二、農地と村人⑥

「仕方ないですね。ポエル様、一緒に作り直しましょう」


 シュベルトの言葉にポエルはコクコクと頷いた。それからシュベルトと共に料理を作り直し、味見もしっかり行ってから、


「お持ち致しました!」


 ポエルは大翔の前で再び深々と頭を下げて大きな声で言う。後ろに控えているシュベルトがカートを押して大翔の前にやってきた。それから机と椅子を用意し、即席の食卓を作ってくれる。


「顔を上げるべ、ポエル」


 大翔は顔を下げっぱなしだったポエルに優しく声をかけた。声をかけられたポエルは恐る恐る下げていた顔を上げる。その顔は真っ赤だ。それだけでポエルがとても恥ずかしいことを告白してくれたことが伝わった。大翔はくしゃっと破顔すると、


「ポエルも一緒に食べるべ!」

「え?」

「一人で食べても味気ないべ? だから、ポエルも、シュベルトさんも一緒に食べるべ!」


 思ってもみなかった大翔の提案にポエルは驚いていたのだが、すぐにその表情を崩すと、


「はいっ!」


 そう言って笑顔を見せるのだった。

 ポエルとシュベルトと共に夕食の時間を仕切り直した後、大翔はシュベルトからパジャマ代わりになるものを借りた。さすがに泥が付いていそうなジャージで、この大きなベッドの上に横になることははばかられたのだ。

 それから身体を洗うための場所へと案内される。そこは『清め場』と呼ばれていた。


「男女共同の場所でございますので、カギはしっかりと内側からかけておいてください」


 シュベルトに注意され、大翔は神妙に頷いた。もしこのままカギをかけ忘れたりしたら、この広い脱衣所にいっまとわぬポエルの姿が……、などと考えたところで、大翔は自分の両頬をバシンッ! と叩いた。


「ヒロト様?」

「な、何でもねーべ! 何でも!」

「はぁ……」


 自分の頬を叩いてから黙ってしまった大翔へ、シュベルトが不思議そうに声をかけたのだが、大翔は自分の妄想をかき消すようにブンブンと頭を振って答える。


「じゃ、じゃあ俺、入ってくるべ」

「かしこまりました。清めが終わった身体はこちらで拭いてください」

「ありがとだべ」


 大翔はシュベルトからバスタオルを受け取ると、言われた通りに清め場のカギを閉める。それから服を脱ぐと浴室の扉を開いて中に入った。


「うおぉ……! これは、温泉だべや……!」


 もくもくと湯気が上がる中、大翔の声だけが反響する。中は白で統一された空間で、なみなみとお湯が注がれた湯船は軽く泳ぐことが出来そうなくらい広い。


「大浴場だべ……。一人じゃ落ち着かない……」


 呟く大翔の声も、誰もいない浴室に響くだけだ。大翔は手近な椅子に座るとシャワーの蛇口と思われるものをひねる。案の定上から温かいお湯が出てきた。

 大翔は次に、手近にあるシャンプーと思われるものに手を伸ばしたのだが、その瞬間だった。


「やっ! ヒロト!」

「はっ? えっ?」


 大翔の眼前に逆さの顔の少年が突然現れた。大翔は思わず腰を抜かせそうになる。驚いている大翔に少年はくすくすと楽しそうに笑って見せた。

 大翔が何とか態勢を整えると、目の前の少年は逆さづりの状態から通常の格好に戻っている。しかし通常と言いがたい点は、少年が空中であぐらをかいているところだ。

 そう。大翔の前に忽然と姿を現した少年は宙に浮いていたのだ。大翔はその少年に覚えがあった。


「シトでねぇか。急に出てくるんじゃねぇよ! びっくりするべ!」

「へへっ。その反応が見たかったんだよね」


 シトはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


(このガキ……、悪趣味だべ)


 大翔はこめかみの辺りがひくつくのを必死で堪えた。そんな大翔の様子を楽しむようにシトはくすくすと笑っている。


「で? 神様が一体何のようだべ。風呂を覗くために現れたわけじゃないべ?」

「あ、そうだった!」


 大翔の言葉にシトはぽんっと両手を、はんこを押すように合わせた。


「君に力を授けようと思ってね」

「力? はっ! 異世界転生にありがちなチート能力ってヤツだべっ?」

「チート……?」


 シトは大翔の言う『チート』の意味がピンとこなかったようだったが、大翔はそんなシトへ先を促した。


「ほいっ!」


 先を促されたシトは今度は両手を胸の前にぽんっと合わせる。するとそのタイミングで大翔の左手首に金色の装飾が施されたゴツめのブレスレットが姿を現した。


「おぉっ! って、何だべ? これ」

「それを身につけている時は、僕が力を貸していて、君には特別な力が宿っているって言う証拠だよ」

「特別な力って、何だべや?」


 大翔は自分の左手首にはめられた金色のブレスレットをまじまじと見ながら問いかける。しかしシトから返ってきた言葉は、


「内緒っ!」

「はぁっ?」


 大翔は思わず座っていた椅子から立ち上がる。シトは大翔の手が届きそうで届かない場所でキャハハと楽しそうに笑いながら浮かんでいる。


(くそっ! 服さえ着ていれば……!)


 タオルで大事なところを隠しながらの攻撃では、なかなかシトまで手が届かない。裸でなければ、と言う思いの中、広い浴室内を足下に注意しながらシトを追っていたのだが、


「とうとう追い詰めたべ……!」


 大翔がシトを壁際まで追い込んだ。しかしシトの余裕の笑みは変わらない。


「明日、農業の説明会でしょ? 頑張ってね!」


 シトはそう言い残すと、ポンッとはじけるようにその姿を消してしまった。


「ちょっ! シトっ! どこ行ったべやっ!」


 大翔の叫びも虚しく、シトの姿はもうどこにもない。大翔は釈然としないまま、身体を洗うのだった。

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