第13話 油断と慢心


 ミリエラさんの案内にしたがって、僕達は地下闘技場に来ていた。中央の闘技場は、半径五十メートル強の円形で、外周にあたる部分には二メートルほどの高さを持つ石の壁で囲まれている。

 それより外側は観客席になっているようで、石のベンチがまんべんなく並んでいる。ベンチの隙間にある直列の階段を下りて闘技場の内部へ入った。


「えっと、本当に手合せするんですか?」

「はい~。模擬戦もぎせんとはいえ~、遠慮せず全力出してくださいね~。じゃないと~、重傷になりますよ~」

「まいったな」


 いくらミリエラさんの挑発に乗った形で始まったからか、今回の戦闘は乗り気ではない。相手が女性で味方同士の上、ゆるゆるな雰囲気を出しているので、どうにも気が引き締まらなかった。


「油断大敵だぞ、すい

「わかってるよ。武装展開‼ 断ち切れ、トーラス!」


 相棒の警告を受けつつ、僕は位置に着いて構える。数メートル先で同じように戦闘モードに入っているだろうミリエラさんの方を向けると、無邪気な笑顔を浮かべていた。


「それでは私が開始の合図を行います。準備いいですか?」

「オッケー」

「大丈夫で~す」


 観客席から沖美おきみさんが仕切ってくれるようだ。ありがたい。


「よーい……、はじめ」


 まずは相手の出方を伺おうと、距離を置いたその瞬間に子気味の良い音が聞こえた。僕の頬をギリギリでかすめていった。


「あらあら~、外れちゃいました~。ざんね~ん」

「初手ライフルって何!?」

 いつの間に取り出したのか、ミリエラさんの両手にスナイパーライフルが握られていた。ストック部分が茶色となっているため、木製だと思われる。


「大丈夫ですよ~。実弾ではなくゴム弾なので当たっても死にはしませ~ん。ただ~、超痛~いですが~」

「あんまり嬉しいニュースじゃないんですけど」


 言ったそばから断続して、弾が襲ってきた。銃声が闘技場内で鳴り響く。大きく横に移動して避けるも、全てを対応しきれずそのうちの一発が胸元にあたる。


「いっっってぇー!」

 あまりの痛みにその場でうずくまりそうになった。気力を振り絞ってなんとかこらえる。今度は空砲くうほうが聞こえた。


「弾切れですね~。それじゃあ~、次は~」

 ライフルを端に捨てると、袖の下から拳銃を二丁にちょう取り出してきた。

「この子達の出番で~す」


餌食えじきになってたまるか」

 銃を使う相手に距離を空けてはこちらが不利のため、身体能力をフルに使って相手の元へ接近する。その途中で何発も打たれるも、全弾をなんとかかわす。


けるの上手いですね~」

「さすがに弾を見てからじゃ遅いけど、銃口の角度と引き金を引くタイミングが分かれば、それほど難しいことじゃない!」

 後数メートルの距離になって向こうが弾切れを起こしたのか、カートリッジを捨てて、手元に飛んでいた新たなそれを装填そうてんしようとしていた。


「そこだぁああ」

 隙を突いて、刃を振り下ろそうとした。向こうは装填そうてん完了し、銃口を向けていた。どれだけ早撃ちクイックドローに長けていても、ギリギリこちらの方が速いという確信はあった。


「甘いですよ~」

 ミリエラさんが足を上げると、弾丸が飛び出して来た。


(しまった!)

 気付いた時にはすでに遅く、その一発が直撃して動きが鈍ってしまった。

「隙ありで~す♡」

 そこからは弾丸の雨が降り注いだ。十分に身動きが取れなかった僕は全て被弾した。


「くはっ……!」

 衝撃で後ろに吹き飛ばされ、一回転してうつ伏せに倒れ込んだ。

「え~い」

 そのまま距離を詰められ、ミリエラさんの足で背中を抑え込まれた。スカートの中身が見えたので視界に写すと、太股ふとももに簡易的なホルスターで巻かれた拳銃が見えた。


「ミリエラさんって所属何処どこって言ってましたっけ?」

 状況を無視した軽口を叩く。明らかに素人の動きではなく、愚痴ぐちをこぼしたくなったのだ。

「諜報部門所属ですよ~。ただ~、三ヶ月前まで戦闘部門に四年ほど勤めてました~」

「どおりで。人材配置おかしいでしょう」

「それは上の命令ですからね~、そういうこともありますよ~。あと~」

 いつもの無邪気な笑顔とは別種の笑みを作っていた。


「乙女のスカートの中を覗き見るのは~、めっ! ですよ~」

 頭に数発ぶち込まれた。










「僕、どれだけ寝てました?」

 意識を取り戻して起き上がった。どうやら、ゴム弾を受けて気絶していたらしい。背中が痛いと思ったら、観客席のベンチで仰向けになっていたようだった。

 近くに座っているミリエラさんを見かけ、開口一番に聞いた。

「ご安心くださ~い。ほんの四、五分ですよ~」


 それは安心してよいのだろうか、ふと疑問に思ったがそれは脇に置いた。思ったよりは時間経っていなかったらしい。

「今回の~、敗因は何だと思いますか~?」

「油断、それに尽きると思います」


 勝負の前から、心のどこかで慢心があった。相手が女性だからいざとなったら膂力りょりょくでねじ伏せられるだろう。ミリエラさんだから激しい攻撃はしてこないだろう。味方だから手心を加えてくれるだろうと。

 そんな都合のよいことになるとは限らないのに。トーラスにもミリエラさんにもあれほど注意されていたのに、僕は聞く耳を持たずにいた。

 だからこそライフルの使用で主導権を奪われたし、一転チャンスとなって攻めれば他にも武器がある可能性を考慮しなかったためにピンチにおちいった。袖から拳銃を取り出した時点で、他にも武器を隠し持っていることは容易に想像できたはずなのに。


「そのとおりで~す。相手がどうであれ~、始まる前から過小評価するのも過大評価するのも厳禁です~」

「過大評価もですか?」

「は~い。必要以上に相手を意識すると~、体がこわばって普段通りの動きが出来ませんからね~」


 あまりそのような相手に出くわしたことがないので実感が湧きづらかったが、そういうこともあるのだろうな、と心に留めた。


「いずれにせよ~、対敵の力量を正しく測らずに挑むのは~、場合によっては自殺行為とお考えくださ~い」


 その通りだと、打ちのめされた今、なおさら身に染みた。有史以来、格下とあなどって敗戦を期した例は、枚挙まいきょにいとまがない。勝負の世界において油断や慢心というのは、明確な敗因の一つであることが伺えた。


 そのように考え込んでいたところに、ミリエラさんから思いもよらぬ発言が出た。

「それでは~、第二ラウンド行きますよ~」

「えっ!? またやるんですか?」

「そうですよ~、だってまだ『咆哮する熊ロアー・ベアー』の幹部達に劣る理由を教えてないですし~」


 そういえば、そもそも手合せをする契機となったのがそれだったことを思い出した。


「勘弁してください」

 思わず弱音がこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る