二、農地と村人②
「あちらが、ヒロト様のお荷物でございます」
「あ、あぁ。ありがとうございます、シュベルトさん」
シュベルトから
どうにもこの、かしこまった雰囲気にくすぐったさを感じてならないのだ。
そんな大翔の様子には気付いていないのか、シュベルトは変わらずかしこまった口調で続ける。
「では、お荷物の中を確認できましたら、外へ出てきてください。農地の方へご案内致したく存じます」
「あ、はい……」
「では、私はこちらでお待ちしております」
シュベルトは軽く礼をする。大翔はそんなシュベルトに見送られる形で自室となる部屋の中へと足を踏み入れた。
中に入った大翔はその広さに目を見張る。ダブルサイズではないかと思われる大きなベッドが部屋を入って左手の壁際に置いてあるのだが、その大きなベッドを大きいと感じさせないくらいの広さがある部屋なのだ。
(広すぎる……)
大翔はそう思いながら怖ず怖ずと部屋の中央に置いてあるスクールバッグへと近付く。なんだかスクールバッグに手を伸ばした瞬間に、床に仕掛けられている大きな落とし穴が発動しそうな、そんなくだらない妄想が生まれてしまうくらいにはこの部屋は広く、落ち着かない。
大翔は自分の妄想をかき消すようにブンブンと頭を振ると、素早くスクールバッグに手を伸ばして自分の元へと引き寄せる。もちろん床に大穴が開くことはなかった。
大翔は自分のスクールバッグのファスナーを開けると、中身を確認していく。そこには数冊の教科書と資料集、そしてぐちゃぐちゃに押し込められている学校指定のえんじ色のジャージが入っていた。
(外、寒いし、これでも着るか……)
そう考えた大翔はシュベルトから借りていた上着と、自分が着ている制服を脱ぎだした。それからスクールバッグの中に入っていたえんじ色のジャージに着替える。
(これで学ランよりは暖かいベ)
大翔は満足げに頷くと、その姿のままシュベルトの上着を持って広い部屋を後にするのだった。
部屋から出てきた大翔を見たシュベルトは、少し目を丸くした。
「失礼ながら、ヒロト様。その格好は、一体……?」
「これか? これはジャージだ。農作業するときの作業着、ま、制服みたいなもんだべな」
「はぁ……」
胸を張って答える大翔にシュベルトは少し腑に落ちないような返答をする。そんなシュベルトへ、大翔は借りていた上着を差し出すと、
「これ、ありがとうございました」
そう言って軽く頭を下げた。
「これは、これは。ご丁寧にありがとうございます」
シュベルトは大翔へお辞儀を返すと、差し出されたその上着を受け取る。再び上着に袖を通したシュベルトが大翔へ、
「では、農地へとご案内致します」
そう言って大翔の前を歩き始めた。
屋敷を出て再び坂道を行く。今度は急な下り坂となった山道を転ばないよう、大翔は足下に注意を払いながらしかしそれを、前を行くシュベルトに悟られないように歩いて行く。
坂道を下り終え石畳の道へと戻ってくる。シュベルトは下った坂道から石畳を右に曲がると、一直線の道を歩いて行く。右手は山があり、左手には何かのレンガ造りの建物がある。その建物の列が切れた頃、右手の山が消えて平らな土地が広がる。その土地は一見して雑草と分かる緑に覆われていた。
シュベルトはその緑に覆われた土地の前で立ち止まる。えんじ色のジャージに身を包んでいる大翔も、立ち止まったシュベルトを見習い足を止める。そしてその緑の絨毯へと視線を向けた。
「ここは……? あ、まさか、ここが……?」
「はい。こちらの広大な土地が、全て我々、ジャポニア村の農地でございます」
何かに気付いた様子の大翔へ、シュベルトは真顔で答えた。
そうなのだ。
ここはジャポニア村の村人たちが、総力を集めて山を切り拓いたジャポニア村唯一にして、いちばん広大な土地の農地なのだ。
大翔はその広大さに呆然と立ち尽くす。
とりあえず足下にある農地の土をすくってみる。
「……、くっせっ!」
大翔が農地の土をひとすくいした瞬間だった。その鼻腔をくすぐるのは香ばしい田舎の香水だった。
「何だべ、これっ! オメェら、土に一体何を混ぜたんだっ?」
思わず大翔はすくった土を放り出すと、右手を振りながら傍のシュベルトを見上げた。シュベルトは自分たちの周囲に漂う、田舎の香水の香りにぴくりと眉根を寄せながら説明してくれた。
このジャポニア村の村人たちの知識がとにかく錬金術に偏っていること。そのため、農業の知識は皆無であったこと。
「そんな村人たちの中にも、唯一無二の農業知識があったのです」
それが『動物の糞が肥料になる』と言うことだったのだ。
その唯一知っていた知識を使い、村で飼っていた動物、クーシュカの糞をこの農地全体の土に混ぜ込んだのだ。
「クーシュカ?」
「大型の草食動物です。私たちはクーシュカのミルクを加工して、食べ物や飲み物として使っています」
「へー……」
大翔はこのクーシュカという草食動物が牛のような存在なんだろうな、と考える。その牛のような動物であろうクーシュカの糞が、この土地全体に混ぜ込まれている、と言うことだ。
(一体、どれだけの量を混ぜたんだっぺな……?)
大翔はそんなことを考えながらも、先程漂ってきた田舎の香水の香りについては納得した。
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