第10話 要請


「どういう……ことです……か?」

 彼の発言は僕から平静を奪った。思った事がいつの間にか口からこぼれ出ていた。今一度問う。


「それはどういう意味ですか? 答えてください、氷見ひやみさん!」

「興味持ってくれはった? せやけど、今のままやとなんも教えられんなぁ」

 問い詰める僕とは正反対に、氷見ひやみさんの態度は余裕に満ちていた。その様子がますます僕を苛立いらだたせた。


すい、落ち着くんだ。感情に任せても事態は好転しない」

「わかってる!」

 トーラスからの忠告をぶっきらぼうに返した。そんなことは分かっているのだ。しかし、様々な疑問が頭を占めているのにすぐに解決できないもどかしさから切羽詰まって仕方ないのだ。


(どうしてつかさちゃんのことを知っている? どうして彼女に関する情報を求めていることを知っている? どうして僕達の状況を把握している? どうしてどうしてどうして)


 そんな中、右ポケットからバイブレーションが鳴った。


(くそっ、こんな時になんなんだ)

 悪態をつきながら、スマートフォンの画面を見ると九希かずきからのメッセージが届いていた。


つかさの友達や同級生に聞くだけ聞いてみたけど、誰も知らないって。やっぱりその手の専門家に頼るしかねぇのかな』


(なんだって!? まさか最悪の事態になるとは。……待てよ、専門……家?)


 その単語から連想されるのは、一人。『福代ふくしろ うろ』なる人物。そうだ。万一の場合は、その人を頼るということにしていたではないか。それから落ち着きを取り戻し、眼前の人物を見据える。


「やっぱり、いいです。こちらにも当てがないわけではないので」

 振り返ってそのまま立ち去ろうとしたその瞬間、声を掛けられる。


「ほぉ。ちなみにやけど、『福代ふくしろ うろ』いうんはボクらのことやから、何の解決にもならんよ」


「は……?」

(どういうことだ? 何故僕の思考が読まれている!?)

 このタイミングでの発言はどう考えても偶然ではない。もしかすると、これまでの僕達の行動が把握されているのかもしれない。

(一体いつから狙われていた……?)

 動揺がぶり返してきたが、そんなことはつゆ知らずといった口調で続けられる。


「聞こえんかったか? 要するに、あれは『白梟ホワイトアウル』の諜報活動の一環なんよ。『福代ふくしろ うろ』っちゅう個人名義で活動しとるだけや。

 ああ、それとも警察にでも捜索そうさく依頼する予定やった? それは無謀むぼうってことくらい自分も分かっとるやろ?」


 ニュースで見聞きした内容とトーラスからの話を総合した結果だが、【アンチ】による事件が各地で行われているため、警察内での人的リソースが充分でないそうだ。

 そもそも人外の存在による事件を人間が解明できるわけもなく、これまでも多くの場合が未解決事件として終わっているとのことだ。だからこそ、捜索そうさく依頼したとしても実行に移してもらえるかも定かではないし、仮に動いてもらったとしても徒労に終わるだろう。

 後半の氷見ひやみさんの発言はそのことを指している。


「なんで考えが読まれとるか不思議っちゅう顔をしとるな。残念やけど、その種明かしをするほどボクは親切やないで。で? どうするんや?」


(落ち着け、……落ち着け!)

 ただでさえ戸惑いを隠せないというのに、狙ったかのように容赦ようしゃなく決断を迫ってくる。正直、すぐに信用できるような相手ではないが、一方でこちらに打つ手がないのもまた事実である。

 いつもの僕ならもっとこの状況に慌てていただろうが、選択肢が無くなった分、なすべきことが明確になった。それが、かえってよかったかもしれない。


(考えろ!)

 氷見ひやみさんのこれまでの発言から、つかさちゃんは【アンチ】による事件に巻き込まれたと考えてよいだろう。そうであれば、ここは相手の要求をんだ方が良いと判断した。


「分かりました。手のひらを返すようですが、加入しましょう。

「ほぉ」


 彼は、最初から僕を『白梟ホワイトアウル』に入れさせる気満々だったのだろう。相手に不信感を与えるという点に目をつぶれば、見事な手口である。

 しかし全てが手のひらで転がされていると知りながら、すんなりうなずくほど僕は素直ではないし、それをよしとして割り切れるほどできた人間ではないのだ。


「まず、つかさちゃんの件が解決するまでの期限付きとすること。そして、その事件を僕の最優先としてもらうこと。無関係の事件で手を割かれていると判断した場合は、契約違反とみなしてこちらも反逆はんぎゃく行為に出ます。その条件でいいですね?」


 つかさちゃんの事件としょうして、体よく他の事件に駆り出ボランティアさせようとするのを阻止するための条件である。


 どういう反応をするだろうと様子見していると、氷見ひやみさんは口角こうかくを上げた。

「やっぱ自分おもろいなぁ。ええよ、その条件で。なんや難儀なんぎな性格しとるみたいやけどボクはきらいやないで、自分のそういうとこ」

「僕はあなたのこと嫌いになりそうですけどね」

「あっはっは。めっちゃハッキリ言うやん。ますます気に入ったわ」

「……」


 ダメだ。この人相手には主導権がにぎれない。それに、計算の上で行っているのか、それとも素でそうなのか、他人に苦手意識を植え付けるのが上手い。敵に回したくないタイプの一つだ。


「ほな、まずは約束守らんとなぁ」

 彼が指を鳴らすと、とある女性が現れた。


「お呼びでしょうか~。氷見ひやみ司令~」

 その女性はその場でゆっくりお辞儀じぎする。褐色の肌色と、薄紫色のロングヘアーが特徴的な女性であった。

 彼女は黒を基調としたロングスカートのワンピースに、フリル付きの白エプロンをまとい、胸元には金色に輝くブローチと赤色のスカーフを身に付けていた。いわゆるメイド服である。


「ミリエラ、人吉ひとよし つかさの事件に関してボクらが把握した内容について説明してもろて。この子の友人の妹なんやと」

「承知いたしました~。安久谷あくや すい様でいらっしゃいますね~。私は諜報部門所属のミリエラ・スタンスフィールドと申します~。以後お見知りおきを~」

「何故僕の名前を……、いや、やっぱりいいです。こちらこそよろしくお願いいたします」

 今更、僕の名前が知られている理由なんて聞くだけ無駄だと思った。彼らは僕が知らないあれこれを知っているのだから。


「それでは、会議室に案内しますのでご一緒にお越しくださ~い」

 ミリエラさんがアジトの奥へ歩き出した。チラッと氷見ひやみさんに視線を向けると、彼は何を思ったのかニヤリと笑っていた。


「ボクは別件あってのぉ。そっちへは行けんのや。後はよろしゅう」

「そうですか」

 それを聞いてホッとした。氷見ひやみさんと長時間一緒にいると心身に支障をきたすことが容易に手に取れたためである。

 あっさりと返事すると、そのままミリエラさんの後を追った。


   ◆


「やっとや」

 彼らを見届けた後、下準備が整ったことに胸を弾ませた。次は構想を実行するときである。


「ようやっと手駒やくしゃは揃うた。これでが進められるなぁ」

 アジトの中央奥で小さく響いた。

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