第8話 放課後での一幕


すい、この後用事ある? 例の件で調べたいことがあんだけど」


 翌日の校舎にてホームルーム終了後、九希かずきから予定を尋ねられた。つかさちゃんの件に間違いないだろうが、あいにくと僕は申し訳なさを全面に出す。


「ごめん、今日は先約があって。行かなきゃいけないところがあるんだ」

「そうか。・・・・・・じゃあ、明日は?」

「明日は空いているよ」

「じゃあ、明日久しぶりに俺ん家来いよ。そこで、話を詰めようぜ」

九希かずきの家? うん、分かった」

「約束な」

「うん、じゃあもう出るね」

 先に教室を出た相手を追い掛けるように早々と出て行った。彼女を待たせるようなことはしたくなかったからである。僕はそのことにばかり意識が向いていて、九希かずきが何を思っているか考える余裕が無かった。


「待たせて、ごめん」

 校門近くでたたずんでいた、かの人物に声を掛ける。実際それほど待たせたわけではないが、無難にそう言っておいた方が良いと思ったのだ。

 まぁ、そもそもの話をすれば放課後になった瞬間に彼女が即座に教室を出ていったため、校門まで彼女に追い付けなかったわけであるが。


「別に。ではついてきて」

 本当に気にしてない様子ではあったが、そんな風に言い残した後、僕の家とは反対方向に歩き出した。隣に立ち並ぶ勇気は流石になかったので、少し間隔を空けて後ろからそっとついていく。


(結構、引きずる方なのかな?)

 先程の様子から考えるに、敬語口調は取れても、まだどこかで敵対心がくすぶり続けている感じがする。そう思ったのは何も今の瞬間だけではない。授業の合間を縫っては、鋭い視線を彼女から感じていたからである。

 普段は人目を盗んでは、僕が彼女に視線を向けるのに、今日は全く正反対の立場になったのが、なんだか可笑おかしくもおそろしくも思えた。まさか彼女にそんな一面があるとは。


「数十分歩くけれど、はぐれないで」

「ああ、うん、分かった」

 彼女は道中ずっとこちらを振り返ることはなかったけれど、人通りが多い場所で少し僕が歩くペースを落とすと、彼女もペースを落としてくれたのが分かった。そんな人知れぬ気遣いが、地味な優しさが、密かな思いやりが彼女の性格を示しているように思えた。


(あぁ、やっぱり好きだなぁ)

 我ながら、気持ちの悪い感想を抱いた。例え悪感情を抱かれたとしても、僕に注目してくれたことが嬉しく感じるし、今も彼女と一緒にどこかに向かっているこの瞬間にドキドキしている自分がいた。


「着いたわ」

 彼女の言う通り学校から歩いて数十分して、郊外にある小さめな喫茶店にたどり着いた。看板には『divan』と書かれている。扉を開けると、カランカランと音が鳴った。


「いらっしゃいませ。おー、沖美おきみ君か。久しぶりだね」

「数ヶ月くらい来てなかっただけでは久しぶりとは言わないですよ、マスター」

「あー、ほぼ毎日来ていた時期があったから、ついね」

「そうですね。ここ最近は色々と立て込んでいて、あまり余裕がありませんでしたから」


 マスターと呼ばれる人物は初老くらいの男性であった。所々白髪が混じっているが、整えられた髪形に上品さが、頬に深く刻まれた皺には優しさが現れているような人物であった。

 長袖の白いシャツに黒いベスト、首元には同色の蝶ネクタイを身に着けていて、いかにも喫茶店のマスターといったところだ。そんな印象を抱いていると僕に目線を向けて来た。


「ところで、そちらの男の子は沖美おきみ君の知り合いかな?」

 そんな質問が来てふと思う。僕と彼女の関係性は何になるのだろうか。彼女はどう返事をするのかソワソワしながら、チラッと横目で見ていると・・・・・・


「いえ、ただのクラスメイトです」

 きっぱりと否定された。ある意味当然の返答なのだが、そのことを差し引いても胸を貫く痛みが鋭い。

(知り合いで通してもいいのに、何故一回否定はさんだ。……うん、根に持ってますねー、これは)


「そ、そうか。・・・・・・そうだ、この前新しい豆を取り寄せてね。一杯いかがかな?」

 気まずい雰囲気を早々に吹き飛ばそうとマスターなる人物が話題を変えた。


「ごめんなさい、今日はの方に用事があるので、また今度でお願いします」

「そうか。それじゃあまた今度感想聞かせてもらおうかな」

「ええ。またの機会に」

 そうして店の奥に進もうとすると、とっとっ、と足音が近づいて来た。


紗綾さや姉様、お久しぶりですー」

「お久しぶりね、門音ゆきね

 とある女子が勢いよく沖美おきみさんに抱きつくと、それを彼女は、優しく受け止めながら返事をしていた。


「今日はどうされたんですか?」

2ndセカンドに彼のことを連れて来るよう言われてね」

「あの人がですか・・・・・・?」


 そういうと彼女は抱きつきながら背中に回って、少しだけこちらに顔を見せて来た。全身が隠れてよく見えないが、小動物みたいな人というのが第一印象だった。

 百五十センチあるかどうかの低身長に、ショートボブで覆われた顔は小さくて、目はクリっとしている。


「えっと・・・・・・、沖美おきみさん、この方はどちら様ですか?」

一心いっしん 門音ゆきねさん。私達の仲間」

「ということは、この人も」

 【アンチスレイヤー】? と言いかけたところで、口を防いだ。マスターは一般人かもしれないし、それにどこで耳目を立てられているかも分からない。

 なら、余計なことは言わない方が良いと思ってのことだった。


「別に口にしても大丈夫よ。マスターは私達のこと把握されてるし、ここにはお客さんあまり来ないから」

沖美おきみ君、後半も事実だけど、私落ち込むよ」

 まるで僕の心を読んだかの如く、説明をしてくれた。続けて補足してくれるようだ。


門音ゆきねは少し男性不信なところがあるのだけれど、もしこれ以上悪化させたら本気で殺すわよ」

「えぇー」

 若干、困惑こんわく気味に返事をする。そして初対面の人物に挨拶あいさつすることにした。


みねやま高校一年、安久谷あくや すいです。よろしくお願いいたします」

一心いっしん 門音ゆきねデス。ヨロシクオネガイイタシマス」

 これほどまでに、出来る限り個人情報を晒したくないという決意と、僕に対する悪感情がたっぷり詰まった挨拶をされたのは生涯初めであった。その証拠にマスターはこれほどかというほど苦笑いを浮かべている。


 沖美おきみさんが再度口を開く。

門音ゆきね、もうそろそろ行くわ」

「はーい」

 名残惜しそうな、どこか物足りなさそうに頬を膨らませ、沖美おきみさんから離れた。その時、一瞬だけ一心いっしんさんと目が合った。


「奥に行くわ。安久谷あくや君、ついてきて」

「ああ、うん」

 言われるままに店の奥に付いて行った。先程の一心いっしんさんの目は、異性に対する恐怖とか嫌悪とか不安とかそんな生温なまぬるい感情ではなかった気がする。

 あれはもっと根が深いような、この世の闇をごちゃ混ぜにしたような、少なくとも初対面の人に向けるものではないような・・・・・・。

 そう。あれは、あの眼は、を持つ人の眼であった。少しして振り返るともうすでに彼女の姿は見えなかった。


「? 何か?」

「いや、なんでもない」

 沖美おきみさんにいぶかしげに聞かれたが、僕はとぼけた。二人がどれだけの関係性にあるかは知らなかったが、十中八九信じてもらえないと思ったからだ。


 その代わり、目の前の女生徒の新たな一面に言及することにした。

沖美おきみさんもあんな風に優しく笑うんだね」

 一心いっしんさんと出会った時の彼女は少しの間だけであったが、まるで実の姉妹のように穏やかな視線を向けていた。実際、それほどの仲良しなのだろう。これまではずっと僕に冷たい態度を取っていたのに、彼女と出くわした途端、表情が変わったのだから。


「そうかしら?」

 こちらを振り向かず、あっさりと返して来た。

「うん。約半年同じクラスで過ごしていたけれど、一度もあんな表情を見たことがなかったから驚いたよ」

「よく人のこと見てるのね」


 それは好きな人だからだよ、咄嗟とっさにそう思ったけど、口に出さずに済んだ。いつか僕も彼女をあんな風に笑顔にさせたいと心から願った。しかし、そんな気持ちはおくびにも出さず、誤魔化ごまかす。

「まあね、人間観察は得意なんだ」

「何それ、変なの」


 いつもの冷静な彼女に戻っていたようだ。お店のバックヤードを少し歩くと、『関係者以外立ち入り禁止』の文字が書かれていたが、まるで何も書かれていなかったように、彼女は素通すどおりした。

 部屋の中には書類やコルクボードに、従業員の私物を入れるロッカーが立ち並んでいた。そして、彼女はその中にある大きなタンスを開き、いくつか引き出しを出しては戻していた。

「何探しているの?」

「いいえ、探し物をしているわけではないの」

「じゃあ、一体何をしているの?」

「見ていたら分かるわ。ほら、出来た」


 そう言い放つと一度タンスを閉めた。今一度タンスを開くと先程とは違い、通路が出来ていた。

「これは一体・・・・・・」

「いわゆる隠し通路ってところね。さあ、行きましょう」

「そうは言ってもすぐ行き止まりだけれど」

「行けば分かるわ」

 案の定、すぐ行き止まりになってしまった。そこで立ち止まっていると、その空間全体が揺らぎ出した。

「な、何が起きているの?」

「今、この空間全体で地下へ向かっているだけよ、具体的には私達のアジトに」


 明らかに、『だけ』の使い方がおかしかったが、指摘するどころの騒ぎではなかったのでスルーした。

 大型エスカレーターに乗ってからしばらくすると周囲に大量のモニターや電子機器、濃い目の紫や緑に近いテーブルや椅子が並べられた空間に辿り着いた。まるでSF映画で見るような、サイバー空間が眼下に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る