第14話 型破りと型無し


 闘技場の中央でお互いの戦闘準備が出来たことを確認した。

「それでは第二戦目、よーい、……はじめ」

 沖美おきみさんの合図と同時に僕は一気に距離を詰めて、ミリエラさんのふところへ潜り込む。


「これほど、近ければ銃のたぐいは使いづらいでしょ」

 先手必勝とばかりに、刃を一振りしようとする。

「考えましたね~。でも~、私がいつ銃だけの人間だと申しました~?」


 しかし、その攻撃はあっさり腕を掴まれて失敗に終わる。さらに左足を蹴り上げて追撃しようとするが、もう片方の腕ではばまれてしまった。


(ヤバい、捕まった! それにこの握力……、振りほどけない!)

 そう思った瞬間、急に力を抜かれてしまい、バランスを崩された。体が宙に浮き、ミリエラさんから掌底しょうていを叩きこまれてしまう。


「グハッ!」

 そのまま後ろへ数メートル吹き飛ばされてしまった。すぐさま体勢を整える。


「攻撃と同時に後ろへ下がってダメージを軽減しましたか~。やりますね~。それでは~、次はこちらから参りますね~」

 また銃撃が来ると判断し、急ぎ左斜めに移動する。相手の攻撃を警戒しつつ、接近する攻防一体の行動だったが、その場所に先回りされてしまった。


(移動先が読まれた? うそでしょ! 一秒も費やしていないのに!)


 攻撃に備え咄嗟とっさにガードするが、ミリエラさんの真下からのキックにより両腕が無理矢理上に持ち上げられてしまった。その隙を突かれ、再び掌打しょうだをくらう。


 今度は思いっきり吹き飛ばされ、端の壁に背中がぶつかり、そのまま地面にへたり込む。

(強すぎる! トーラスの身体能力付与のさらにその上を行くなんて、化物か!?)


安久谷あくや すい様は~、その戦闘スタイルをどこで習いました~?」

 ミリエラさんの力量に恐れおののいていると、思わぬ質問が来た。

 

「いえ、独学ですね。師匠や教わる相手がそもそもいませんし、トーラスはあくまで力の使い方を教えてくれるだけですので」

「やはりそうですか~。率直に申し上げますと~、安久谷あくや すい様の今の戦い方は~、無駄が多くて癖がありま~す。つまり~、型というのがありませ~ん。それこそが勝てない理由で~す」

 ゆっくり近づいて来た彼女はニコニコしながら、僕の戦い方の分析を始めた。


「例えば~、刃を振り下ろす動作にしても~、余分な力が入ってしまって~、斬撃スピードが遅くなっています~。移動する時も~、つま先の向きや足の力の入れ具合から~、どの方向にどれだけ移動するか見破られやすいで~す。防御する時も~、構えが中途半端ですので~、ちょっとつついたら~、すぐ崩れちゃいま~す。他にも~」

「分かりました。俺が弱いことはもう十二分に分かりました」

 さすがにここまで力量の差を見せられると、逆に悪い気分はしなかった。どうあがいても勝てない相手にこのような気持ちを抱くのは不思議ではあったが。


「自身の未熟さを擁護ようごするわけではないですが、逆に型にない動きだからこそ相手を翻弄ほんろうすることも出来るんじゃないですか?」

「確かに~、そういうこともあるかもしれませ~ん。でも~、それは小細工というものですよ~。慣れれば動きは見切られますし~、それ以上にデメリットが大きいですね~」

「小細工……ですか。確かにその通りですね」

「は~い。ご存知かとは思いますが~、型破りと型無しは違いますよ~。型を知っているからこそ、その動きが無駄かどうかが分かるのですよ~」


 返す言葉が無かった。所詮しょせん僕の攻撃なんてのは、付け焼き刃みたいなもので、それが誰にでも通用すると思っていること自体が滑稽こっけいなのだろう。


「【アンチ】でも下級レベルならそれでも戦えたんでしょうけれど~、ある程度武芸に精通している相手だと~、まったく歯が立たないですよ~。そして~、『咆哮する熊ロアー・ベアー』含め~、安久谷あくや すい様がこれから立ち向かおうとする相手は皆そういうものだと思ってくださ~い」


 今までは戦い方を見直すという発想がまったくなかった。身体能力と【絶列グランド戦技アーツ】でゴリ押しすれば問題なく勝てる相手としか戦って来なかったからだ。

 しかし、このままじゃ勝てないのなら、変えるしかないんだ。


「ミリエラさん」

「は~い?」

「もう一本、お願いします」


 正直な話、実力を考慮すれば、今の状態で手合いに臨んでも得られるものは少ないだろう。でも、この気持ちを抱えた今だからこそ、何か変われるのではないかと、いや、変わらないといけない!


「いいですよ~」

「ありがとうございます」


 再び所定の位置に並び、構える。沖美おきみさんの合図をもとに開始すると、ミリエラさんから距離を取った。


「今度は~、こちらから参りますね~」

 強者の壁が迫る。


   ◆


「まさかこんなこと展開になるなんて」

 安久谷あくや君とミリエラの手合せについて、正直そこまで関心を持てなかった。ミリエラの強さは『白梟ホワイトアウル』の大半が知る所だし、一戦交えた安久谷あくや君の実力もほぼ予想通りだ。

 二人の実力差を考慮すれば一方的な展開になるのは明白であり、見知った二人の戦闘を見届けたところで、自身が得られるものは少ないだろうというのがその理由だった。

 しかし、私のその考えはすぐに打ち砕かれた。


「長い! あれから五分は経っているはず」

 最初の二本とは打って変わって、こう着状態が続いていた。安久谷あくや君のが変わったからだ。


「確かに一回も攻撃せず、終始防御に徹していればある程度は持つ。でも、それだけじゃない! 。それに……」

 本来なら、ミリエラほどの熟練者がそれを打ち崩せないはずがない。時にはガードブレイクのための一発を放ち、時には多重攻撃でスキを作らせようとしているのに安久谷あくや君がすぐさま対応し、防御態勢に入る。

 それが少しずつ、だが確実に動きが良くなっている。無駄もクセも粗もどんどん目に見えて少なくなってきた。


「それに、どうして彼の動きにミリエラの姿が重なるの!?」

 疑問を口にしながらも、その答えはすでに導いていた。


「型を模倣していっている。この短時間の戦闘の中で!」



(いえ、模倣コピーだけじゃないですね。これは)

 安久谷あくや すいと交戦しているからこそ、ミリエラはより彼の本質に近づいていた。


(型をアレンジして、流派にはない動きを繰り出すようになってますね)


 守破離しゅはり。武道等における修行の段階を示した言葉である。教わった型を「守」り、他流派等を模索することで既存の型を「破」り、既存の型に囚われることなく型から「離」れることを指すこの言葉がミリエラの脳内をよぎった。


守破離しゅはりを尋常じゃないスピードで行っていますね。それを可能にしているのは、安久谷あくや すい様の目と頭脳ですね)


 三本目の手合せが始まって、人が変わったように攻撃してこなくなったのに、それまで以上に圧力があった。その出処である彼の眼により、動きを観察されているのであろうと推測したまでは良かったが、その想定を上回り過ぎた。


(あれは「観察」なんて生易なまやさしいものではなかったですね)


 丸裸にされているような気分だった。全身の筋肉を、神経を、細胞を余すことなく把握されそうな、そんな感覚。

 歴戦の猛者と矛を交えてきた彼女にとって、自身の動きを見られ、読まれることは当たり前のようにあった。

 しかし、今ほど悪寒が走ったことはない。正直、その本質に迫った今もどこか信じきれない自分が居る。


(まさか、この無天溟海むてんめいかい流ですらも取り入れられようとは)


 無天溟海むてんめいかい流。

 古今東西の様々な流派を取り入れてきた経緯から、多岐にわたる動きと幅広い手数で相手を圧倒するというコンセプトを持つ。それが彼女の戦闘スタイルの基礎をなすものだ。

 その経緯故に彼女はすぐさま彼の本質に近づくことが出来たわけではあるが、同時にどこかおごりに近しいものがあった。この流派が取り入れられることもないだろうと。


(この世に利用されないものがあるとも限らないのに、そんなことすら忘れていようとは私も修行不足ですね)


 戦闘のさなか、他のことに思考のリソースを割くのはあまり褒められた事態ではないことをミリエラは知っている。集中力の欠如とみられかねないためだ。

 それでも、彼女はそれを止めようとはしなかった。


(まだ原石といっても差し支えないでしょう。ただ、今後の成長次第ではもしやすると本当に私達の悲願を果たせるやもしれませんね)


 片鱗は見えた。その潜在能力ポテンシャルの底がどこまで深いかという好奇心。彼女の胸中で最も渦巻くのがそれだった。


(さぁさぁ、見せてくださいよ。貴方の力の全てを!)


 攻撃のギアをもう一段階上げる。模擬戦における加減した威力ではなく、実践的な、まともにくらえば致命傷となり得るほどの技を繰り出す。

 ミリエラ・スタンスフィールド。浮遊感のある仮面の下に隠された彼女もまた戦闘に魅入られた獣だった。

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