第6話 交戦


 交渉――――――交渉というには、いささかチープな提案だったが――――――は決裂けつれつしてしまったようだ。彼女の目や言葉や態度から見るに、本気で戦わないといけないようだ。

 それなら僕がやることは一つ。彼女を無力化する。出来ることなら無傷で終わらせたいが、そう易々やすやすといかないだろう。僕の予想が正しければ彼女も・・・・・・


「武装展開‼ 断ち切れ、トーラス!」

「武装展開‼ 突き刺せ、アーネスト!」


 彼女の周りでおびただしい数の、小さいスパークが生じたと思いきや、そこから全長が十センチも満たないほどの小さい両刃が出現した。先が尖っていてひし形に近いそれは、忍者が持つクナイを想起させる武器であった。


「やっぱり沖美おきみさんも僕と同じ、【アンチスレイヤー】なんだね」

「同じ、ねぇ」

 【アンチスレイヤー】とはその名の通り、アンチを消滅させる人物の総称である。僕の確認の言葉を聞いて、意味ありげに彼女は呟いたのが聞こえた。気にはなっていたが、それよりまず先手をかけることにした。


 地面を思いっきり蹴り、相手の真横へ一瞬で移動する。超身体能力による突進力を活かした、直線移動だ。そこから体をかがめて相手を転ばせようと足をばしたその瞬間、周囲に浮かんでいた相手の武器が盾のように集まってガードされた。


「その程度のスピードで意表をついたと思われるのは心外ね」

「なるほど、どうやら一筋縄ひとすじなわでは行かないようだ」


 先程の攻撃は、フルスピードに近い速さを活かした技だ。しかし、それでも防がれてしまったということは彼女には僕の攻撃ほとんどを、見てから防げるほど余裕があるということになる。

 その事実を受け止めた僕はバックステップで距離を置く。


「次はこちらの番ね。『惨絶鉄刑ざんぜつてっけい』‼」

 今度は数百、もしくは数千に至る彼女の武器が僕を中心とした一定間隔で囲い始めた。全方位が彼女の武器で覆われ、一切の逃げ道が見られない。そして、その両刃すぐさま一斉に僕に向かって飛んできた。


「あっけないものね」


 彼女は自身の勝利を確信していたようだった。相手に逃げる隙を与えない、全方位からの一斉攻撃。それを防げるはずがないと。

 しかし、すぐさまその確信は打ち砕かれることになる。彼女の武叛リベリオンのほとんどが打ち落とされたからだ。


「あっぶない、もう少し遅かったら致命的だった」

「今の攻撃が防がれるなんてね。一体どうやって……」


 彼女の視線が僕の足元に注がれる。先程までなかった、半径数十センチに及ぶ渦巻き状の跡を。


「まさか、体を高速回転させて迎撃したとでもいうの!?」

「ご名答。さすがにあれでやられると軽んじられるなんて、困るなぁ」


 それでも彼女の武器のいくつかが身体をかすめ、所々で血が流れ出していた。幸いにも軽傷で済んでおり、まだ戦闘続行可能である。

 だが、今までのわずかな攻撃のやり取りから僕は確信を得た。彼女は格上だ。それもちょっとやそっとの差ではない。明らかに壁がある。


(まずい。このままじゃ、どうあがいてもジリ貧だ。考えろ、考えるんだ! それが僕の持ち味だろうが!!)


 内なる焦燥感しょうそうかんを悟られないよう、不敵な笑みを浮かべる。そして脳内をフルスピードに活性化させた結果、ことにした。


「それでも無傷とまではいかなかったようね。君のおおよその底は見切った。これからはじっくりと蹂躙じゅうりんさせてもらうわ」


 無数ともいえる、彼女の武叛リベリオンがあらゆる方向から飛んできた。僕は周囲に目を配り、近づいてきた両刃から叩き落していく。八、十六、三十二と段々僕に迫ってくる刃物の数が増えて来た。それに伴い、打ち払う動作もどんどん雑になっていく。

 そして、ある本数を超えると体に刃が刺さり始めた。


「一秒間におよそ百本。それが君の反応速度の上限ってとこかしら。それ以上は、打ち漏らして対応できなくなるようね」

 彼女の言う通り、いくら相棒の能力で身体能力を向上させても限界はある。その証拠というように、はじき落せなかった分の刃が僕の体に突き刺さる。ズキズキとした痛みが体から流れてきた。しかし、同時に分かったこともある。


「確かにその膨大な数の多さは脅威だけれど、それだけだ。武器の性質上、一本一本が与えるダメージは大きくない。多少体に突き刺さったところで、大きな支障はないよ」


 今度は僕の番と、彼女の下へダッシュする。


「言ってくれるわね。なら全身剣山けんざんにしてあげる」

 さっきとは違い、大量の凶器を一斉に放ってきた。僕は移動しながらそれを、切る、叩く、弾く、落とす、らす、かわす、飛ぶ、避ける、そんな風にあらゆる攻防の動きをもって対処する。後数歩で彼女に届く、そんな時だった。彼女の唇が不気味に歪んだ。


「かかったわね」


 今度は遥か上空に待ち構えていた得物が、隕石いんせきの如く猛スピードで降り注いで来た。即座に気付いた僕はダメージを負う前に、後ろにジャンプした。しかし、慣性に逆らって無理矢理移動したせいか体勢を崩してしまった。

「そこよ」

 その隙を逃さず、追撃してくる。


「間に合え、『逆波(さかなみ)』‼」

 そこからは向かってくる刃は、ギリギリで体の所々をかすめたが、問題なく致命傷は避けることが出来た。そこからはひらひらと舞うように移動して、後続して襲い掛かる数多あまたの脅威を受け流しながら接近していく。


「今のでも決まらないなんて! しぶとい!」

「自慢じゃないけど、幼少の頃からゲームに明け暮れていてね。反応速度には自信があるよ」


 安久谷あくや すいの十年近くに及ぶゲーム経験は人知れず彼の内に積み重なっており、こと反射神経においては常人の遥か上をいっていた。その能力だけを切り取れば、国内屈指のプロゲーマーと肩を並べるほどまでに。

 生まれつき運動神経にめぐまれなかった彼だが、今はトーラスの能力の恩恵おんけいがある。高度な戦闘力に、それを寸分すんぶんたがわず実行できる身体。それが彼の強さの一つであった。


「さて、そろそろこっちも仕掛けるか。『緑陰りょくいん』‼」

 わずかな空間を詰めていき、彼女に斬りかかろうと飛び上がる。


「君の攻撃は効かないってわからないかしら」

 しかし、鉄の壁により寸前の所で刃が阻まれてしまう。金属同士が接触し独特の音を立てた後、火花が飛び散った。

 攻撃を阻まれた状態で追撃されぬよう、僕は少しだけ後ろに退く。


「能力的に劣っているつもりはないのだけれど、正直ここまで手こずるなんて……。どうやら脅威になるのは本当のようね。だからこそ、その芽、今ここでみ取る!」

 彼女の纏うオーラがより険しくなったように見えた。今までも決して手を抜いていたわけではなかっただろう。しかし、僕達という存在が、発揮された能力が、これまでの戦い振りが、彼女の認識を改めさせたのだろう。

 今度は一切の容赦ようしゃなく襲ってくるだろうと見込まれた。下手をすれば、本当に僕はここで生を終えるかもしれない。そう思えるほどであった。



























 来る。


「『惨絶鉄刑ざんぜつてっけい』‼」

「同じ手を何度も食らわないよ」

 鉄の土豪が周囲を覆い始めていたが、回転を利用した斬撃ですぐにはたきおとす。


「しまった! 目くらましか!?」

 鉄器のカーテンにより、視界から彼女の姿が見えなくなった。そして気付いた時には、既に放ち終えていた。


「『鉄竜波てつりゅうは』‼」

 まるで一匹の龍のように、群れを成した凶器が強襲きょうしゅうしてきた。身をひじり、何とか急所は外すが、今まで以上に深手ふかでを負ってしまった。脳内で黄信号がともる。


「やってくれるね。『燐火りんか』‼」

 少しよろめきながらも、僕が持つ中で、攻撃力特化の技を繰り出す。

「甘い!」

 しかし、彼女にやいばが届くことはなく、鋭い金属音が鳴り響いた。

 さらに、鉄壁を維持したまま、即座に攻撃に転じて来る。一直線に飛んでくる、単純だが猛スピードで迫ってくる槍のような攻撃をなんとかかわして、攻撃を仕掛ける。


「『緑陰りょくいん』‼」

「その攻撃はもう見切った!」

「続けて、『燐火りんか』‼」

「【絶列グランド戦技アーツ】による連続攻撃⁉」

「一撃目で出来た隙間から、この防御壁を破壊させてもらうよ」

「させないわ! 『鉄竜波てつりゅうは』‼」

「もうその攻撃は把握した! 『逆波(さかなみ)』‼」

 技を発動する予兆を見極めた僕は【絶列グランド戦技アーツ】によるかわし技でギリギリでけて、彼女のふところに潜り込む。


「……っ!? あの距離で当たらないなんて!? それじゃあ……」

「させないよ! 『燐火りんか』‼」

 立て続けに技を受け続けた鉄壁はいよいよ、形が崩れ粉々に飛び散った。向こうは技を出し尽くて近くに両刃はなく、また、彼女を守る壁もない。やっと巡ってきた絶好のチャンスを僕はものにしようとすると、トーラスが叫んだ。


すい! 後ろだ!!」

「何⁉」

 しかし、僕が気付いた時にはグシャっと背中を突き刺すような鋭い痛みが襲ってきた。


 振り返ると、先程彼女が放った『鉄竜波てつりゅうは』が僕にみ付いていた。

 油断した。目の前の好機こうきに目が行ってしまい、視野が狭まっていた。もろにダメージを食らった僕は、そのまま勢いよく吹き飛ぶ。


「間一髪だったわね。けど、これで私の優勢は揺るがないものになった。最後のチャンスをあげる。その武器を手放しなさい。そうすれば命だけは取らないわ」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 疲労と苦痛と衝撃により呼吸もままならず、足取りはフラフラと覚束おぼつかず、体は今にも倒れ落ちそうであった。しかし、なんとか両足で支え、彼女の姿を見据える。


「もう限界ね。立つのもやっとじゃない」

 彼女の言う通り、僕の体はもう限界に近かった。これまで味わったことのないほどの損傷そんしょうを一身に受けたのだから。しかし、恐怖も焦燥も絶望も僕は抱いていなかった。


「ふっ。ふふふ」

「何が可笑しいの?」

「いや、思ったとおりに事が運んだからね。分が悪い賭けだったけど、僕の勝ちだ!」

「ハッタリもいいところね。この状況がひっくり返えるとでも? それにどうやら手放す気はないようね。それならそれで構わないわ。それが最後の姿であることをあの世で悔やみなさい、『惨絶鉄刑ざんぜつてっけい』‼」

 しかし、終止符しゅうしふは撃たれなかった。彼女の究極技が発動しなかったのだ。


「失敗した? いえ、そんなはずは・・・・・・。『鉄竜波てつりゅうは』‼」

 今度は別の攻撃を詠唱するが、虚しく時間が過ぎ去っただけであった。そして彼女は周囲を見渡した。最初は数百、数千とあった彼女の武叛リベリオンが明白に、大幅に減少していることに気が付いたようだ。


「……まさか⁉」

 彼女の脳裏に一つの可能性が過ぎったことを確信した僕は、それが誤解ではないことを伝えるために、その可能性を通告する。


活力切れバイタルオーバー間近だね」

「クッ・・・・・・‼」

「知っているとは思うけれど、僕達が放つ【絶列グランド戦技アーツ】にはある特性がある。その技が強力であるほど、それ相応に活力バイタルも消費するというね」

「当然、知っているわ。でもいくらなんでも早すぎる! いつもはもっとたもつはずなのに・・・・・・。あっ! もしかして」

「ご推察通り、僕が仕掛けた」

「まさか、相手の活力バイタルを減少させる能力まであったなんてね」

「いや? 今の僕にそこまでの力はない。僕がやったのは君の力をブーストしただけだよ」

「え?」


 僕の言った意味が理解出来なかったのか、少し間抜けな声を出し、それにつられたように表情も少し崩れていた。僕は続けて種明かしをする。


「僕の技、『緑陰りょくいん』の効力は一定時間ブーストする。体感で言うと、通常時の五割増しくらいかな。そんな【絶列グランド戦技アーツ】を沖美おきみさんに放った。だから、それ以降の攻撃は一周り上の状態で繰り出していたんだよ。威力も、そして消費する活力バイタルもね」


「あの時ね」

 彼女は、僕の説明を理解して、今度はいつそれが仕掛られていたかを回想していたようだ。そう、彼女が全力を出す直前での出来事である。

 あの時は、武叛リベリオンによる盾で防がれていたが、それは何の問題もなかった。『緑陰りょくいん』によるブースト効果を他者に付与するには、使用者の武叛リベリオンに直接触れる必要があるからだ。


「さらにいうと、対戦前に沖美おきみさんは一体アンチを倒している。活力バイタルが満タンの状態でないことは明白だったよ」

「確かに理屈は合っている。けれど、大ダメージを負うのを覚悟してこのためにわざわざ相手をブーストさせるなんて……、とてもじゃないけれど常人の発想ではないわ」

「それはどうも」

安久谷あくや君、皮肉って言葉知ってる?」

「言葉とその意味は知ってるよ」

 彼女の武器がほとんど姿を消していった。それと同調するように彼女から発せられた敵意もどことなく消えているように思えた。


「流石に今回は分が悪いわね。でも次は必ず・・・・・・」

「いやいや。やられると分かっていて、僕がここまで懇切丁寧こんせつていねいに種明かしをするようなマヌケと思われては心外だよ。ここからが本当の交渉。

 僕と敵対するのを諦めてくれないかな。拒否するのであれば、僕は君にもっと過激な手段を取らないといけなくなる」

「なるほど、脅しってわけ」


 これはある意味ブラフだった。正直言えば、僕自身限界を迎えており、必殺技を後一度出せるかどうかも怪しい。さらに僕は彼女に危害を加える気は更々ない。

 今回彼女を活力切れバイタルオーバーにさせたのは、僕の相棒の能力が知られていなかったためだ。その打開策はすぐにでも講じられるであろう。

 まだ僕にも一つ隠し玉はあるがそれを考慮に入れても、次戦えばほぼ確実に負けると見ている。それほどの相手であり、それが僕と彼女の実力差なのである。

 だからこそ、無力化した今がハッタリをかます最大の山場だ。


「・・・・・・」

 眼前の少女は何やら思案に暮れているようだった。しかし何を考えているか表情からはそれ以上何も読み取ることが出来ない。


 ドキドキしながら彼女の反応を見張った。これまでの戦闘によるものか、それとも余裕のなさからであろうか、全身から汗は吹き出ており、自身の激しい鼓動も聞こえて来た。虚無の時間が流れようとしたその時であった。

 彼女の方から着信音が聞こえた。彼女は残り少ない武器の一つを手に取り、僕に向けたまま後ろに下がった。そしてそのまま電話に出た。

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