一、異世界への招待状③

 この、どことも知れない建物は朱色を基調とした木造のもののようである。なんだか神社の社殿の中にいるようなイメージだ。大翔がそこに、入ったことはないのだが。

 ポエルはそんな社殿の中のような造りの室内を慣れた足取りで奥へと進んでいった。奥には昔の日本の古城にあるような、急な階段が上へと伸びている。

 ポエルはそこで一度立ち止まると、この不思議な室内を興味津々、見渡しながら歩いていた大翔を振り仰いだ。


「この先は、祈祷師のみが入れる神聖な部屋となります。その部屋へ、ヒロト様は入ることが許されました」


 そう言うとポエルは地面とは水平に、自身の手を組みあせて深々と大翔へ頭を下げる。その拍子に長く垂れているポエルの白いウサギの耳が、前方へと揺れた。


「お、おう……?」


 大翔はどうしていいか分からずに、間の抜けた声を上げてしまう。ポエルはそんな大翔へ、顔を上げてからにっこりと微笑むと、


「では、参りましょうか。シト様もお待ちかねでしょう」


 そう言って、目の前にある角度の急な階段を上っていくのだった。

 それほど長くはない狭い階段を、大翔はポエルに続いて登っていく。すぐに上の階へと到着し、広間のような場所に出る。その広間の奥、一段だけ高くなっている場所には誰かが座るための立派な椅子が置いてあった。今、その椅子の上には誰もいない。いないのだが、ポエルは椅子の前に来るとうやうやしく頭を下げる。


「お連れ致しました、シト様」


 ポエルがそう声をかけると、目の前にある椅子の上が淡く光ったように見えた。ぼーっと淡く光った後、その光が一気に強くなる。大翔はあまりの眩しさに思わず目の前に自分の腕を持ってくる。しばらく後、光が収まったのを見計らってゆっくりと腕を下ろすと、


「こんにちは! 初めまして、ヒロト!」


 先程まで誰もいなかったはずの椅子の上に、全身が真っ白な少年の姿がある。少年は髪までも真っ白で、しかしその見た目はポエルたちとは違って、限りなく大翔に近い、人型である。


「僕の名前はシト! この村の一応、神様、かな?」


 シトは弾む声で自己紹介をする。大翔は目をしばたたかせながらシトを眺めた。


「急にこの世界に呼んじゃって、ごめんね。ヒロト、驚いたでしょう?」

「呼んだって?」


 シトの言葉に大翔は思わずオウム返しで聞き返した。


 この理解しがたい現状を作り出したのが今、目の前にいるシトという少年なのだろうか?


 そんなことを思っていた大翔は相当難しい顔をしていたのだろう。シトは大翔の表情を見て困ったように微笑んでいる。


「このジャポニア村のある世界はね、君のいた世界とは全く別の世界になるんだよ」

「別の世界? 異世界ってことか?」

「そうなるね」


 シトは大翔の疑問に即答した。その答えを聞いた大翔の顔がみるみる蒼白になっていく。


(これって、異世界転生ってヤツなのでは……?)


 そう言った類いのものはアニメやマンガ、ライトノベル小説なんかで大翔も良く見かけていたし、仲間内でもそう言うジャンルにハマっている者はいた。いたのだが、まさか自分がその主人公のようになってしまうとは、昨日まで夢にも思ってはいなかった。


(はっ! ちょっと待てよ? 俺は今、めちゃくちゃリアルな夢を見ているのでは……?)


 そんな考えに至った大翔は、試しに自分の頬に右手で思いっきり平手打ちを食らわせてみた。




 パァン!




「ってぇ!」

「ヒロト様っ?」


 豪快な音を立てて自分の頬と手のひらに衝撃が走る。それを見ていた傍に控えていたポエルが驚いた声を上げていた。大翔はそんなポエルの言葉どころではなく、痛みに思わず声を上げ、その場にうずくまってしまう。


(なんだっぺよ……。めちゃくちゃ痛ぇじゃねぇか……)


 うずくまった大翔はヒリヒリと痛む頬と手のひらを感じながらそんなことを思う。


「ヒロト……。そんなことしなくたって、ここは本物の世界であって、君は本当に異世界に来てしまったんだよ」


 頭上からすがすがしいくらいに冷静なシトの言葉が降ってくる。


「君にはこの、ジャポニア村の救世主になってもらいたいんだ」


 シトはそう言うと、パンッ! と両手を合わせた。その瞬間、大翔たちを囲んでいた四方の壁が消え、大翔は初めて建物の外の様子を見ることが出来た。

 そこに広がっている外の景色は、一見すると道路も整備されており、建物もそれなりに建っていて、何か問題を抱えているようには全く見えない。

 大翔は立ち上がると制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、まじまじと外の様子を窺った。石畳で舗装された道の上を、見たこともない巨大な鳥が荷車を運んでいる。その鳥は、例えるならばダチョウのようだ。

 その大きな道の向こう側に目を向けると、


(ん? なんだべ?)


 異様に緑が生い茂った一角が目に入った。その一角の面積は相当広いのだろう。綺麗に整備された村の中で、その一角だけが荒れているように、完全に浮いているのだった。


「あれは、なんだべ?」


 大翔はその一角をよく見ようと歩いて行く。


「あ、ヒロト様! 動くと危な……」




 ドガッ!




「……っ!」


 ポエルの制止も虚しく、大翔は歩いた勢いのまま見えない壁に勢いよくぶつかり、再びその場にうずくまることとなった。


「だ、大丈夫ですか?」

「……」


 大翔はしたたかに打った額を抑えながら、恥ずかしさからポエルに返す言葉が見つからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る