第5話 凶報


『昼の話の続きがしたいんだけど、都合付いたら連絡くれ。電話するわ』

 夕食と入浴と宿題を済ませて、いい感じに月が上った時間帯に親友がメッセージを飛ばして来た。

 今いいよ、と返信すると数秒後に携帯の画面が着信表示されたので、応答した。


「もしもし、聞こえてる?」

『おー、聞こえる聞こえる。そっちは?』

「問題ないよ。それで話ってのは?」

『……実はその、つかさがまだ家に帰って来ていないんだ』

 彼の言うつかさとは人吉ひとよし つかさ、つまり彼の一つ下の妹である。幼い頃は僕と九希かずきの三人で仲良く夕方遅くまで遊んでいたものの、彼女が中学に上がってからは顔を合わせる機会がぐっと減った。理由はいくつかあるが、その一つが彼女の家庭環境にある。


つかさちゃん、家出中ってこと? おばさんと喧嘩けんかしたの?」

『ああ。つかさも受験生だからな。いつも以上にピリピリしてんだよ。それなのにおかんもおかんで、ずけずけ言うしさ』

「あー、その光景がすぐ目に浮かぶよ。それで出て行っちゃったわけね」

 つかさちゃんとおばさんは親子仲があまりよろしくない。どちらかと言えば繊細せんさい気質な彼女と、思った事を口にするおばさんとではソリが合わないようで、二人が喧嘩する場面を度々たびたび目にしている。

 そのため、つかさちゃんが数日ほど家を空けることも程よくあり、そういう意味では、彼女の家出はままあることだった。


『それだけなら、まぁ、まだいいんだ。けどさ、一昨日おとといから既読すらつかねぇんだよ。結構頻繫ひんぱんに携帯触ってるはずだから気付かないわけねぇと思うんだが』

「ふーむ。どこ行ったか聞いてる?」

『いや。何人か心当たりはあるんだが、その子たちとは連絡先交換してないしな』


 中学生ということもあって何日もホテルやネカフェに宿泊するお金がないのか、家出した際に彼女が向かう先は基本的に彼女のお友達である。僕も九希かずきもある程度はつかさちゃんの交友関係は把握しているが、顔見知り程度の仲でしかなく、連絡先を知らないのもある種当然であった。


「……となると、今僕達が出来る事はその子たち含めて聞き込みするくらいだろうねぇ。九希かずきが『福代ふくしろ うろ』って人を知ってるのも万が一のため?」

『ああ。察しが早くて助かる。おとんもおかんもいつも通りすぐに帰ってくると思ってるふしがあるし、警察に協力求めるのも少し違う気がしてな』


 どちらかと言えば心配し過ぎと思わなくもない。偶々たまたまつかさちゃんがメッセージを見ていなかったのか、携帯に不具合があったか、そのあたりが原因だろうと想定している。

 しかし、なんの事件にも巻き込まれていないとも限らない。それなら、その備えを講じようとしても不思議ではない。


「そうだね。ただ、本当にそうなるとは思いたくないけど、その時は依頼料である情報も用意しておかないとね」

『何言ってんだ、丁度おあつらえ向きなのがあるじゃねぇか』

「え?」


『通り魔事件。この辺じゃ、これ以上ない格好のネタじゃねぇか』


 胸の中がざわめき、今の一瞬で想像したくない未来が頭をよぎった。唇をふるわせながら疑問を投げかける。

「ねぇ、九希かずき、……考えてないよね?」

『悪いことってなんだよ。大丈夫だって、本当にヤバそうになったらそそくさと逃げて、別の事件を調べるさ』

 僕が用いた表現がちゃんちゃらおかしいと感じたのだろう、電話口からせせら笑いが聞こえた。しかし、生憎あいにくと今はそれに同調する気分ではない。


。何故『福代ふくしろ うろ』に依頼することを前提に話が進んでいる? それは何も手掛かりが無かった際の手段ということになっていただろう? 九希かずきは一体何を考えてるんだ?)


 僕が疑念ぎねんを抱いている中、相棒から警告が出た。

すい、【アンチ】の反応が出た。今すぐ準備を」

(くそっ、こんなときに。間が悪い)


「ごめん九希かずき、ちょっと急用が出来た。後、安易あんいに事件に首突っ込まないこと! いいね?」

 僕は親友にまくし立てるように要件を伝えた。おいちょっと、と電話口から不満気な声が聞こえたが、それどころではない。

 すぐに服を着替えて、玄関を出た。


「それで、どっちの方角?」

 相棒に小声で居場所を尋ねる。仕組みは分からないが、【顕現】せずともトーラスとはコミュニケーションを取ることが出来る。

 異様な物体を人目にさらさずに済むため便利ではあるが、はたから見ると独り言を呟く少年になってしまうのが辛いところである。夜中に出掛けていることも相まって、不審者の出来上がりである。


「ここから南西に約二千二百メートル先だな」

「今日は少し遠目だね、急ぐか」

 自転車にまたがって、示された場所へ移動し始める。後一、二分でおおよその場所に着きそうとなったその時に、トーラスの声が聞こえた。


「むむっ、これは」

「どうした?」

「【アンチ】の反応が消えた」

「え? どういうこと?」

「そのままの意味だ。今し方、【アンチ】の存在が感知できなくなった。何かが起きている。気を引き締めた方がいい」


 少しして曲がり角を曲がるとただ広い場所が開けた。近くに倉庫があり、人出が少ないであろうその場所に化物の姿が見えた。正確には化物の遺体であった。異常事態はそれだけでなかった。見知った先客がその近くで佇んでいた。

「来たわね」

「・・・・・・沖美おきみさん? どうしてここにいるの?」

「君が来るのを待っていたのよ。少しの間、これを泳がせた甲斐があったわね」

「どういう・・・・・・」

 質問を述べながら、僕は脳内を活発化させた。彼女の言いぶりから考えるに、僕達をおびき寄せようとしているようだった。


「どうも私達は、釣られてしまったようだな」

 トーラスも彼女の意図を掴んだらしい。彼女は、どうしてそんな回りくどいことをしたのか。僕だけに用があるのなら今でなくも学校でもなんでも話しかけてくればいい。

 彼女は僕が来るのを待っていたと言ったが、正確には僕だけじゃない。にも用があるのだ。

 彼女は一般人じゃない。死体となって転がっている異形の存在がそれを物語っている。


安久谷あくや君にお願いがあるのよ」

「お願い……?」

 普段なら彼女の言うお願いがなんであろうと叶えてやりたいと思っていただろう。ただし、今回は状況が違う。警戒心を最大レベルにまで引き上げて、続きの言葉を待つ。


「君が持っている武叛リベリオンを渡しなさい。大人しく渡してくれるなら、無傷で帰してもいいわ」

 武叛リベリオンとは、トーラスのような【アンチ】を倒す武器の総称だそうだ。


「やっぱり僕の相棒を知っているんだね」

「白を切られると思っていたけれど、案外すぐに白状してくれるのね。要求を吞んでくれる気にでもなったかしら?」

「理由も無しに渡すとでも?」

「理由ね、……理由ならあるわ。数ヶ月前に預言よげんを聞いたのよ。『双剣の戦士現れし時、最大の脅威とならん』ってね。そんな不都合は看過かんかできない。だからここで大人しくしてもらいたいのよ」

「預言ねぇ……。まさか沖美おきみさんがそんなスピリチュアルな物を信じる人とは知らなかったな」

「そこら辺の胡散うさん臭いインチキな占いと同列視どうれつししないでね。その預言は余程のことが無い場合、的中するのよ。だから武器を渡しなさい。抵抗するならもっと過激な手段を取らせてもらうわ」

「……ちなみに、渡した後はどうするつもり?」

「もう二度と使用できないくらいに破壊するつもりよ」


 非常に困った。素直に要求をむわけにもいかないし、かといって彼女を敵に回すのも躊躇ためらわれる。


「よし、それじゃあ、こうしよう。今後は行動を共にして、沖美おきみさんの手伝いでもするよ。怪しい行動を取った段階で寝首でもなんでもけばいい。その方が、そっちにメリットあると思わない?」

「ふーん、つまり君を上手く利用しろ、そう言いたいわけね」

ていに言えば、そうなるね。申し訳ないけれど、こちらにも事情があるんだ。そう簡単に渡すわけにはいかないよ」

「そう。なら・・・・・・、セカンドプランね。ここで君を壊す!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る