第7話 停戦


「もしもし2ndセカンド、ご用件は何でしょう」

 目標物の破壊または使用者の抹殺に失敗した私は、画面ディスプレイから着信相手を知ると、今抱えている感情を悟られぬよう普段通りの声音で電話に出た。そのつもりだった。


『いくら相手にしてやられたとはいえ、そんなカリカリすんなや9thナインス。恐ろしゅうてかなわんわ』

「『視て』いらしたんですね、それではもう一度申し上げますが、ご用件は何でしょう」

 相手は既に状況を把握しているようで、私の気遣いも無駄に終わったようだ。

 そしてこのタイミングでの電話である。何かある。瞬時にそう予感した。それも嫌な方に。


『ほな、手短に言うわ。その子を明日こっちに連れて来てほしいんや』

「っ!? 本気ですか?」

9thナインスをあそこまで追い詰めたんや、これほどの逸材を見逃す手もないやろ。何よりボク自身彼に興味が出て来たわ』

「しかし、相手がこちらに従う絶対の確証はまだ得られていません」

9thナインス、確かに今回の作戦として「野良アンチスレイヤーの正体と実力を見極めた後、しかるべき行動に移せ」とは言うた。せやけど、それを拡大解釈かくだいかいしゃくしてまだ敵対勢力になっとらんやつをほうむろういうんは、ちとやりすぎちゃうか?』

「ですが!」

 認めたくない事実にそれでも否と告げる。


『なんや事情があるんは分かる。

 せやけど、今は聞け』


 底冷えするような低い声で、有無を言わさない口調で、これ以上の反抗を許さない語勢ごせいで告げられ、私はいやおうでも了承せざるを得ないと悟った。


「・・・・・・承知しました。明日にでも連れて参ります」

『おー、分かってくれたか。ほな、また明日』

 私の返事に満足したのか、陽気な口調に戻した相手はそう言い残してすぐに電話が切れた。


「なんてことなの」

 自然と携帯電話を握る力が強くなった。


   ◆


 やり取りのほとんどが聞き取れなかったが、様子を見る限り彼女にとって良からぬ話のようだ。電話を切って、しばらく間が空いた後、彼女はこっちに話かけてきた。

「おめでとうございます、安久谷あくや君。命拾いしたみたいですね」


 ちっとも祝う気持ちがないトーンでアナウンスされ、僕はなんともいえない気持ちになった。心なしか怒気どきが含まれているようであった。

 どういうやり取りが電話で行われていたのか、どうして沖美おきみさんがほこを収めたのか疑問ではあるが、聞かないことにした。触らぬ神にたたりなしである。


「それは良かった。じゃあ、僕はこの辺で」

 そそくさと帰ろうとしたところであった。


「ところで明日の放課後、用事はございませんよね?」

(怖っ!)

 それが僕のいつわらざる気持ちだった。険悪けんあくなムードに、氷柱つららのように突き刺す敬語口調。


 怒りというのは大抵火や炎で例えられるが、彼女の場合は正反対と言って差し支えない、まさに氷のようだった。僕の分析が正しければ、彼女は怒った時に冷静にというか、冷たい敬語口調で徹底的に相手を詰めるタイプだ。


「ございませんよ」

 彼女にられて、僕も敬語で返事した。色んな意味で早くこの場から立ち去りたかった。

「それでは、明日君に会わせたい人がございますので、授業終わりに校門で待ち合わせしましょう」

「うん、分かった、それじゃあ」

「あと」

(まだあるの⁉)


 たたまれなさの臨界点りんかいてんに達していたので、思わず言いかけてしまうところだった。そんな気持ちに気付いていたのかどうか怪しかったが、彼女はそのまま続けた。

「君の電話番号、教えて頂いても構いませんよね?」

「え? あ、うん」

 若干どもりながらも番号をそらんじた。彼女はすぐさまスマートフォンに打込み始めた。少ししてポケットに振動が走った。携帯電話を取り出すと見知らぬ番号からの着信であったが、相手が誰か嫌でも予想は付いた。


「もしもし」

『それ、私の番号ですので』

 僅か一瞬の通話後、ぶつっと電話が切れた。彼女の方を見ると、速足はやあしで立ち去って行くところであった。


「・・・・・・なんだこれ」

 片想いの相手との連絡先交換と放課後デート(仮)の用事が出来るという祈願きがんが達成されたにもかかわらず、僕の心境は複雑だった。

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