二、農地と村人

二、農地と村人①

 社殿のような建物から外へと出た大翔は、その風の冷たさに驚く。その寒さから思わずブルッと身震いをしてしまった。


「さっみっ!」


 大翔は現実世界で春から夏にかけての季節を生きていた。その時にこのジャポニア村に召喚された形になったため、この季節を逆行したような寒さは身体に堪える。


「大丈夫ですか? ヒロト様」


 思わず口を突いて出た大翔の言葉にポエルが心配そうに立ち止まって大翔を見上げてきた。大きなウサギの瞳がますます大きく見え、大翔はドキドキとしてしまう。


「だ、大丈夫だっぺよ! それより、ポエルの方が寒そうに見えるっぺな……」

「私はこう見えて、ルノイの季節にある儀式には備えておりますよ。結構着込んでいるのです」


 にっこりと微笑むポエルに、大翔はドギマギしてしまう。


「ル、ルノイの季節って……?」


 少しうわずってしまった声を出す大翔の疑問に答えたのは、目の前の可愛らしい少女ではなかった。


「この、寒い季節のことをここでは『ルノイの季節』と呼ぶのです」


 それは後ろに影のように控えていた、執事服のシュベルトだった。


(そうだった、この人、いたんだった……)


 大翔はシュベルトの存在に少しだけ肩を落とす。シュベルトはそんな大翔へ、手に持っていた上着を差し出した。


「どうぞ、ヒロト様。その格好では寒いと思いまして、先程屋敷に戻った際に僭越ながら私のものではありますが、持って参りました」

「あ、ありがとうございます」


 大翔は軽く頭を下げると、差し出されたシュベルトの上着を受け取る。羽織ってみるとシュベルトの上着は腕の長さが大翔のものよりも長く、思いがけず萌え袖になってしまう。


(……)


 暖かい。暖かいのだが、この萌え袖だけは恥ずかしい。

 大翔はこっそり二の腕の辺りを引き上げて、腕の長さを調節する。そんなことを大翔がしている間に、シュベルトはもう一枚の上着をポエルへと羽織らせていた。


「全く、シュベルトは心配性なのだから……。さぁ、ヒロト様。屋敷はすぐそこです。参りましょう」


 ポエルはそう言うと、時折吹く冷たい風の中を再び歩き出す。大翔はそんなポエルの後ろを、置いて行かれないようについて歩くのだった。

 しばらく平らの石畳を歩いて行くと、右側に少し入る小道が現れた。その小道に前を行くポエルは入って行く。その道は急な上り坂になっている。

 大翔はその坂に一瞬だけ身構えたものの、


(学校への心臓破りの坂に比べたら、マシだべや……)


 少し青ざめた顔で立ち止まってそんなことを考える大翔に、先を歩いていたポエルが立ち止まり、上から声をかけてくる。


「ヒロト様? どうかなさいましたか?」


 ポエルにとってはこの急な坂道もどうと言うことはないのだろう。その声は純粋に疑問だけをはらんでいた。そんなポエルの言葉を聞いた大翔は腹をくくると、


「どうってことないべ! さぁ、行こう!」


 そう返して駆け足で一本道の坂を登っていくのだった。

 左右に鬱蒼と茂った森が広がる山道を、三人はしばらく登っていく。街灯などないこの山道は、日が落ちたらきっと真っ暗になることだろう。

 そんなことを考えながら大翔はこの坂道を登っていった。しばらくすると頂上らしき場所に出る。そこは平らにならされた広い土地が広がっており、中央に大きな屋敷が、森に囲まれる形で建っている。


 坂道を上り終えたポエルはその屋敷へと、迷うことなく歩いて行った。大翔はその後を、切れる息を整えながらついて歩く。屋敷に続く道はそれほど長くはなかったが、その道の左右に広がる庭は綺麗に整えられていた。

 大翔は物珍しいその庭園を見回す余裕もない。切れた息と上下する肩をどうにかすることに意識が向いている。何故なら、傍を行くポエルとシュベルトには、息を切らした様子が全くみられなかったのである。それが大翔には悔しく感じられてならない。


(ウサギの、化け物か……?)


 何とか呼吸を整えた大翔は、隣を歩いていたシュベルトを見上げてそう思う。


「では、お部屋にご案内……」

「ポエル様はお休みください」


 屋敷の玄関ホールに入ったポエルが、大翔を見上げながら口を開いたのをシュベルトが遮った。言葉を遮られたポエルが不思議そうな表情でシュベルトに顔を向けると、


「ポエル様はヒロト様を召喚する儀式で、体力を消耗なさっております」


 そう言うシュベルトの言葉に大翔は改めてポエルの顔を見た。社殿の中でシトと話をしていたときには気付けなかったのだが、その顔面は真っ青だ。


「ポエルっ? 顔色が悪すぎだっぺな!」


 大翔が思わず声を上げるとポエルはにっこりと微笑む。しかしその微笑みは少し弱々しく感じられた。


「ご安心ください、ヒロト様」

「ご安心できねぇっぺ! 休め、休め!」


 大翔の言葉にポエルは困ったように笑みを深める。


「俺の部屋はシュベルトさんの隣なんだろう? だったらシュベルトさんに案内してもらうべ」


 だからポエルは、部屋で休めと大翔は続ける。そんな必死の大翔の気持ちが伝わったのだろう。ポエルは、


「では、お言葉に甘えて私は部屋に戻ります。シュベルト、ヒロト様のこと、くれぐれも頼みましたよ」

「かしこまりました」


 青白い顔で大翔とシュベルトに言うと、自室へと戻っていったようだ。一階のロビーの奥へと消えていくポエルの背中を、しばらく見送っていた大翔だったが、


「参りましょう、ヒロト様」


 シュベルトに案内される形で屋敷の玄関ホール中央にある階段に向かった。二階のフロアに到着した二人は右手に延びる廊下を進んでいく。そしてある一室の前にやって来ると、


「こちらが、ヒロト様のお部屋でございます」

 シュベルトはそう言うとその部屋の扉を開いて中を見せるようにする。大翔が扉から部屋の中を覗いてみると、


(あ、鞄……)


 絨毯の敷かれた床の上に、部屋の内装からは明らかに浮いている荷物――大翔が持っていたスクールバッグがそこにはあった。

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