二、農地と村人③
「もしかしてだけど、そのクーシュカの糞だけしか混ぜ込んでいない?」
「いないですね」
大翔の疑問にシュベルトは答えると、その後の村人たちの、初めての農業について話をしてくれた。
村人たちはおのおのが好きな野菜の種を、旬なども関係なく、この広大な農地に好きなだけ、あちらこちらに蒔いたのだ。
「しばらく経過を観察していたのですが、この異臭で農地の近くに住んでいた者たちは引っ越していきました」
しかも、芽が出たのか、雑草が生えたのかの区別が村人たちには出来ない。村人たちはもう農地に手を加えることが出来なくなり、放置状態となった農地に一度芽吹いた緑は、あれよあれよとその範囲を広げていった。
「そして、今のような姿になるのにそう、時間はかからなかったのです」
もちろん、作物が実ることもなく、村人たちは何も収穫できなかった。
そんな説明を聞いていた大翔は軽い頭痛を覚えた。これは想像以上に、農業の知識がない村人たちのようだ。
「とりあえず、事情はなんとなく理解できたべ……」
大翔はクラクラする頭を抱えながらシュベルトへ言葉を返す。
「一度、農業について説明してぇんだが、村人たちが集まれる場所とかってあるべか?」
「ございます。では、これから村の人々にご挨拶にいくついでに、明日にでも集まれないか尋ねてみましょう」
「そっすね」
大翔はシュベルトの言葉に頷く。二人は農地に背を向けると、石畳の道を行く。
「こっちの土地は何に使うんだべな?」
大翔は石畳の道の右側に広がっている、農地と続いた形の土地を指さして言う。大翔の言葉に顔を向けたシュベルトは、あぁ、と言うと、
「こちらの土地は今、余っている土地でございます。実は、農地にしようと思っていたのですが、私たちの実力は先程ご覧になって戴いたとおりなので……」
村人たちは自分たちが絶望的に農業を行う才能がないことを痛感し、結果、土地を余らせることになったのだ。
そんな余った土地の向かい側には、背の高いカラフルな、三角屋根の建物たちが並んでいる。
「こちらはジャポニア村の人々が住んでいる、家々になります」
シュベルトは建物群の前で立ち止まるとそう説明してくれた。大翔は絵本の中から飛び出したようなその可愛らしい背の高い建物たちを、ぽかんとした間の抜けた表情で見上げた。
(本当に、異世界に来てしまったんだな……)
大翔は改めてここが、自分が今までいた日本という現実世界とは全く違うのだと痛感してしまう。
「参りましょう、ヒロト様」
「あ、はい」
大翔はシュベルトの言葉にゴクリと息を飲むと、その可愛らしい建物の中へと入っていった。
建物の内部は一階部分が広く、エントランスになっていた。居住部分は二階より上になっており、建物によっては内部にある階段はらせん状になっていた。
そんな建物の中に住んでいる住人たちは、突然の大翔とシュベルトの登場に一様に驚いてはいたものの、金髪プリン頭でジャージ姿の大翔のことを快く笑顔で受け入れてくれるのだった。
大翔とシュベルトは一軒一軒の家を回る。その際、明日集まって欲しい旨も告げた。住人たちはその件に関しても快く承諾してくれた。
「挨拶回り、お疲れ様です、ヒロト様」
「よっしゃー!」
挨拶回りが終わり、外に出た瞬間に大翔は大きく伸びをした。辺りは夕暮れに差し掛かろうとしている。
「さぁ、ヒロト様。ポエル様が待っておられるでしょうから、日が落ちる前に屋敷へと戻りましょう」
「おう!」
シュベルトの言葉に短く返すと、大翔は来た道を戻ろうとした。しかしそんな大翔を、
「こちらのメインストリートから戻った方が近道ですよ」
そう言ってシュベルトが来た道とは反対へと歩き出した。大翔はまだジャポニア村の地理が分からないため、おとなしくシュベルトの背中を追っていく。
メインストリートはその名に恥じない賑わいを、この夕暮れ時に見せていた。道の左右に屋台のような出店がずらりと並び、その商品を求める客でごった返している。
「これは、凄い賑わいだべ……」
「ジャポニア村の夕市は、ちょっとした名物ではあるんですよ」
「へー……」
賑やかな夕市の人波を、シュベルトは器用に縫うようにに歩いて行く。大翔はその人波に飲まれないよう、シュベルトのピンと立っているウサギ耳を目印に進んでいった。
そうしてようやく屋台の列が切れる頃、人の数もまばらになった。正面には石畳の道から外れた小道が続いている。よくよく見ると、その小道はポエルの屋敷へと繋がっている急な坂道を有した小道だった。
「ここに繋がっていたべか!」
「さようでございます」
これで大翔とシュベルトは、今日一日をかけてジャポニア村の一区画を一周、ぐるりと回ったことになる。シュベルトはちらりと空を見ると、沈みかけている日の光を見やった。
「少し、急ぎましょう」
シュベルトはそう大翔に声をかけると、急ぎ足で坂道を登っていった。大翔も日が暮れる前に屋敷へと戻るべく、シュベルトの後を急ぎ足で追っていくのだった。
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