二、農地と村人④
屋敷に戻った大翔とシュベルトを待っていたのは豪華な夕食だった。広いテーブルの上いっぱいに所狭しと料理が並べられており、温かな湯気と同時においしそうな香りを漂わせている。
「すっげぇ! ご馳走だべな!」
大翔は見たこともない料理とその香りに、テンションの上昇を抑えられない。しかし隣に立っているシュベルトの表情は、今日大翔が見て来た中でいちばん硬くなっているように見える。
「ポエル様。こちらの料理はもしかしなくても、ポエル様自ら……?」
シュベルトの声は心なしか引きつっているように聞こえる。しかし大翔にはその理由は分からなかったし、ポエルにいたってはシュベルトの微妙な変化には一切気付いていない様子だ。
「記念すべき今日という日を祝いたくて、僭越ながら私が作らせて戴きました。もちろん、シュベルトへの日頃の感謝も込めていますよ」
ポエルはにこにこと笑顔を崩すことなく言う。シュベルトはそのポエルの言葉に返す言葉が見つからないようだ。凍り付いてしまったシュベルトの様子に小さな違和感を覚えながらも、大翔はテーブルの上からポエルに目を移して目を丸くする。
「あれ? ポエル、着替えたべか?」
「はい!」
ポエルは午前中に見た巫女のような格好ではなかった。腰回りが強調されたワンピースの裾は前方が短くなっており、ポエルの白い太ももをあらわにしている。後ろの方は緩くギャザーが寄っているデザインになっており、V字型に長くなっている部分がある。裾の先にはレースの刺繍があしらわれているようだ。いわゆる、スカート部分がフリフリしているのだ。
腰回りの布地は青色で薔薇のような植物が刺繍されている。それ以外の部分は黒であった。黒地の下には白地でスカートを膨らませるためのものを履いているようだ。
足下はこちらも黒色の膝上の靴下で、これはニーハイソックスと言うものである。そのニーハイソックスとスカートが作り上げた絶対領域と呼ばれる場所に、大翔は釘付けになる。
ポエルはそんな大翔の視線を気にすることもなく、笑顔のまま胸の前で手を合わせると、
「さぁ、冷める前に食べてください」
そう言って大翔とシュベルトへ席に着くよう促した。黙ってしまったシュベルトを大翔はチラリと見上げたのだが、表情が硬い以外は何も感情が読み取れなかった。
大翔はシュベルトの様子に少し違和感を覚えながらも、ポエルにすすめられた椅子へと腰を下ろした。シュベルトの方もスッと自分の席に着くと、ポエルは満足そうに笑みを深くして言う。
「さぁ、召し上がれ」
「いっただきまーす!」
大翔は満面の笑みで手を合わせると、手近な皿へと手を伸ばした。このおいしそうな香りに、大翔の空腹は限界だ。
大翔はスプーンのような形状の食器を手に取ると、ビーフシチューのような液体をすくい上げる。ゴロゴロと具材が入っており、その具材がおいしそうな液体を
大翔はほくほくの笑みでその具材を、大口を開けて一気に頬張る。しかし、口に入れた瞬間に大翔の身体は硬直することとなった。
(何だべ? これ……?)
その味は、絶妙にえぐみと雑味だけが残っている。うまみといううまみを、これでもかと言う程殺しているのは、これが異世界料理だから、と言う理由だけでは済まされない。ポエルの作ったこの料理、ハッキリ言って、不味い。不味いのだ。見た目や口に入れるまでの香りは完璧であるが故に、口に入れたときの落差が酷い。
「ヒロト様、おいしいですか?」
ポエルが完全に硬直してしまった大翔へ、不安そうにウサギの瞳をウルウルさせながら尋ねてくる。大翔は口の中にある物体をどうしたものかと、顔面蒼白になりながら考えていたのだが、
「ポエル様。ヒロト様は今日一日、慣れないジャポニア村を見て回りお疲れのご様子。先にお部屋へ戻って貰ってはいかがでしょう?」
思ってもみなかった助け船はシュベルトからだった。シュベルトの言葉を聞いたポエルが大翔にそうなのか? と視線だけで尋ねてくる。大翔の口の中にはまだ、不味い料理が入っているため言葉を発することが出来ない。代わりにブンブンと首を大きく縦に振って、肯定の意を示した。
「まぁ! それは大変! すぐにお部屋でお休みください、ヒロト様!」
大翔のその様子にポエルが慌てる。シュベルトはそんなポエルを何とかなだめ、落ち着かせると、
「では私は、ヒロト様をお部屋にお連れ致します」
「た、頼みます、シュベルト」
「かしこまりました、ポエル様。さぁ、ヒロト様、参りましょう」
まだ動揺が隠せない様子のポエルに、シュベルトは
「ポエル! 飯、ありがとうだっぺよ!」
大翔は味はともかく、ご馳走を用意してくれたポエルに礼を告げると、シュベルトと共に部屋へと戻っていった。
「驚かれましたか? ヒロト様」
部屋へ戻る道すがら、シュベルトは大翔へ言葉をかけてきた。大翔はその内容がすぐにポエルの作った夕食のことだと気付いた。見た目と香りを裏切る味を思い出して、大翔は顔面を再び青くする。
「あれは、凄かった……」
思い出したせいか、胃の中に押し込めたものが再び這い出ようとするのを、大翔は根性で落ち着かせる。
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