチェは一瞬でその表情をこわばらせると、思わずカエルが潰れたような声を上げた。それからいそいそと大翔へ向き直ると、


「じゃ、じゃあ、私はそろそろ中に……」

「ルーチェ! 捕まえた!」

「うっ! オト……」


 建物の中へと入ろうとしていたルーチェの背後から、サラサラの金髪少年が飛びついてきた。飛びつかれたルーチェは抱きつかれた衝撃で声を漏らしたものの、すぐに観念したように首だけを巡らせて少年の顔を見た。それから諦めたように盛大なため息を吐き出す。

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