一、異世界への招待状②

「おぉ……! さすがはポエル様……!」

「本当に召喚されてしまわれた……!」

「シト様とポエル様に、祝福を!」


(ん~……。うっせぇな……)


 大翔は自分の周囲がやけにざわついていることに気付いた。ピクッと眉根を寄せてゆっくりと目を開けてみる。そこには、


(……、谷間?)


 豊満な胸の持ち主にだけ許された、指がすっぽりと吸い込まれてしまうのではないかと思えるほどの谷間が見える。


「大丈夫ですか? 言葉、分かりますか?」


(……は?)


 大翔には、目の前の谷間が喋ったような気がした。その声は高く澄んだ、美しい少女のもののように感じる。そこまで思考した大翔の意識がゆっくりと覚醒していき、


「乳――っ!」


 思わず叫んだ大翔は、身体をガバッと勢いよく起こす。

 大翔の心臓は突然現れた谷間にバクバクと早鐘を打っていた。


(なんだ、なんだ? 俺は確か、さっきまで喧嘩していて……)


 そう、ヤンキーに絡まれた大翔はいつものように喧嘩をしており、


(それから、後ろから一発殴られて……)


 その拍子に気絶してしまったのだ。


(と、言うことは、ここは、病院か何かか?)


 その割には先程、かなり騒がしかったような気がする。


「あの、もし?」

「は?」


 ぐるぐると回る思考の中、大翔は再び谷間から美しい声で話しかけられた。いや、正確には谷間の持ち主から声をかけられたのだが、今の大翔にはそこまで考えを及ばせる余裕がない。


「どこか、具合が悪かったりなさいますか?」


 なおも谷間から声をかけられた大翔は、そこでようやく視線を上に持って行き、眼前に現れた声の主の顔を見る。そしてその様相に言葉を失った。

 目の前の少女の頭からは二本の垂れた、白いウサギのような耳が生えている。サファイアを思わせるブルーの瞳はまん丸で、さながらウサギを擬人化したようだ。ピンクブラウンの髪は長く、腰の下まであるように見える。服装は巫女のような格好である。


 そこまで見てから大翔は再び、目の前の美少女の顔を見上げた。美少女は少し不思議そうに大翔を見つめていたが、目が合うと優しく微笑んでくれた。


「私は、このジャポニア村で祈祷師をしています、ポエルと申します。失礼ですが、言葉が分かるようなら、あなた様のお名前を教えて戴けませんか?」


 目の前の垂れウサギ耳の美少女は、自らをポエルと称した。大翔はそのポエルの言葉にはっとし、


「俺は、大翔」

「ヒロト様、ですね!」


 大翔の名を聞いたポエルと名乗った目の前の美少女が歓喜の声を上げた。それから大翔に目線を合わせるようにしゃがんでいた上体を起こすと、


「救世主の降臨です! 皆さん、ヒロト様に拍手を!」


 ポエルの朗々とした宣言に、今まで状況を静観していた周囲から歓声が上がる。大翔はその歓声に驚いて周囲を見回すと、


「ポエル様、万歳! シト様、万歳!」

「救世主に、祝福を!」


 様々な髪色と目の色をした老若男女が大翔とポエルを中心にして囲み、こんなことを口々に言いながら万歳をしたり、拍手をしたりしている。

 大翔はこの状況に完全についていけない。

 一体今、自分の身に何が起きているというのだろう?


(救世主……?)


 謎が謎を呼ぶ現状の中、今まで影のようにポエルの傍に佇んでいた男性がスッと前に出てくると、その手を叩いてざわついていた観衆の注目を集めた。それから低く、よく通る声で、


「召喚の儀はこれにて終了となります。ポエル様はただいまより休まれますゆえ、皆様、解散をしてください」


 そう言った謎の人物の頭上にも、髪の毛と同じグレーの色をしたウサギの耳が生えている。


(こっちは、真っ直ぐ伸びたウサギの耳……)


 大翔は現実離れしすぎた眼前の状況に呆けてしまう。

 真っ直ぐに伸びたウサギの耳の、ロマンスグレーのジェントルマンは、そんな大翔には目もくれず、集まっていた観衆を散り散りにさせていく。

 呆然とその様子を眺めていた大翔だったが、すぐ傍で視線を感じてそちらへと目線を転じた。すると至近距離で、じーっとしゃがんでこちらを見つめているポエルの姿があった。

 大翔はどうしても、少しはだけているポエルの胸元へ視線がいきそうになるのを必死に堪えて、サファイアが埋め込まれていそうなブルーの瞳を見つめ返した。


「な、何か……?」

「ヒロト様は、ジャポニア村をご存知ですか? 何の変哲もない、小さな村なのですが」

「ジャポニア、村……?」


 聞き慣れない地名に大翔は目を白黒とさせてしまう。その大翔の様子を見つめていたポエルは、


「シト様の仰るとおり、ヒロト様は何も分かっていない様子ですね」


 ポエルはそう言うと、すくっと立ち上がり、座ったまま呆けている大翔へと言葉を投げかけた。


「立てますか? ヒロト様」

「あ? あぁ……」


 大翔はポエルへと返事をすると、学ラン姿のまま立ち上がった。腰ばきにしている制服のズボンの裾は地面にこすれ、少し破れてしまっている。しかし大翔はそんなことはお構いなしで、がに股でポエルの後ろを付いて行く。どうやら大翔は、何かの建物の中にいるようだった。

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