第12話 忍び寄る影


 安久谷あくや すい達が『白梟ホワイトアウル』で話し合いをしていた時とほぼ同時刻にて、クラン『咆哮する熊ロアー・ベアー』では、男達は盛り上がっていた。長方形のテーブルを囲うように座り、直近の出来事について談笑していた。


「おかしら、今回の仕事も上手くいきやしたね。ほんの七、八人さらっただけで、こんだけ報酬が出るとはちょろいもんすね」

「あったりめーだろ! なんせ相場の何倍もたっけぇ値段ふっかけてんだからよ」

 おかしらと呼ばれた男、金剛寺こんごうじ けんも例にもれず、美酒と仕事の成功にいしれていた。


「さっすがー、おかしら、やることえげつねぇっすわー」

「だろー、ワッハハー」


 金剛寺こんごうじの背丈は百八十センチはあろうと思われた。腕や胴、太股ふとももは丸太ほどの大きさで、粗野そやな物言いも相まって、どこか野生的な雰囲気が漂っている。


「そういやてつ、あとどんぐらいで目標金額になる?」

「ざっと、後二百万ってところでしょうね」


 てつこと堂島どうじま 哲也てつやは脳内のソロバンをはじき出した。彼はこのクラン幹部であると同時に財政面の責任者も担っていた。

 ツーブロックやサングラスに加え、ストライプの入った灰色のスーツを着込んでおり、インテリヤクザという言葉を体現した風貌ふうぼうである。


「そりゃいい。これでまた一歩躍り出るってわけだ。さぁ野郎ども、今日は飲め飲めー! 今回のヤマ終えたんだ、盛大せいだいに祝おうじゃねぇかぁ!」

 部下達の大きな歓声とともに、酒もどんどん進んでいく。


 力こそ正義だ。金剛寺こんごうじはつくづくそう実感する。

 武力があれば、どんなムカつくやろーでも叩き潰せる。財力があれば、金より大事な物を奪うことが出来る。知力があれば、相手をだますことが出来る。

 力なき者は何も手に出来ず、食い物にされる。それがこの世の真理だと彼は知っている。このクランを作ったのもそれ故にであった。

 

「おかしら? いかがなさいやした?」

 普段とは違う様子に、別の部下が気遣う。

「なんでもねえ。だんまさはどうした?」

 他の幹部の姿が見えないことに気付いた金剛寺こんごうじは今になって所在を確認する。


だんさんは別仕事の後片付け中で、雅史まさしさんはスカウトしにらってます」

「かぁー、仕事熱心な奴らだぜ。まぁ……、だからこそあいつらに任せられんだけどな」


 クランを立てた当初は裏方仕事含め全てを一人でこなしていたが、それも早くに限度が来た。元々器用に物事をこなすタイプでもなかったというのもあり、どれも中途半端なままに終わったのである。

 部下の適性や性格を無視した仕事を振ったり、最後の最後に他のクランに手柄を横取りされたりと、時には失敗を重ねながらも試行錯誤を経てようやく今の体制に仕立て上げたのだった。それまで短いようで長い時間を費やしたような気がする。


 そんな時代もあったなと、金剛寺こんごうじ懐古かいこの念に浸っていた。クランマスターの心中と真逆をいくように、メンバーのほとんどがワイワイガヤガヤしている。そんな中、ピピっというその場には似つかわしくない電子音が鳴った。

「おかしらー、仕事の依頼したいってメール入ってやす」

「おー、なんだなんだ」

 

 金剛寺こんごうじは自身の腕時計型デバイスにて、依頼のメールを読み込む。

 読み終えたであろうタイミングで部下から質問が来た。


「今度はどんな依頼なんすか?」

「なあに。また大した話じゃねぇよ」

 クランマスターの彼は何の後ろめたさも感じさせないような、世間話でもしているトーンで概要がいようを伝える。


「なんでも、安久谷あくや すいとかいうガキをぶちのめせってよ」

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