二、農地と村人⑨

 まず、農業の基礎中の基礎となるのが、


「土作り、だべ」

「土作り、ですか?」


 村人たちの疑問の声に、大翔は大きく頷く。

 土作りに必要なものは何も動物の糞のみではないのだ。


「そこには石灰と呼ばれる物質を混ぜ込む必要があるんだべ。石灰を混ぜ込んで、土の濃度を中性にすることで初めて土作りが完成する」

「なるほど? とにかく、石灰と呼ばれるものが必要なのですね?」


 村人たちの確認の声に大翔は再び大きく頷いてみせた。石灰は動物の骨や貝殻から手に入れることが出来る。それを砕いて粉末状にすることで、土に混ぜ込んでいくのだ。


「昨日見た農地の広さだと、ありったけの貝殻と動物の骨が必要になるべな」


 大翔の説明を村人たちは熱心に聞いている。中には持参したメモ帳にメモを細かく取っている者までいる。そうした中、大翔の説明は続いていく。

 作物を栽培する上で欲しいものがある、と。それが苗床である。


「ビニールハウスの中で種を蒔いて、ある程度作物を大きく育てるんだべ。それから農地に植え替える」

「ビニールハウス、ですか?」

「ビニールで出来た、家みたいな建物だべ」

「ビニール?」


 ここまできて大翔はこのジャポニア村の住人たちに通じない言葉があることに気付いた。もしやと思った大翔は、


「レインコートって、分かるべか?」

「分からないです」


 村人たちは一様に顔をしかめ、互いの顔を見合わせている。そこで大翔はレインコートを雨がっぱと言い換えた。


「あぁっ! あの、雨よけで着るものですね!」

「んだべ!」


 通じた。

 大翔はここで、一つの仮説を立てた。このジャポニア村では現代日本で使われているカタカナがほとんど通じないのではないだろうか?

 それからレインコートの別称である『雨がっぱ』が咄嗟に出てきた自分を褒めたくなる。それもこれも全て、


(じいちゃん、ありがとう……!)


 祖父の後ろをついて回っていたお陰でカタカナ用語ではない、古い言い回しも比較的すんなりと出てくる大翔なのであった。


「その、雨がっぱがどうかしたのですか? ヒロト様」


 大翔が亡き祖父に思いを馳せていると、村人の一人が声をかけてきた。そこで大翔ははっとし、ビニールハウスの説明へと戻る。


「その雨がっぱの素材と、支柱を使って、小さな家みたいなものを作るんだべ」

「それが一体、農業とどういった関係があるのですか?」

「土を温めることが出来るんだべ。土が温まることにより、微生物の活動も活発になって、まぁ要するに、いい効果を得ることが出来るんだべな」

「へーっ!」


 それからビニールの色は透明が良いことや、同じ素材で黒色のカップがあると便利であることなどを説明する。黒のビニールカップの使い道としては、太陽光でより土を温めながら、種の発芽を促すことになるなど、次々と農業をする上で必要なことを説明していった。

 熱心な村人たちは大翔の説明に納得しながら聞き入っている。最後に大翔は、作物には旬の時期があるのだと説明を入れた。


「何でもかんでも、植えたら芽が出るわけじゃねぇんだ。旬を見極めて、その作物の植える時期を見定める! これが上手くいくコツだべな」

「なるほど……。さすがは救世主、勉強になります!」

「まずは、とにかく土作りだべ。それと並行して、ビニールハウスとビニールカップも作っていくだべな」


 大翔の言葉に集会所中が賑わいを見せる。誰がどれを担当していくのか、どうやってビニールハウスを作っていくのかをガヤガヤと相談を始めていた。

 今回大翔が説明した内容の半分は、去年農業高校で教わったものであり、またもう半分は祖父からの受け売りだったりする。


(授業、まともに受けておいて良かったべな……)


 大翔は賑わう村人の前でそんなことをひっそりと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る