二、農地と村人⑧

 そんなポエルに今度は大翔が、ふと思いついた疑問について質問した。


「ポエル。昨日も思ったんだが、この主食のパンみたいなものは何だべ? 何で出来ているだ?」


 大翔は右手でこんがりと焼けているフランスパンのようなものを持ち上げて言う。ポエルはそれを見て、


「そちらがこちらの世界の主食、ブロートでございます。トヘと言う植物を粉にして水でこねて作っております」

「トヘ……」


 大翔はポエルの説明を忘れないようにその言葉を反芻した。それからこのトヘが現代で言う小麦にあたる植物なのだろうと考える。そこまで考えた大翔はまたひとつ疑問が浮上してきた。


「このジャポニア村は、季節はいくつあるべか?」

「そうですね、四つでございますよ、ヒロト様」

「もしかして、今みたいな寒い季節とは反対の、暑い季節もあるっぺか?」

「はい」


 笑顔のポエルの返答に大翔はここが、どうやら現代日本と似ている環境であることを理解した。ならばそんな現代日本で農業の勉強をしていた自分にも、このジャポニア村で出来ることが多くありそうだ。

 そんなことを考えながら朝食を摂っていると、


「ごちそうさまでした!」


 目の前に座っているポエルが元気よく手を合わせている。どうやら先程大翔との会話に出てきた挨拶を、早速行動に移したようだ。大翔はポエルにおう、と返すと、自身も急いで朝食をかき込むのだった。




「本当に、一緒に行かなくて大丈夫ですか?」


 朝食を終えた後、ポエルの支度を待った大翔はポエルと共に屋敷を後にした。それから足下に注意をしながらまだ慣れない下り坂を行き、今はその下、石畳の道の上にいる。


 これから大翔は農業についての説明を村人にすべく、集会所へと向かうことになっているのだが、ポエルは社殿にてシトの世話をしなければいけないとかで一緒に集会所へは行けないのだそうだ。加えてシュベルトは朝食の途中に席を外したきり姿を見せていない。そのため大翔は必然的に、一人で集会所へと向かわなければならなくなったのだ。


「大丈夫だっぺ! メインストリートを越えた先にあるって話だべ? まっすぐ行くだけで大丈夫だべ」


 大翔は下り坂の途中で聞いていた集会所までの道のりを思いながら、ポエルに答える。それでもポエルは今にも泣き出しそうな表情で、


「私のバカ……。何故あの時、シュベルトに別の用事を言いつけてしまったのでしょう……」


 ポエルの言う別の用事とはもちろん、食前、食後の挨拶のことである。

 大翔はそんなポエルに苦笑すると、


「じゃ、俺は真っ直ぐ進んで集会所へ行ってくるべ! ポエルも気をつけて行ってくるべよ!」

「はいぃ……」


 ポエルはしょんぼりした様子で石畳を左へと曲がっていった。その先には社殿がある。大翔はポエルの姿を見送った後に石畳を突っ切ると、昨日通ったメインストリートを真っ直ぐに進んでいく。

 道中で同じ集会所へ向かう村人と出会った大翔は、


「おはようございます!」

「あ、ヒロト様! 昨日はわざわざ挨拶に来て頂きありがとうございます」

「今日はよろしくお願いしますね、ヒロト様」

「おう! よろしくだべ!」


 こうして世間話をしているうちに、ジャポニア村に唯一ある集会所へと到着した。

 到着した集会所にはたくさんの村人たちがもう既に集まっていた。大翔は胸にピンマイクのようなものを取り付けられると、集会所の前、壇上の上に上げられる。


「これは、何だべ?」

「そちらは皆に、ヒロト様の声をお届けするためのものです」

「へぇ~……」


 大翔は初めてのピンマイクになんだか自分が芸能人にでもなったかのような錯覚を覚える。壇上に上がった大翔は集会所に集まった人々の顔をザッと見回した。昨日も思ったことなのだが、このジャポニア村の住人たちは皆一様に髪と目の色が、


(カラフルだべな……)


 どういった遺伝の仕組みなのかは分からないが、茶色や黒色はもちろん、ピンクやブルーの髪や目の色をしたものがたくさんいるのだ。そして驚いたことに、集まってきた村人たちのなかには女性や大翔と同い年くらいの少年少女たちもいる。てっきり屈強な男性ばかりが来ることを予想していた大翔は、そのいかにも老若男女と言った光景に驚いていた。


 服装は中世ヨーロッパの村人と言っていいものだろうか。異世界ファンタジーにはよく見かける格好であった。

 そんな彼らの中で、大翔の着ているえんじ色のジャージと金髪の逆立てたプリン頭も、負けず劣らず目立っていた。

 大翔はスッと息を吸い込むと、すーっと深く息を吐く。そうして何度か深呼吸を繰り返してから、


「あー、テステス」


 満を持して口を開いた。その大翔の声に集会所中の視線が一気に大翔に集まり、水を打ったようにシーンと静まりかえる。


「……。えっと、どうも、おはようございます……」

「おはようございますっ!」


(は?)


 怖ず怖ずと挨拶を口にした大翔へ返ってきたのは、一糸乱れぬ見事な挨拶だ。大翔はそんな村人たちのやる気に満ちた視線と返答に一瞬気圧され、圧倒される。しかしすぐに、


「コホン……。あー……、お前たちっ! 農業を成功させたいかぁーっ?」

「おーっ!」

「作物を、作りたいかぁーっ?」

「おーっ!」


(気持ちいいべ……)


 テレビ番組でいつか観た、クイズ番組のまねごとをしてみる。すると村人たちは熱心な返事をする。どうやらこのジャポニア村、思っている以上に体育会系のようである。大翔はそんなジャポニア村の村人たちに気を良くし、農業についての話を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る