一、異世界への招待状④

「あぁ、言い忘れていたけれど、今この部屋の壁を、僕の力で透明にしているだけで壁自体がなくなったわけではないんだ」


 飄々とそう言うシトへ大翔は勢いよく顔を向けると、


「そう言う大事なことは、先に言っておけっ!」

「ごめん、ごめん。ヒロトがまさか、あまりにも見事に壁の方へ行っちゃうとは思っていなくて……」


 シトはそう言うと、先程の大翔の様子を思い出してか、クスクスと笑い出してしまう。


(このガキ……、いつか、シメる……!)


 大翔はこの自称神様であるシトへ、小さな敵意が芽生えるのを感じた。そのことに気付いているのかいないのか、シトはしばらくクスクスと笑っていたが、その笑いを収めると大翔が気にしていた緑の一角について説明を始める。


「あの緑の一角はね、なれの果て、だよ」

「なれの果て? 一体何のなれの果てだって言うんだ?」


 大翔は立ち上がりながら再びポケットに両手を突っ込んで、シトに尋ねる。シトは大翔を見ると少し恥ずかしそうに、しかし真面目な声音で答えた。


「農地、だよ」

「農地だって?」


 シトの話によるとこうだ。

 このジャポニア村は錬金術師たちが自分の技術を周辺の村々に売ることで生活を成り立たせていた。野菜や肉などの日々の食材については、先程大翔が見たダチョウもどきの大きな鳥のリチューと呼ばれるものが運んでくれている。


「だけどね、そんな生活を続けていたせいか、この村の財政が、ね?」


 そうなのだ。

 ジャポニア村の高度な技術力は確かにこの世界に必要不可欠ではあったのだが、それを買う場所が少しずつ減ってきてしまったのだ。それは別に、ジャポニア村から技術力を買わなくても、自分たちである程度のことがまかなえるようになってきたことを意味する。


「食べ物は毎日必要なものだけれど、技術はそうではなくなってきたんだ」


 求められることが減ってしまったジャポニア村の財政は少しずつ、真綿で首を絞められるようにゆっくりと悪化していく。需要と供給のバランスが次第に崩れていき、気付いた頃には食材への出費がとんでもないことになっていたのだった。


「そこで我々は、なんとか野菜や主食となるブロードの原料、トヘを栽培できないかと考えたのです」


 シトの言葉を継いでポエルが説明をしてくれる。

 村人たちは初めての農作業に気合いを入れ、いつも野菜を仕入れている村の見よう見まねで作物作りに着手した。


「そしてその結果は、ヒロト様がご覧になったとおりでございます」


 農地であったはずの土地は見事な緑に覆われ、一目でその農作業が失敗したことを伝えてくれている。


「困り果てた村人たちは、僕とポエルに泣きついてきたってわけさ」


 椅子の上に居るシトが言う。

 村を守るために存在しているシトはそんな風に泣きついてきた村人たちを放っておくことなど出来なかった。そのため今日、ポエルと共に農業に詳しい者の召喚の儀を行い、


「タイミング良く選ばれたのが、君、ヒロトってこと」


 シトは何でもないことのように言ってのける。


「ちょっと待てって! 俺は現実世界で学校もあってだな……」

「大丈夫、大丈夫! どうやらヒロトの世界とこっちの世界じゃ、時間の流れ方に大きなズレがあるみたいだから」


 そうシトに言われても、大翔には何がどう大丈夫なのかさっぱり分からない。分からないのだが、


(訊いたら訊いたで、俺の頭がパニックになるだけだべな……)


 そう思った大翔はこれ以上何も、シトには訊かないでおくのだった。自称とは言え一応神様が大丈夫だと言っているのだ。きっと、大丈夫なのだろう。


「で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」

「ヒロト様には、この村の農業がうまくいくように手伝って戴きたいのです。もちろん、タダでとは言いません」


 大翔の衣食住や身の回りの世話については、このポエルが保証すると言うのだ。


「どうか、このジャポニア村のために、力を貸してはくださいませんか?」


 ポエルはそう言うと深々と大翔へ頭を下げる。そんなポエルの様子に慌てたのは大翔の方だった。


「分かった! 分かったから、頭を上げろ!」

「それでは……!」


 大翔の言葉に顔を上げたポエルの表情が明るくなる。大翔は右手をポケットから出すと、自身の頬をかきながら、


「出来る範囲で協力するっぺな……」

「ありがとうございます!」


 照れながら言う大翔の言葉を聞いたポエルが、再び頭を下げた。


「じゃあ、話がまとまったと言うことで、ヒロト、これからよろしくね!」


 椅子の上でにっこりと笑って言うシトに、大翔は短く、おう、と返すのだった。

 シトはそんな大翔の様子に再び、パンッ! と両手を合わせる。すると大翔の目の前に壁が戻ってきた。あまりにも至近距離に壁が現れて、大翔は一瞬だけ驚く。


「ヒロトの衣食住に関してだけど、ここにいるポエルが面倒を見てくれるから。他に困ったことがあったら僕も協力するから、いつでもここに来て、僕を呼んでね」

「分かった」

「では、ヒロト様。お部屋にご案内致します。シト様、失礼致しますね」


 ポエルは大翔とシトへ言葉を投げると、広間に入ってきたときに使った急な階段に向かって歩き出した。大翔はそのポエルの背中を追う。階段を下りる直前に背後を振り返ったのだが、椅子の上に居るはずのシトの姿はもう、なくなっていたのだった。

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