第15話 強さの理由
「そろそろやばいな」
ミリエラさんの攻撃のキレが増してきた。徐々にガードが不十分になり、攻撃を避けるのも危うくなってきている。ようやく、相手のリズムとクセとパターンも把握したと思った矢先にこれである。
それならと、 猛攻撃をしのいで距離を置く。
「トーラス、アレ使うよ」
「
「もちろん、加減はするさ。このまま針の穴を通すような細かさと集中力が必要な長期戦を覚悟してもいいんだろうけれど、それじゃあ消化不良になりそうだよ。僕も、ミリエラさんも」
「……しかし」
「トーラスも気付いているだろう? ミリエラさんのあの闘気。あれはすでに本来の目的から大きく逸脱している。おそらくあれがミリエラさんの本性なんだろうね。こちらもそれに応えなきゃ失礼に当たるんじゃない?」
「はぁ……、仕方あるまい。手心は十二分に加えることにしよう」
「話が通じたようでなにより。それじゃあ、やろう」
臨戦態勢を維持しつつも、僕達の話し合いを待っていたであろうミリエラさんの方へ向き直る。彼女からは、いつもの笑顔の裏に妙な迫力を感じた。
「準備は整いましたか~?」
「ええ、バッチリです。お待たせしました」
じりじりとお互いに、攻撃がギリギリ届くであろう距離まで詰め寄った。これが最後の攻防であることは直感的に分かった。それは多分相手もそうなのだろう。今までとは比べ物にならないくらいの覇気が伝わってくる。
集中力がピークに達していってるのか、辺りは静まり返っていたように聞こえた。
一刹那が過ぎてその時が来た。
「『
「奥義
凄まじい衝撃音が飛来した。その後にやってきた突風で数秒間目を向けることが出来なかった。凪の空間に戻った後に気付いたのは、お互いに最大攻撃を放ったであろうにもかかわらず、無傷だったことだ。
それもそうだ。両者の間を閉ざすように数十本のクナイ状の武器から成る盾によって阻まれていたのだから。
「……何をなさっているんですか?」
底冷えするような声を聞いてようやく記憶の片隅に追いやっていた存在を思い出した。僕達二人以外にも人が居ることを。
「今、お二人とも明らかに軽傷では済ませるつもりありませんでしたよね?」
気温が氷点下になったように錯覚した。雰囲気のあまり、思わず身震いしてしまった。
「……い、いや、ちょ、ちょっとテンションが上がっちゃって思わず? みたいな?」
「へぇー。では、
「すみませんでした!!」
ミリエラさんのとは別種の凄みを
「ミリエラ?」
「は、はい~」
名前を呼ばれただけなのに、ミリエラさんはビクンって体を振るわせながら目線を
「『
「そ、それはですね~……、そう! 実践さながらの緊張感がないと~、せっかくの
「あのままでも十分に緊張感はあったはずですし、本来の戦闘前に余計な負傷を残すべきではないと思いますが?」
「うぅ~」
必死の思いで絞り出したであろう言い分をバッサリ切り捨てられ、ミリエラさんはうなだれてしまった。
「普段のあなたならちゃんとした理由があって行動なさっているはずです。ですから、今回ももちろん理由があるんですよね? 私が納得行くような大層な理由が」
「も、申し訳ございませ~ん!!」
二人して、額を地面ギリギリまでこすりつけるように土下座した。
今回得た教訓。
◆
「
あの後、
「そうですね、とりあえず僕には色々足りないものが多いと感じました。対人同士の実戦経験であったり、戦闘技術であったり、心構えであったり………。ほんと、色々」
先の戦いを振り返って、僕はある決意を固めた。
「ミリエラさん」
「は~い?」
「お願いがあります」
「なんでしょう~?」
「僕を、ミリエラさんの弟子にしてもらえませんか?」
「弟子……、ですか~」
人差し指を頬に当てながら、少し首を傾けて思案しているようだ。
「それでは幾つか質問しますね~。まずは何故そのように思い当たったか~、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか~」
「僕の周りであのような的確な指導をしてくださる人が見当たらないことですね。このまま独自に鍛錬を続けても限界があると思いますので、ミリエラさんのような人に見てもらいたいです」
「そうなんですね~。そのように評価してもらえるのはありがたいのですが~、私自身結構忙しい身でして~、指導するにも十分な時間が取れそうにないんですよね~」
「他に仕事があるなら可能な限り手伝います。それで余った時間のほんの少しだけでもいいので、割いてもらえると」
「ふむふむ~。どうやら~、ただの思い付きでの発言ではなさそうですね~。それでは最後に質問いたしますね~。
「え……」
それまでスラスラと話せていたが、想定外の問に思わず言葉を詰まらせる。補足するようにミリエラさんは続けた。
「強くなりたいと願うその想いは~、それ自体なんら不自然ではありません~。ただ~、あくまでそれは手段です~。強さを求める目的とでも申しましょうか~、それを聞かせてほしいのですよ~」
確かにその通りだ。僕の中には強くならなきゃと、漠然とした焦燥感があった。しかし、改めて考えてみると、そう考える原因に思い当たらなかった。
「……わかりません。ただ、強くなりたいという想いが自分の中にあるのは確かなんですが」
「そうですか~。残念ですが~、
「強くなるのに理由が必要なんですか?」
話を断られてしまったこともあり、多少食って掛かったような口調になってしまったが、ミリエラさんはそれを気にしたそぶりはなかった。しかし彼女は、寂寥感や悲痛さ、慈愛等が入り混じったような瞳をしていた。
「あくまで勘違いしてもらいたいわけではないのですが、私は
いつものほわっとした雰囲気ではなく、真面目な口調で、かつ丁寧に理由を述べてくれた。そうさせるほど、彼女にとっては大事なことなのだろう。感情的になってしまっていた先ほどまでの自分自身に羞恥心を覚えた。
「分かりました。それじゃあ、もし、理由が見つかったら指導してくれますか?」
先ほどミリエラさんは『今は見送る』と言っていた。それなら、十分な答えを示せば提案を受けてもらえると考えてのことだった。
「もちろんですよ~。
丁度手当も一通り終わり、言葉通り彼女は部屋を出た。
「ねぇ、トーラス」
「なんだ、
「僕って凄くダサいよね。時々、あまりの幼稚さに憐れみですら感じるよ」
「人間は誰しも欠点はある。だからこそ、それを踏まえてどう行動に移すか。そこにその人間の真価が問われるのだと私は思う」
「やっぱり君は正論というか、あるべき論というか、人間の弱さを念頭に置かない考え方をするよね」
「その言い方だと私は
「別にいい。そんな大した話じゃないから」
僕はただ、否定してほしかった。フォローしてほしかった。慰めてほしかった。でも、それを直接伝える気分にもなれなくてぶっきらぼうに断った。自身のこの面倒くささも相まって余計に気分が沈んだ。トーラスもそれ以上は口を開かず、沈黙だけがその空間に残っていた。
「覚えているか? 私達が邂逅を果たした時のことを」
突如として、相棒が別の話を切り出してきた。
「何急に? 忘れるわけないじゃん、あんなこと」
それは約半年前の、僕の運命が大きく変わった日のことだった。
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